大橋巨泉さんがお亡くなりになられました。
深く哀悼の意を表します。
奥様がコメントを出しておられます。
大橋巨泉さん死去 妻・寿々子さんコメント全文
上記の件につきまして、緩和医療医としての私のコメントを、と複数のメディアの方からお問い合わせがありました。
実際の診療をしていたわけではありませんから、仔細をお話しすることは困難です。
また電話だと、私の意図が正確に伝わらないこともあると思います(そして実際に書いてみて、この複雑なことを短くコメントでまとめるのは困難だと実感しました。短い文言だと、非常に断定的な表現になってしまいます。結論としては「出ている情報だけではわからない」というのがもっとも正確な表現になるのでしょう)。
一方で、このようなニュースが出た際に、正当な情報を提供することも専門家として非常に重要なことだと考えています。
実際に今モルヒネ等の薬剤を使用している患者さんが戸惑うようなことにしたくない、というのがもっとも強い気持ちです。
コメントだと、4月の鎮痛剤の誤投与が7月の呼吸不全に影響したと医師が話したということになっていますが、4月に投与したモルヒネが7月の逝去の原因になることは通常あり得ません。
がんの患者さんへの使用において、モルヒネは何か元に戻らない障害を残す薬剤ではないからです。
またモルヒネなどの医療用麻薬の適量は人によって異なります。
過剰投与、というコメントも、何をどれくらいか、というのを聞かないと、本当に過量かどうかはわかりません。
ただこの記事などをみると
この記事です
3月末ころから体力の低下が顕著になっていたということが記されています。
普通に、初期開始量の医療用麻薬を、比較的元気ながん患者さんに投与して、意識が低下することはまずありません。
おそらくはがん性悪液質による衰弱が背景としてあったと考えられます。
状態が悪い患者さんに医療用麻薬を開始することは、せん妄出現の一定のリスクがあります。もちろん注意して予防したり、対策したりすれば、状態が悪い患者さんの多くに医療用麻薬使用でせん妄が出る、というほどの頻度もありません。
他にも気がついたことをいくつか列記します。
◯モルヒネの投与後の意識の変化はせん妄も考えられるでしょう。もちろん痛みに比して、どんどん増量して過量になれば眠気などが強くなることはあります。
◯しかし通常の比較的元気な患者さんがモルヒネを使うことでせん妄になる可能性は低く、基本的には全身状態があまり良くないなど、複数の要因があったのではないでしょうか。
◯薬局から薬が大量に届いたのは、在宅医の先生がある程度の日数分処方したからという可能性もあるでしょう。痛い時に飲む薬剤を十分な量処方しようという考えだったからかもしれません。ただその意図があまりご家族に伝わっていなかったような印象がありますが、仔細はわかりません。その先生の説明を直接私が聞いたわけではないからです。
◯重要なのは、その患者さんの、その痛みに合った量を使っているのか、ということです。量のみをみて、機械的に多すぎる、少なすぎると判断はできません。例えば、痛みが大したことがないのにどんどん増量すれば、眠気がとても増えますが、痛みが強くなっている際には増量しても、セオリー通りの増量ならば著しく眠気が増えることはないものです。
◯2016年3月の時点で悪液質があったと考えられ衰弱があったと考えられます。4月のモルヒネ投与量が、実際にはどれくらい多かったのかわかりませんが、7月にまで不可逆的な障害を残すとは考えにくく、巨泉さんは頑張られて原病による衰弱(それはしばしば肺炎などを起こしやすくします。重い肺炎は呼吸不全につながります)で旅立たれたとのではないかと推測されます。ただそれはあくまで推測で、実際に診察していなければ確たることは言えず、ご覧になった医療者の方が正確な情報を持っていらっしゃるでしょう。
◯コミュニケーションの問題で、私には本来決定的な要因ではなかったような印象のあるモルヒネが決定的な要因のように表現されてしまっているのは悲しいことです。
◯おそらく在宅の先生も背中の痛みをやわらげてあげようと善意で医療用麻薬を処方したと思われます。その善意や意図が、うまく伝わらなければこの薬のせいで悪くなったとなってしまうところが難しいところです。
◯もちろん巨泉さんのご家族も、在宅医とのやり取りで満足できなかったことは事実ですし、ご家族の皆さんが認識していることもまたそれぞれの真実です。そこが難しい点です。
◯終末期医療ではこのように医師の意図と患者さん・ご家族の認識がすれ違うことはしばしばあることで、これを埋めるのに大変な力を必要とします。本当の原因ではないこともしばしば原因として認識され、またそのために医療者に対する負の気持ちが消えないこともあり、双方の立場が理解できる私としてはとても残念なことです。
◯大橋巨泉さんは頑張りました。ご家族もよくお支えになりました。その結果として、穏やかな、定められた時間を迎えられたのではないか、それが終末期医療に従事する一医師としての感想です。
モルヒネなどは正当な使用法であれば、命を縮めることも、死の原因になることも、死を早めることもありません。
それを今一度皆さんにはお伝えしたいと存じます。
今医療用麻薬で加療されている方は、ご心配なく、これまで通りおかかりの先生とよくコミュニケーションを図って頂くことが重要です。
わからないことは何でも聞きましょう。
大きな足跡を残された大橋巨泉さんのお姿をお偲びすると同時に、大変なご病気にもかかわらずご立派に歩まれたこと、ご家族の方々がそれをお支えになったことに改めて深い敬意を表する次第です。
深く哀悼の意を表します。
奥様がコメントを出しておられます。
大橋巨泉さん死去 妻・寿々子さんコメント全文
上記の件につきまして、緩和医療医としての私のコメントを、と複数のメディアの方からお問い合わせがありました。
実際の診療をしていたわけではありませんから、仔細をお話しすることは困難です。
また電話だと、私の意図が正確に伝わらないこともあると思います(そして実際に書いてみて、この複雑なことを短くコメントでまとめるのは困難だと実感しました。短い文言だと、非常に断定的な表現になってしまいます。結論としては「出ている情報だけではわからない」というのがもっとも正確な表現になるのでしょう)。
一方で、このようなニュースが出た際に、正当な情報を提供することも専門家として非常に重要なことだと考えています。
実際に今モルヒネ等の薬剤を使用している患者さんが戸惑うようなことにしたくない、というのがもっとも強い気持ちです。
コメントだと、4月の鎮痛剤の誤投与が7月の呼吸不全に影響したと医師が話したということになっていますが、4月に投与したモルヒネが7月の逝去の原因になることは通常あり得ません。
がんの患者さんへの使用において、モルヒネは何か元に戻らない障害を残す薬剤ではないからです。
またモルヒネなどの医療用麻薬の適量は人によって異なります。
過剰投与、というコメントも、何をどれくらいか、というのを聞かないと、本当に過量かどうかはわかりません。
ただこの記事などをみると
この記事です
3月末ころから体力の低下が顕著になっていたということが記されています。
普通に、初期開始量の医療用麻薬を、比較的元気ながん患者さんに投与して、意識が低下することはまずありません。
おそらくはがん性悪液質による衰弱が背景としてあったと考えられます。
状態が悪い患者さんに医療用麻薬を開始することは、せん妄出現の一定のリスクがあります。もちろん注意して予防したり、対策したりすれば、状態が悪い患者さんの多くに医療用麻薬使用でせん妄が出る、というほどの頻度もありません。
他にも気がついたことをいくつか列記します。
◯モルヒネの投与後の意識の変化はせん妄も考えられるでしょう。もちろん痛みに比して、どんどん増量して過量になれば眠気などが強くなることはあります。
◯しかし通常の比較的元気な患者さんがモルヒネを使うことでせん妄になる可能性は低く、基本的には全身状態があまり良くないなど、複数の要因があったのではないでしょうか。
◯薬局から薬が大量に届いたのは、在宅医の先生がある程度の日数分処方したからという可能性もあるでしょう。痛い時に飲む薬剤を十分な量処方しようという考えだったからかもしれません。ただその意図があまりご家族に伝わっていなかったような印象がありますが、仔細はわかりません。その先生の説明を直接私が聞いたわけではないからです。
◯重要なのは、その患者さんの、その痛みに合った量を使っているのか、ということです。量のみをみて、機械的に多すぎる、少なすぎると判断はできません。例えば、痛みが大したことがないのにどんどん増量すれば、眠気がとても増えますが、痛みが強くなっている際には増量しても、セオリー通りの増量ならば著しく眠気が増えることはないものです。
◯2016年3月の時点で悪液質があったと考えられ衰弱があったと考えられます。4月のモルヒネ投与量が、実際にはどれくらい多かったのかわかりませんが、7月にまで不可逆的な障害を残すとは考えにくく、巨泉さんは頑張られて原病による衰弱(それはしばしば肺炎などを起こしやすくします。重い肺炎は呼吸不全につながります)で旅立たれたとのではないかと推測されます。ただそれはあくまで推測で、実際に診察していなければ確たることは言えず、ご覧になった医療者の方が正確な情報を持っていらっしゃるでしょう。
◯コミュニケーションの問題で、私には本来決定的な要因ではなかったような印象のあるモルヒネが決定的な要因のように表現されてしまっているのは悲しいことです。
◯おそらく在宅の先生も背中の痛みをやわらげてあげようと善意で医療用麻薬を処方したと思われます。その善意や意図が、うまく伝わらなければこの薬のせいで悪くなったとなってしまうところが難しいところです。
◯もちろん巨泉さんのご家族も、在宅医とのやり取りで満足できなかったことは事実ですし、ご家族の皆さんが認識していることもまたそれぞれの真実です。そこが難しい点です。
◯終末期医療ではこのように医師の意図と患者さん・ご家族の認識がすれ違うことはしばしばあることで、これを埋めるのに大変な力を必要とします。本当の原因ではないこともしばしば原因として認識され、またそのために医療者に対する負の気持ちが消えないこともあり、双方の立場が理解できる私としてはとても残念なことです。
◯大橋巨泉さんは頑張りました。ご家族もよくお支えになりました。その結果として、穏やかな、定められた時間を迎えられたのではないか、それが終末期医療に従事する一医師としての感想です。
モルヒネなどは正当な使用法であれば、命を縮めることも、死の原因になることも、死を早めることもありません。
それを今一度皆さんにはお伝えしたいと存じます。
今医療用麻薬で加療されている方は、ご心配なく、これまで通りおかかりの先生とよくコミュニケーションを図って頂くことが重要です。
わからないことは何でも聞きましょう。
大きな足跡を残された大橋巨泉さんのお姿をお偲びすると同時に、大変なご病気にもかかわらずご立派に歩まれたこと、ご家族の方々がそれをお支えになったことに改めて深い敬意を表する次第です。