角換わりは最近居飛車党の2手目△8四歩問題などでクローズアップされているのですが、どちらかというと玄人好みで、あまり分かりやすくないと思い今回まとめて見ることにしました。


勝又教授の講座に「角換わりの三すくみの関係」というのがよく出てきます。角換わりには、(右玉を除けば)原則的に、「棒銀」、「早繰り銀」、「腰掛け銀」の3つしか基本戦法が無く、この3つが互いに三すくみの関係になっていると言うことです。この辺りを詳しく解説してみたいと思います。


(1)角換わりの基本戦法はなぜ3つしか無いのか?

まず、基本戦法が3つしか無いということから説明していきます。角換わりでは攻撃の陣形を作るために右銀を進出しますが、「2七を通って2六に出れば棒銀」、「3七を通って4六に出れば早繰り銀」、4七を通って5六に出れば腰掛け銀」になります。

(自分の方から攻めるのを諦めて、カウンター狙いに絞れば、「右玉」や「腰掛け銀相手にせず戦法」などと言ったものも有りますが、主流では有りません。また▲4七銀型のまま▲5八飛と回って▲5六歩~▲5五歩と相手の腰掛け銀を押し戻す指し方も有りますが一般的では有りません。)

以上の3つの基本戦法の指し方はいずれも、5筋の歩を突きません。▲5六歩と突くと、居飛車の場合つねに△3九角と打たれる筋がつきまといます。それを防ぐには▲6六歩と突いて▲5七銀と上がるような形になりますが、今度は△6九角や△4七角と打たれる隙が出来やすくなります。さらにそれを片矢倉(天野矢倉)にして防ごうとしても、玉の囲いがやや弱くなるのと、それでも△6五歩からの仕掛けが有ります。下に参考棋譜を挙げておきます。

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参考棋譜;

開始日時:1845/07/01
終了日時:1845/07/03
先手:八代大橋宗珉
後手:天野宗歩

▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲2五歩 △3二金
▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀
▲4八銀 △3三銀 ▲5六歩 △6二銀 ▲5八金右 △6四歩
▲6六歩 △6三銀 ▲6七金 △4四歩 ▲6八玉 △4二玉
▲7八玉 △5二金 ▲3六歩 △3一玉 ▲6八金上 △2二玉
▲1六歩 △9四歩 ▲9六歩 △5四銀 ▲1五歩 △7四歩
▲2六飛 △7三桂 ▲5七銀 △6二飛 ▲4六歩 △6五歩
▲3七桂 △4七角(参考図)

(参考図)
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(△4七角まで)


▲1六角 △6六歩 ▲同銀左 △6五銀
▲3五歩 △4三金右 ▲4五歩 △6六銀 ▲同 銀 △6五歩
▲7七銀 △6六銀 ▲2四歩 △6七銀成 ▲同 金 △3六金
▲2三歩成 △同 金 ▲3一銀 △1二玉 ▲2三飛成 △同 玉
▲4四歩 △同 金 ▲2四歩 △同 銀 ▲4二銀打 △2二歩
▲5三銀不成△6六歩 ▲同 銀 △同 飛 ▲同 金 △6九銀
▲8八玉 △6八飛 ▲9七玉 △9五歩 ▲同 歩 △7八銀不成
▲8八金 △8九銀成 ▲2二銀成 △同 玉 ▲8二飛 △3二桂
▲8九金 △6九角成 ▲2三歩 △同 玉 ▲4四銀成 △8六銀

まで96手で後手の勝ち


出だしの△8五歩までは、完全に現在の角換わりと同一です。そこで▲2五歩と突くのが、飛車先保留をしない旧型の角換わりになります。その後、先手の八代大橋宗珉が、おそらく当時の常識だと思うのですが、▲5六歩と突いて五筋の位を保ち、天野矢倉に組んだのに対し、後手の天野宗歩は現代と同じ角換わり腰掛け銀の形で受けています。

「5五の位は天王山」が常識の時代に、こうした指し方をしているので、天野宗歩が近代将棋の父と呼ばれるのも、至極当然だと思われます。

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以上の様な訳で、角換わりの将棋では5筋の歩を突いてしまうと攻勢が取りにくくなり、隙が出来やすくなるので5筋の歩を突かずに駒組みをし、銀の進路によって3つの基本戦法しか無くなるという次第です。


(2)角換わりの3すくみの関係とは?

角換わりにおける3すくみの関係とは「棒銀は腰掛け銀に強く、早繰り銀に弱い、」、「早繰り銀は棒銀に強く、腰掛け銀に弱い」、「腰掛け銀は早繰り銀に強く、棒銀に弱い」というじゃんけんのグー、チョキ、パーと同じような関係だと言うことです。

ややこしいのと、実例が無いと分かりにくいと思われますので、実例を挙げていきます。なおこの関係は、旧型の角換わりの方が分かりやすいので、そちらについて説明します。

旧型の角換わりでは、序盤のかなり早い段階で、後手だけでなく、先手も飛車先を2五まで伸ばしてしまいます。

▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲2五歩△3二金▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成▲同銀△2二銀▲7八金△3三銀▲3八銀△7二銀(基本図)がその一例です。

(基本図)
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(△7二銀まで)

以下順に見ていきます。


(2-A)先手棒銀

まずは単に▲2七銀から棒銀に出て見ます。後手も端歩を突かずに対応した場合、△7四歩▲2六銀△7三銀▲1五銀△5四角(1図)となります。この△5四角と打たれた形が、良く効いています。この△5四角は塚田正夫先生の手だったそうです。

(1図)
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(基本図以下▲2七銀△7四歩▲2六銀△7三銀▲1五銀△5四角まで;1図)

1図からすぐに▲2四歩と攻めても△同歩▲同銀△2七歩であっさり攻めは失敗してしまいます。そこで、▲3八角と対抗するのが升田流の手で△2七歩に▲同角を用意しています。

しかし▲3八角には△4四歩が好手で▲2四歩△同歩▲同銀△同銀▲同飛に△3三金(2図)と上がって、2一の桂馬は5四の角の効きで守られています。

(2図)
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(1図以下▲3八角△4四歩▲2四歩△同歩▲同銀△同銀▲同飛△3三金まで;2図)

2図から飛車を普通に▲2八飛と引くと△2七歩と打たれます、▲同角は△2二飛でハマリ型なので、▲2七同飛と取り△同角成▲同角△2二飛▲2八歩△6二金▲3九金で互角ということですが、先手としてはあまり面白い展開ではなさそうです。

2図では、▲2五飛と引く手も有りますが、なかなか先手にとって難しい展開になります。

また、△5四角と打たれてから、先手が攻める前にまず玉を固めようとすると△6四銀~△7五歩から先攻されて形勢も損ねてしまいます。


先手の棒銀に対してはこの△5四角の対策を知っていれば十分なのですが、飛車先保留型の角換わりや後手一手損角換わりにも関連してくるので、後手が△1四歩と突いた形も見ておきます。

(3図)
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(基本図以下▲2七銀△7四歩▲2六銀△1四歩▲1六歩△7三銀まで;3図)

基本図から先手が▲2六銀まで出た時に先に△1四歩と突いて▲1五銀を一旦防いだ手です。コレに対しては先手は▲1六歩と突いて端攻めを見せます。(3図)

3図からすぐに▲1五歩から攻めると以下△同歩▲同銀△同香▲同香△1六歩▲1八歩△4四銀▲2四歩△1九角▲2七飛△2四歩▲同飛△2三銀▲2六飛△3五銀▲5六飛△2八角成▲5三飛成△5二歩▲5六飛△2九馬▲2七香(4図)以下難解な将棋になります。

(4図)
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(3図以下▲1五歩△同歩▲同銀△同香▲同香△1六歩▲1八歩△4四銀▲2四歩△1九角▲2七銀△2四歩▲同飛△2三銀▲2六飛△3五銀▲5六飛△2八角成▲5三飛成△5二歩▲5六飛△2九馬▲2七香まで;4図)

3図では▲1五歩と攻める以外に▲6八玉と上がる手も有りますが、後手も△9四歩や△4四銀で少なくとも互角以上に戦えます。

以上の様に、先手が単純に棒銀に出ると、後手に早繰り銀にされて難しい将棋ではあるものの、面白くないと考えられている様で、あまりプロの実戦で現れることは多くありません。



(2-B)先手早繰り銀

次は基本図から、すぐに▲3六歩と突いて早繰り銀に出てみます。

(5図)
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(基本図以下▲3六歩△6四歩▲3七銀△6三銀▲4六銀△5四銀まで;5図)

先手が特に工夫をせずにすぐに早繰り銀に出ると、後手は腰掛け銀で対抗します。5図では先手は早繰り銀の攻撃型を作っているのですが、この段階ではまだ攻めには出れません。すぐに▲3五歩と突くと△同歩▲同銀△3四歩で以下▲2四歩とすると△同歩▲同銀△同銀▲同飛△1五角で王手飛車の筋が有るので、△3四歩に対して▲4六銀と引くか、▲3五歩と仕掛ける前に▲6八玉や▲1六歩などとして王手飛車の筋を受ける必要が有ります。

どちらにしても後手は△4四歩から4六の銀を押し戻す筋で後手が有利になります。▲6八玉には△4四歩▲3五歩△4五歩▲3四歩△4六歩▲3三歩成△4七歩成▲3二と△4六角(6図)で後手優勢です。

(6図)
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ただしこの変化は先手▲6八玉型限定の手順です。もし▲1六歩型(や▲6九玉型)の場合には、△4四歩▲3五歩△4五歩▲3四歩△同銀▲3七銀△3三桂▲2四歩△同歩▲同飛△2三金▲2八飛△2四歩で以下後手は△2五桂~△5五角や△6五歩~△6四角を狙って指し易いという事です。


(2-C)先手腰掛け銀

今度は先手がすぐに腰掛け銀に組んでみましょう。先手が一直線に▲4六歩~▲4七銀と腰掛け銀の形を作ろうとすると、後手も△8四銀~△8三銀と棒銀に繰り出してきます。(7図)

(7図)
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(基本図以下▲4六歩△8三歩▲4七銀△8四銀まで;7図)

7図で棒銀に何もせずに▲5八金や▲5六銀から駒組みを進めると△9五銀から銀を交換されて、すぐに潰されるわけでは無くても後手に完全に主導権を取られて、先手としては面白くなさそうです。

一例として、▲5八金△9五銀▲6六歩△8六歩▲同歩△同銀▲同銀△同飛▲8七歩△8二飛▲6七金右△9四歩▲6八玉△4二玉▲7九玉△9五歩▲8八玉△7四歩▲5六銀△7三桂▲3六歩△7二金などとすれば、後手指しやすそうです。(手順は青野照市著;「最新 棒銀戦法」を参考にしたものです。)

本譜は7図で▲9六歩と後手の銀出を防いでみます。後手も△9四歩と端攻めの準備をし、△4二玉と上がってから△9五歩から仕掛けてみます。端での銀香交換に、先手が▲9四歩と打って△9二歩と謝らせた後、後手は8筋の歩を突き捨てて△9八角と言った進行が、後手の攻めの一例です。(8図)

(8図)
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(7図以下▲9六歩△9四歩▲5八金△4二玉▲1六歩△9五歩▲同歩△同銀▲同香△同香▲9四歩△9二歩▲6六銀△8六歩▲同歩△9八角まで;8図)

なお後手がゆっくり囲っていると、飛車先保留型の角換わりに後手が棒銀に出る戦型で類似するような形が有り(その形は先手指しやすい)、少しの違いで優劣が変わると思います。



ついでながら、銀の進出を決めずにすぐに▲6八玉と上がる指し方の例が、将棋世界の2011年1月号の勝又教授の講座に載っており、小学生相手の容赦無い攻めが非常に参考になると思われます。


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以上の様な訳で、角換わりには基本戦法は3つしかなく、その3つが互いに3すくみの関係になっており、単純に戦型を決めると相手に後出しジャンケンの様に対応されて不利になってしまうということです。

では、基本図の局面ではどう指すのか?ということが、当然の疑問となると思います。その答えを2つ挙げます。


まずは、基本図で▲3六歩と突く手です。先手早繰り銀ならばと、後手が△6四歩と腰掛け銀での対抗を準備します。それを見てから先手も▲4六歩として相腰掛け銀になります。もし後手が△7四歩なら早繰り銀の対抗型になる展開も有り得ますが、相腰掛け銀になる方が自然だと思われます。


もう1つは基本図で▲1六歩と突く手です。これに対して(a)後手が△8三銀から棒銀なら先手は▲3六歩から早繰り銀にします。(b)また後手が△6四歩から腰掛け銀にすれば、▲2七銀から棒銀にします。(c)そこで後手は△7四歩と突いて早繰り銀を見せたのに対して、先手が▲4六歩と腰掛け銀の形にするのを見て後手も△6四歩と突きます。

▲1六歩に△1四歩とされた場合は、棒銀に出る展開も可能ですが、▲3六歩と突いて一番目の方針にするか、▲9六歩とこちらの端歩も突くかが考えられます。

ついでながら、細かいところなのですが、基本図以下▲1六歩に△9四歩は先手に棒銀に出られると後手が早繰り銀から△5四角とした時に損になる展開が有るようです。


さらに基本図から▲9六歩も成立するかも知れません。


いずれにしても、結局この戦型は、相腰掛け銀に進みやすいということになります。そして、この形(▲2五歩△8五歩と早い段階で伸ばした形)では、後手が△7三桂を保留して金矢倉に組むと、(当時の研究では)先手の仕掛けが難しく千日手模様になりやすいということで、角換わりの戦型全体が廃れていました。


その後、谷川先生が飛車先保留型の角換わりを連採して、その優秀さが認められたという経緯があります。(谷川先生は創始者では無い。)


飛車先保留の形では、先手が腰掛け銀を目指しているのですが、その時にこの3すくみの関係はどうなるのか?次回に見ていきたいと思います。