※最近もずっとこの記事を読んでいただいているようで嬉しいのですが、この記事は2015年のものだということをご了承ください。作業内容やハードルとなるポイントなど基本的なことはあまり変わらないとは思いますが、業界の状況は少し変わってきている部分もあるかと思います。(2025年1月追記)


日本のミュージカル業界はもっとCDやYouTubeを活用すべきだと思う話

こんな↑記事を読んだ。

アンケートでも「DVD化希望!」「せめてCDだけでも!」というご意見はとても多い。そこまで気に行っていただけるのはカンパニーにとってもこの上ない幸せ

では、なぜ舞台のCD化やDVD化がこんなに少ないのか?

DVD化について

過去、自分の関わった作品でDVD化できたものは2作品しかない。ひとつは、圧倒的ファンクラブ会員数を誇るスター主演もの、もうひとつはほぼ即完した乙女ゲームの舞台化(イケメンもの)だ。それ以外については、実現にいたらなかった。なぜか。

DVDをつくる場合、その作業工程は大まかに以下のようになる。撮影・編集・各所チェック・パッケージング・販売調整。

いずれにしても、制作にはかなりの経費がかかる。最低でも4回は撮影が必要となり(マチソワ×2日間)、その分のカメラ席は販売できないので(チケット売り止め)1台につき9席くらいは潰さなければいけない(場所にもよるけど)。

カメラは最低正面とサイドの3台だが、クオリティを上げるためには5~7台が必要。売れない席の分を損失と見なすならば、撮影するだけで軽く数百万円以上の経費がかかることになる。

撮影後は編集作業だ。全体の流れが分かりやすく、かつ出演者の表情も捉えるような絶妙な編集をするのには、かなりの時間を要する。編集出来たら主催・演出・全出演者・権利元にチェックに出す。NGが出たら映像差し替え→再チェックの無限ループ。

本編映像以外を期待する声が多いので、バックステージや稽古映像など特典映像も用意する。このチェックも無限ループ。

いずれにせよ、経費が相当かかるということは理解していただけるかと思う。

商業演劇の場合、ロングランはあり得ないので
収入の上限は決まっている。必要な支出を計算すると"最低この枚数だけは売らないと赤字"というラインが設定されるので、とりあえずその枚数を超えることを目標に頑張る。

チケットの売れ枚数以上にDVDが売れるということは考えられないので、売れているチケット枚数に応じてDVDの販売数を決めるのだが、映像制作は上記のように作業時間がとてもかかるため、公演中に販売するということは難しい。よって、購買率はとても低く見積もられる。

劇場で販売される1冊1,000~2,000円のパンフレットですら、来場者の3割が購入してくれればビックリという程度の販売率だ。期間を置いて販売されるDVDなど、推して知るべしである。

20,000人集客した舞台で、購買率5%と見積もっても1,000枚。1枚8,000円で販売したとして売上げは8,000,000円。制作経費+各出演者への権利料+主催や権利元への権利料+販売経費を差し引くと…この値段でもほとんど利益は残らないと思う(作品の規模によっては確実に赤字)

そして、制作段階で確実に20,000枚売れると言い切れる舞台など、そうそうない。劇団新感線などの一部の超人気舞台や、劇団四季などロングラン前提の公演などは別だが、一般的な商業ミュージカルでは非常に限られる。あったとしても、海外作品の日本舞台化ではそもそも権利的にNGだったりする。

先述した2作品については、
★スター主演ものはファンクラブの購入をある程度見込めたため、
★イケメンものは原作の乙女ゲームのファンの購入が狙えるので、
DVD化に踏み切ったわけだが、いずれもレアケースだ。

WOWOWやBS・CSなどでのOAについても同様。OAまでにはかなりの労力と経費が掛かるので、それに見合ったリターンを見込めないと放送会社は乗らない。簡単にあ、いいっすよ、うちで流しますよー」とはならない。

DVD化やOAに至った作品というのは、数々のハードルを乗り越えた、ごく一部の作品たちだ。そして、その判断は舞台の主催だけではなく、それ以外のプレイヤーの利益によって下されるものだと理解していただきたい。

CD化について

「音声を録るだけなんだから簡単につくれるのでは?」

と、思う気持ちは分かるがそうもいかない。

客席の一番後ろには音響卓というものがあって、映像を撮る場合もその卓からの音声ラインを使用して音声を録音する。しかし、定点カメラからただ撮影しただけの映像を販売できないように、毎日手元で操作して微妙なバランスを維持している音声を「ただ録音して」販売することは…厳しいと思う。

これはもう、プロの仕事とは何かという次元の話になってしまうが、やはりお客様からお金をいただく商品は「高水準な」ものであってもらいたいわけで。映像化に"4回録って、それを編集して、さらにチェックして…"という工程が必要なようにCD化にも同レベルの工程を必要とすると考えてほしい。

プロというのは、お金を頂戴している仕事についてプライドを持っている。大劇場のミュージカルに携わるプランナーともなれば、その意識は非常に高い。納得いかない水準のものを販売することは、あり得ないだろう。LIVE音源を収録するならば、それ相応の綿密な準備が必要となるはずだ。

タダで配布するものであればそこまでこだわる必要もないのだが、それだと単に経費がかかるだけで利益が見込めないので、ただでさえ少ない宣伝費を投下する選択肢にはなりにくい。

そしてもちろん、公演全体を丸々収録し販売するのは権利的にNGとなる場合も多いだろう。

また、ブロードウェイ作品でよくあるスタジオ収録音源の販売については、別途、時間とお金が必要になってくるのでやはり経費の問題が生じてしまう。



You Tubeについて

販売ではなく、宣伝用にYou TubeにUPするということ。これについては、権利的にOKであれば可能だ。

販売するCDやDVDほどのクオリティにそこまでこだわる必要もないし(有料ではないので)、撮影や録音さえすれば、経費もそんなにかからない。

おそらく、積極的にやりたいと思っている主催者は多いと思う。私もそうだったし、作品を観てもらうのが一番の宣伝になるので。

では、なぜあまり普及していないのか?

これはもう、マンパワーの限界に尽きるかと…。

GPと初日までの怒涛の日々を少人数で回していて、その忙しさがピークとなる初日が終わっても、翌日に誰よりも早く劇場に行き、今度はチケットの処理に追われる。怪我などのアクシデントも大小問わず日々絶えないもの。お恥ずかしいが、正直そこまで手が回らないのだ。

更に、出演者たちも初日の後しばらくは強い緊張状態にあったりするので「映像チェック」も簡単にはいかなかったりする…と、いうわけでGPや初日の映像もかなり時間が経ってからのUPになってしまったりするわけだ。

ただ、この記事を読んで思った。どうしても当事者としては「色々なシーンを観たもらいたい!」と、ダイジェスト映像を流そうとしてしまうものだが、1曲だけならば作業もチェックも少なくて済むし、より現実的かもしれない。

また、正直DVDはハードルが高すぎると思うのだが、スタジオ収録のCDであればクラウドファウンディングで実現する可能性はある。なぜなら、舞台が終了した後でも録音可能だから。権利的に問題がなく、経費の負担もなければ断る理由はないので、主催に相談してみるのも手かもしれないな、とは思う。

追記:ここで言及しているのは、大劇場での翻訳ミュージカルを中心にした規模の大きい舞台作品についてです。小さい劇場でのオリジナル作品であれば、かかる費用は全く違ってきますし、定期的に公演を行う劇団やシリーズものであれば、DVD化を前提に最初から契約を進められる上に、来場者以外の購入も見込めます。「観てもらわないことには始まらない」と、DVDが宣伝の中心アイテムにもなり得ます。小劇団やイケメン系のシリーズものでDVD化が多いのは、背景の事情が異なるからだとご理解ください。
    
(以下、2025年1月追記)
※最後に。この記事を書いたときよりも円盤化や収録が増えてきているからか、映像化しないことを非難するような意見も見かけるようになってきた。

私としては、あくまでも舞台はライブで体験するために作られていると考えている。チケットで取れなかったり、公演回数や場所が限られていて見られなかったりすることもある。多くの人が観られなかった高評価の舞台は伝説のように語り継がれ、「私も観てみたかった」「どんな風だったんだろう」とそれぞれが想いを馳せ、自分もいつかそんな伝説の舞台と出会いたいと焦がれる。それも舞台鑑賞の醍醐味のひとつなんじゃないかと思うし、私も関西に来たことによって泣く泣く見逃した舞台はたくさんある。それはもう巡り合わせだから仕方がない。舞台はそういう一期一会の要素を本質的に含んでいるから魅力的なのではないだろうか。

だから、この記事に書いた全ての条件をクリアしていても、プロデューサーやクリエイターの意向で映像化しないと決められた作品だってあるだろうし、それはそれで尊重されるべき判断だと思っている。

映像化されたら喜ぶ人が多いのは確かだし、近年ではそもそも映像化されることを前提に組み立てられている舞台もたくさんあるだろう。でも、「この作品は同じ空間で観られることが重要なので、映像化はしない」という舞台も存在させてあげてほしいというのが、個人的な願いだったりもする。