時折、議員の歳費・報酬削減が提起されます。私は「まず、議員が身を切り、そして行政に切り込み、最後に国民に負担を求める」というプロセスを強く信じている人間です。本音では「うーん、歳費削られると痛いよなあ。」という思いは勿論よぎります。しかし「そういう個人的な思いを優先させてはいけない。皆、苦しいのだから。」と矜持を持ちたいと思います。


 ただ、それをやるのであれば、併せてやるべきことがあります。


 一番大きいのは「寄付をする行為、求める行為の厳格な禁止」です。私は法令で禁じられる寄付行為(お祭りの際のご祝儀等)をやらないようにしているのですが、これは結構キツいのです。「あの人は持ってきたのに、緒方議員は持ってこない」みたいな風評は、実は政治家にはズッシリと堪えます。それで評判を落とすと思えば、「自分もご祝儀出しとこうか」という誘惑が働かないわけではありません。


 心の中で「会費を設定してくれれば一番やりやすいのにね」と思うことがままあります。会費だったら出せるのです。


 ただし、会費というのは封筒に「会費」を書けば会費になるのではなく、その場に参加するために皆が平等に負担する費用でなくてはなりません。したがって、議員だけに設定される「議員会費」みたいなものもダメです。もっと言うと、会費制でない会合に出て、出てきた食事やお土産等分の相当すると思われる実費を「会費」として負担することも禁じられています。他の政治家でない来賓が祝儀を包んでいても、すべての人が平等に会費を負担していない限りは議員はダメです。実はこれは結構キツくて、事実上タダ飯を食ってくることを要求されるわけですが、これは公職選挙法の要請するところなのです。


 そして、人によっては、こういうことで非常にお金がかかっているという現実があるのです。私自身は違法行為はやりませんが、かといって今の「祝儀くらい持ってこい」的な日本文化の中で、寄付や「会費」を出している方を道義的に責める気にはなりません(勿論、法的には責めを受けるべきものですが)。


 この手の寄付は今でも法令で禁じられているものの、罰則が抑止効果をあまり発揮していません。ここで法律改正して、「寄付行為は、その形態を問わず、一発で議員資格剥奪で公民権停止。求めた人も公民権停止。」というところまで持っていけば、日本の地域文化は相当に変わるでしょう。私はここに踏み切るべきではないかと思っています。


 「一発で議員資格剥奪」となれば、どんなに「祝儀を持ってこい」という要請があっても、「いや、首が飛ぶんでダメなんです」ということになります。求めようとする人にも「それやると公民権が停止になりますよ。」ということが言えるようになります。そこでピタリと足が止まるはずです。


 こうやって、厳罰で縛るのは私の流儀ではありませんけども、議員の歳費・報酬に手を付けようということであれば、こういう厳罰とカップリングにしておくべきだと思います。それは実は国民の皆様方の意識変革を大きく迫ることになるでしょう。もはや、議員は「地域で気前のいい存在」ではないのだ、金銭面で当てにしてはいけないのだ、そういうことです。