働くもののいのちと健康を守る第8回関東甲信越学習交流集会報告 | 労働組合ってなにするところ?

労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

昨日参加しました、「働くもののいのちと健康を守る第8回関東甲信越学習交流集会」全大会について報告します。

主催県の神奈川県センター代表のあいさつと来賓あいさつの後、記念講演として弁護士の笹山尚人氏が「壊れていく職場~ハラスメントの諸問題と対応~」というタイトルでお話しくださいました。


笹山弁護士は2000年に弁護士登録をして以来、劣悪な労働条件の非正規労働者の権利を守るという問題意識を持ち、非正規労働者も人並みの生活ができる労働社会を実現したいという思いで取り組んできたそうです。そのため、首都圏青年ユニオンの顧問弁護士となり、様々な労働事件の解決に携わってきたそうです。

次に、職場における「ハラスメント」の実例についてのお話がありました。


1つ目の事例は2004年に笹山弁護士に相談があったセクハラ事件です。当時26歳の派遣社員の女性が、派遣先とその取引先が共に行なった宴会の席上で、取引先の部長に体を触られる、のしかかられるなどのセクハラを受け、周囲にいた派遣先の社員たちはそれをはやしたて、宴会後には部長のホテルの部屋に一緒に行くことを強要されそうになり、逃げ出したという事件でした。当事者は取引先の部長とはやし立てを主導した派遣先の社員2名の謝罪と、職場の環境改善を要求しました。彼女はこの事件があった月の末日で期間満了でその派遣先での仕事は終了する予定だったのですが、自分の後に来る人に同じ思いはさせたくないし、これは自分だけに偶然起こった被害ではなく、人を人として見ていない職場に問題があり、弱い立場の労働者が皆泣かされている、まともな職場に変えることが私の望みですと述べ、笹山弁護士はその志の高さに感動してこの事件を引き受けることにしたそうです。証拠としては、彼女が友人に助けを求めたメールに詳細な状況が記載されており、決め手となったそうです。会社側は事実を大筋で認め、要求を受け入れましたが、謝罪の場での社員の態度が「仕方なくやっている」という態度で全く問題を理解しておらず、職場改善の提案も曖昧だったため、笹山弁護士は会社にもっと具体的に取り組むように要求しました。そして、人格軽視を許さないという方針を就業規則に明記し、管理者に対するハラスメント研修を義務付け、無記名のアンケートを年1回行なって問題を掘り起こし、社外の人材を入れて相談窓口を設置し、そこには必ず女性を配置する、などの対策を提案しました。加害者にはセクハラ問題についての書籍を読ませて感想文を提出させ、懲戒処分も行なうこととしました。以上のことをどのように実施したかのレポートを会社に半年に1回2年間提出させ、改善が進んだかの確認を行なったということでした。


2つ目の事例は、2008年に解決したパワハラ事件です。

首都圏青年ユニオンに加入して団体交渉を行ない、理不尽な配置転換を阻止した労働者が、上司に1週間に3、4回の頻度で呼び出されて侮蔑の言葉を繰り返され、その後専門としていた仕事も奪われたため、うつ状態になって休職したという事件でした。証拠としては、上司の侮蔑の言葉を記録したICレコーダーがあったそうです。笹山弁護士は、当事者が貯蓄もなく、うつ状態にあって長い裁判は耐えられないと判断し、労働審判を申し立てることとしました。労働審判とは、労使紛争を早期に解決するため、労使双方の立場から1人ずつ選ばれた労働審判委員2名と、裁判官である労働審判官1名によって行なわれるもので、1回90分3回の審判で解決を図るものだそうです。この件では第2回の審判で調停が成立し、解決金の支払いと引き換えに退職するという形で決着したということでした。被害者が早く社会復帰できるようにするためには、早期に解決する労働審判が望ましいと笹山弁護士はおっしゃっていました。


このようなハラスメント問題の本質は何かということを考察し、笹山弁護士は小森陽一氏が学校のいじめについて論じている構図と同様なのではないか考えたそうです。それは、集団の中の負のエネルギーを一人の人に集中させ、いわば「スケープゴート」として、負のエネルギーを解消させるというものです。職場では、長時間労働、成果主義、競争、様々な差別などの負のエネルギーがあります。それらが糾合して使用者に向かうことを避けるために、職場の負のエネルギーを集中するために「スケープゴート」が必要となります。それゆえ、負のエネルギーを集中されていた職員が耐え切れなくて退職すると、今度はまた別の職員がその対象となるということになります。

被害者は心身への重篤な被害をもたらされ、近年にはメンタルヘルス事例が増大しています。加害者は加害の行為に無感動となり、周囲の人間は無関心で、見て見ぬふりをすることで消極的に加担します。こうした状況は特別に悪人がいるからもたらされるものではなく、「スケープゴート」がいなければ秩序が得られないほど職場社会が荒廃してしまってるために起こる構造的な問題であると笹山弁護士は捉えています。根本的には、構造的な人間社会の破壊の問題であり、人間を大切にするということを国に対しても、労働行政に対しても、使用者に対しても徹底させることが必要です。国には啓蒙とメンタルヘルスケア対策、労働行政には監視機能の強化、使用者には安全配慮義務の徹底が求められています。また、職場における監視を強化するために、労働組合の役割も重大です。労働組合にはハラスメントを防ぐ職場のコミュニケーションを築くこと、ハラスメントの抑止力となること、起きた場合の徹底した追及が求められています。

また、笹山弁護士は憲法25条の生存権に「精神の生存」という概念も位置づけるべきではないかという考えも示していました。


具体的に労働者を救済するための法律としては、笹山弁護士は2007年に制定され、2008年に施行された新しい法律である労働契約法が重要になってきているということをおっしゃっていました。労働契約法はこれまで判例として積み上げられてきたことを法律として制定したという性格があり、労働基準法と並ぶ基本的な法律として、これからの労働法の中心となることが期待されています。

労働契約法第3条では、仕事と生活の調和に対する配慮原則が定められています。ハラスメントは、人格を侵害し、精神的ダメージを与える故に、個人の生活にも悪影響を与えます。よって、ハラスメント事例の追及の根拠となります。

労働契約法第5条には、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められています。これは、使用者の安全配慮義務を定めたものですが、これまでの判例に照らすと「生命、身体等の安全」には心の安全、人格も含むと考え、職場環境配慮義務、職場環境調整保全義務も定められていると考えることができます。


続いて、人格侵害事例への対処のノウハウについてのお話がありました。

ハラスメント事例の相談の心得としては、まず、相手の状態をよく見ながら、事実関係をよく聞くことが挙げられました。事実の時間的経過に合わせてわかりやすく整理しておくことが、今後の対策に役立つのだそうです。また、その被害について、理解し、大いに共感することが挙げられました。これは、無理にその人に合わせるのではなく、素直な感情として共感したらそれを伝えることが大切だということでした。当事者は被害によって治療を必要とするような常態に至っている場合も多く、事実を聞くことが二次被害になる場合もあるので、その配慮が必要だということもおっしゃっていました。また、全て弁護士まかせにするのではなく、その人自身が問題を解決する主体であるという自覚を持ってもらい、自身の安全と健康を確保することの必要性を理解してもらうことが必要だということでした。

次に、在職中であるか否かについて対応が違ってくるということが挙げられました。在職中ならばまずはハラスメントを止めさせるという課題が重要であり、在職していない場合は被害の補償が相談の中心となるということでした。

それから、事実の早急な確認と証拠の確保が必要だということが挙げられました。事実が確認できたら、それを本人によって証拠化するためにメモを作成するそうです。そして、それを補強するため、メール、留守番電話、録音、関係者からの証言、医師の診断書などの証拠をそろえます。

そして、在職中で被害が拡大する見込みがある場合は、心身を回復させるために職場からの離脱を勧めるという判断をすることもあるということでした。


まとめとして、首都圏青年ユニオンの顧問弁護団と東京地評の顧問弁護団の活動についてのお話がありました。首都圏青年ユニオンについては、2006年から顧問弁護料はなしで引き受けたそうですが、扱う事件が多くなり過ぎて応援を求めたところ、18人の弁護団が結成されるようになったそうです。その弁護士さんたちも顧問弁護料はなしで活動しているそうです。事件の解決だけでなく、労働法の教育や、派遣法の改正すべき点を示した「派遣法黒書」を作成して全国会議員に配布するといった活動も行なっているそうです。笹山弁護士は、これからの労働弁護士は事件になるかわからないときでも、必要になればすぐ動くべきだという考えで取り組んでいるとのことでした。東京地評の顧問弁護士としては、いのけん東京センターからの相談も受けているそうです。

最後に、壊れていく職場が増えていく中で、労働組合やいのけんセンターの役割が今後重要になっていくので、その活動に弁護士も大いに協力していきたいということを述べられて、講演は終了しました。



この後、特別報告として首都圏建設アスベスト訴訟の取り組みの報告、茨城県におけるいのけんセンターづくりの取り組みの報告、韓国における労働災害の報告があり、続いて分科会が行なわれたのですが、長くなりますのでその部分は割愛させていただきます。

以上で報告を終わります。


2009.10.24 誤字脱字を修正しました。