Canon7 レポート その2 続きです。
キヤノン初の一眼レフカメラである キヤノンフレックス の登場は1959年。
ニコンF の登場も同じく1959年。
ニコンFの名声は後の時代にまで語り継がれ、一方のキヤノンフレックスは商業的に失敗に終わる。
そんな時代のキヤノンが世に送り出した、キヤノン製高級レンジファインダ機の最終回答である Canon7 を引き続き取り上げます。
< ファインダー >
Canon7 のファインダには、キヤノンの高級機としては初採用となる 明り取り窓式ブライトフレーム が装着されて、上部の装着レンズ焦点距離切り替えダイヤルと連動して、枠と焦点距離の数値が切り替わる。
(明り取り窓式ブライトフレームについては普及機まで含めるとキヤノネットの方が先)
また、ピント位置によっても枠が移動する補正機構(パララックス自動補正)を持っており、高級機にふさわしい仕様。
余談として一眼レフカメラばかりを使う私としては、レンジファインダ式カメラのファインダには2つの驚く点がある。
・シャッタを切った際にファインダが暗転(ブラックアウト)しない為、被写体を途切れる事無く確認出来る。
・撮影範囲のその外(ファインダの枠の外側)の状況も確認出来る。
連動距離計は2重像合致式で、ファインダをのぞいた中央に四角い可動像が見え、レンズのピントリングの動きに連動して左右に像が動く。
Canon7の距離計の基線長は61mm、倍率は0.8倍で有効基線長は48.8mmであり、比較対象として CanonP は有効基線長が42.2mmと若干短い。
有効基線長の意味が分からない方に引用して説明します。
有効基線長 読み方:ゆうこうきせんちょう
測距窓(距離計窓)とファインダー窓の間の距離を 基線長 といい、これが測距精度の目安になる。
基線長にファインダー倍率をかけ算した有効基線長は測距精度を表す数字になり、有効基線長が長ければ長いほど、測距精度が高くなり、焦点距離の長いレンズでも測距が正確になる。
(コトバンク より引用)
歴代のキャノン製レンジファインダ機で、有効基線長が Canon7 よりも長いVI型(有効基線長65.5mm)があるものの、望遠レンズを使用した際の測距精度においても Canon7 は比較的優れた機種であると考えます。
余談として距離計の狂いが起きた場合、上下方向の場合はボディ上部のフタを開て調整が可能となっており、左右方向は正面側のネジを開けて調整が出来るようになっています。
これらの大掛かりかつ凝った仕組みのファインダ及び連動距離計部分。
決して外部からは見えないが、内部は高度に凝縮された部品配置になっており、ある程度ブロック化された構造にはなっているものの、ここまでの高性能なファインダと連動距離計が組み込まれていれば、当然この位置(軍艦部下)が大きく張り出し、高さも上がる事うなずけます。
< 露出計 >
構成としては、ボディ前面のセレン窓、指針式メータ、高照度と低照度の切り替えスイッチからなり、指針式メータ以外の大部分は軍艦部カバー内部にあり、カバーをボディに組み合わせる事で回路が繋がる仕組みである。
露出計の指針は、照度切り替えスイッチで回路の一部の構成は変わるものの、セレンからの起電力のみで針が振れる仕組みとなっており、純粋な電気回路のみで成り立っている。
レンズの絞りダイヤルと露出計とは連動しておらず、シャッタ速度ダイヤルを回す事で、内部のギアを介して露出計周囲のガイドがスライドし、周囲の明るさ・選択したシャッタ速度から適切な絞り値を、ガイドに書かれた数値と指針の位置から読み取って、レンズの絞り値を決める仕様。
フィルムの感度選択はASA6から400まで範囲が対応しており、ボディ背面側のボタンを押してシャッタ速度ダイヤルを回す事で選択が可能になり、シャッタ速度ダイヤル上部の 15 の位置にある小窓から確認が出来る。
< シャッタ機構と巻き上げユニット >
選択可能なシャッタ速度は 1秒から1/1000秒の範囲、B(バルブ)、X点(1/55秒)、あとはT(タイム)となる。
Canon7のモナカ構造のガワとシャッタユニットを切り離すと、いわゆるバルナックライカ的なシャッタユニットが使われている事が分かる。
当時においても何十年も変わらない機構を、そのままの状態で最新かつ高級機種に採用した訳では無いとは思うが、やや古めかしいと感じる構成のシャッタユニットが姿を現した時には少々驚いた。
だからと言ってシャッタ速度の性能が劣る訳では無く、発売当時のモノの本を読むと
・シャッタ速度メモリ 1000 時 → 実測 1/830
・シャッタ速度メモリ 500 時 → 実測 1/510
・シャッタ速度メモリ 250 時 → 実測 1/270
など、しっかりと整備されている条件下においては、かなりの信頼性があるシャッタユニットである。
シャッタ形式はフォーカルプレーン式シャッタで、一眼レフカメラの バッチャン音 でも、レンズシャッタ機の チッ音 でも無い、レンジファインダ機では一般的な チャッツ音 といった感じで、周囲に響き渡らず、それでいて 撮影した感 を感じる心地いいシャッタ音である。
シャッタ幕そのものにも触れておきたい。
材質はステンレススチールで、厚さ18μm(0.018mm)の金属箔の両面に黒色塗装を施した、金属製シャッタ幕を採用している。
キヤノンではVL型から採用が始まった金属製のシャッタ幕であり、レンジファインダ機で起こりうる 「カメラのレンズを太陽に直接向けた場合のシャッタ幕焼け」 を防止するのには、非常に効果が高いと思う反面、材質にステンレスを選択した結果が影響しているのか?余程の美品で無い限りシャッタ幕にシワが寄っているものが多い。
では、どうしてステンレス製のシャッタ幕にシワが寄るのか?について、手元の2台の Canon7 を取り出して当該部分を観察すると
・先幕には表面上に傷はあるものの、シワは寄っていない。
・後幕の、それも竿にあたる方向(フィルム室側から見て左方向)にシワが集中している。
この2つの状態が見て取れる。
以降は個人的な推測を交えて、どうして後幕側のシャッタ幕にシワが出るのか?メカニズム的観点で現象を考えてみたい。
・シャッタをチャージした状態では、先幕側は幕の竿部分から延びるリボンが、後幕側はシャッタ幕そのものが、後幕ドラムに巻かれた状態になる。
・シャッタボタンを押し先幕が走行を始め、一定時間を置いて後幕が走行を始める。
・後幕が高速走行し、幕が走り終える(閉じきった)際に、幕のバウンドによる再露出を防止としたブレーキ機構が働き、シャッタ幕が急減速し停止する。
・このシャッタ幕が急減速し停止する際に、それまでの運動エネルギーと後幕全体の質量が組み合わさた慣性力が作用し、通常の布幕であれば問題として現れないが、金属のそれもステンレスともなると弾性領域を超え、シャッタ幕のフィルム室側から見た後幕の左方向にシワとなって影響が現れる。
そう考えると
・先幕にはブレーキが無く、一杯まで巻き取られた状態では、シャッタ幕そのものの重量は無いに等しいため、先幕ではそもそもシワは起きない。
・後幕の表面にシワが出来ると、そこで摩擦が起き、厳密にはシャッタ速度低下となって精度に影響を与えている。
・弾性領域を超えシワとなったのであれば、当然シャッタが走る度にシワは増え、最終的には破れてしまう。
とも考えられる。
(これらは私個人の見解であり、内容の正確さにおいて疑問が残ります。)
どうも Canon7 においては、シャッタ幕のシワは避けられないと思われる事、例えシワが寄ったとしても見た目が悪いだけで撮影自体には影響は見て取れない事、布幕とは違い金属製であるが故にカビが生えず、また幕焼けも起きない事、決してデメリットばかりでは無いと書き加えておきます。
巻き上げの滑らかさについて。
フィルムカメラは撮影の度に巻き上げ操作が必要になる訳ですが、特に Canon7 だからという事では無く、一般的なレンジファインダ機の巻上げ感について取り上げたいと思います。
一眼レフカメラの巻上げ感に関心を持ち、指先に伝わる微弱なトルクの変化に気を使いつつ、静かに巻き上げ操作を行うと、時々妙にギクシャクした手ごたえを感じる機種があります。
分解してその機構を確かめると、180度近い巻き上げ操作の中に分散して ミラー機構上下チャージ 自動絞りチャージ といった、大きな駆動力を必要とする各ユニットのチャージをしつつ、全域に渡ってシャッタチャージもするという具合に、巻き上げ操作一つの中でも幾重もの機構が複雑に絡み合っている訳です。
その巻き上げ軸からの回転運動を、カムやレバーを使った直線運動へ置換えが入ると、そこでトルクの変動というか、感触となって巻き上げレバーを操作する指に伝わってくる。
当然ながらそこには設計的な技量もあるとは思うものの、全てが円運動に収まっている機構とは違った感じ方はありますね。
しかし、レンジファインダ機というか Canon7 の巻上げレバーを操作すると、それはもう嬉しいくらいに指に伝わるトルク感が一定で スーー といった具合に感触が良いのです。
ここは一眼レフカメラ使いの私にとって非常に驚いた部分であり、一眼レフカメラというジャンルの中で最高の巻き上げ感だと個人的に思う minolta XE とも違う Canon7 の スーー といったトルク変動の無い巻上げ感は、本当に素晴らしいですね。
Canon7 で採用されている キヤノンスクリューマウント こと ライカLマウント。
こちらについては専門的に取り扱ったブログなどがあり、最小限の紹介のみといたします。
レンズマウントの機構には大きく分けると ねじ込み式 と バヨネット式 があり Canon7 に装着できるのは ねじ込み式 内径39mm ネジピッチ1/26in フランジバック28.8mm の キヤノンスクリューマウント (ライカLマウント)仕様のレンズが該当する。
古いカメラに数多く採用されている ねじ込み式 のマウントについては 「レンズ脱着でネジの磨耗はあっても、マウントフランジ部の擦削がなく、フランジバックが狂わない」 という利点があり、他にも 「構造のシンプルさからくる加工のし易さ」 も挙げられる。
世界中で様々なライカLマウント仕様のレンズが生産され、本家ライカからキャノン・ニコン製のもの、ソ連製のものまで様々な 味 を楽しむ事が出来る訳です。
< 総括 >
Canon7 が発売された 1961年という年。
主要な国産一眼レフカメラメーカーの例を挙げてみると、アサヒペンタックスを筆頭に一眼レフカメラの開発競争に明け暮れていた時代でもある。
そのアサヒペンタックスでは、例えば1957年に登場した アサヒペンタックスAP では、既にアサヒフレックスIIBで採用されていた クイックリターンミラー 搭載、そして新採用のペンタプリズムを搭載して世に送り出し、1961年の段階では S3 に発展させ、この S3 には完全自動絞りが搭載された、近代的な一眼レフの全ての要素を備えていた。
以降の文面では便宜上 ペンタプリズム クイックリターンミラー 自動絞り の3つの構成を 「近代的な一眼レフの3要素」 として扱いたい。
ミノルタでは1958年発売の SR-2 の段階で、既に近代的な一眼レフカメラの3要素の全てが搭載されてた。
ニコンでは1959年に プロ用システムカメラ ニコンF が発売されており、当然ながら近代一眼レフカメラの3要素全てが搭載されており、特にペンタプリズムは交換式でスクリーンもユーザ側で交換可能という、これまた一つ上を行く一眼レフカメラを開発・発売していた。
つまり国産カメラメーカの特に有力なメーカは 「今後は一眼レフカメラの時代が来る」 という確信を持ち、開発の主力がレンジファインダ機から一眼レフカメラへ移行し始めていた時代でもあった。
(当時のアサヒペンタックスは一眼レフカメラ専業メーカであり、これは当てはまらない)
この様な一眼レフ開発競争激化の最中である1961年、高級カメラメーカーであるキヤノンは 普及タイプのレンジファインダ機である キャノネット を発売し、続けて今回取り上げた Canon7 も発売したという年であり キャノンフレックス1959年の例はあるものの、販売の主力は依然としてレンジファインダ機であった。
すなわち当時のキヤノンは、レンジファインダ機市場において安定的な収益を確保していた事で、新機軸である一眼レフカメラの波に乗り遅れてしまっていたという、現代のキヤノンからは全く持って想像出来ないくらいの、超保守的な時代であったとも思われます。
そんな時代に誕生した、最終世代の高級レンジファインダ機 Canon7 は、1961年から生産が終了するまでの1964年までの間に12万5000台も出荷されたという。
文中でも細かな部分にスポットを当てて、その高度かつ高精度・高機能さを検証し、実際に分解して組み易さから来る合理性の高さも確認して、ある意味レンジファインダ機の理想を追い求めた様な姿の Canon7 には、私個人の気持ちとしては非常に高く評価できる素晴らしい機種であると思います。
しかしながら、この名機 canon7 の現代における扱いは少しばかり冷たいものがあり、その人気の低さからか私が入手した2つの Canon7 は、一台目が名古屋丸栄中古用品大バーゲンの目玉商品扱いで6000円、2台目はカメラのキタムラ名古屋中古買取センタのジャンクコーナで3000円という値段であり、その性能と値段的価値の差について、決して正当な扱いを受けているとは思えない部分もある。
そんな最終世代の高級レンジファインダ機 Canon7。
ライバル的存在であり、ほぼ同等の性能を誇る Nikon SP と比べてみても、一方は高級かつ伝説の名機としての名声を持ち、もう一方はあまりの現存数の多さからか希少性が乏しく、名機であるもの伝説というものを持たない名機。
だがガラスケースに収まった名声ある伝説の名機よりも、名声は持たないが親しみを持って使われ続ける名機というのも、カメラとしては決して不幸な事ではない、今回の Canon7 レポートはこうして締めくくろうと思います。
Canon7 レポート これでおしまい。