神経性食思不振症
今から20年くらい前にこの病気が流行った。流行ったというほど数は多くなかったが。当時は現在の食障害に比べ、極端な拒食と体重減少が前景に来るタイプが多かった。最近は、極端な体重減少の患者さんはほとんど診なくなっている。これは、社会環境の変化の影響が大きいと思われる。現在は、理想的な女性イメージが多様化していることもある。(太めの女性が好まれるとか・・) 当時、神経性食思不振症は精神科か内分泌系の内科で治療されていた。体重がとてつもなく減少すると死んでしまうので、経鼻栄養をしながら歩いている光景を思い出す。この極端に痩せた患者さんは、一般の精神病院ではやや治療が難しかったし、特に栄養補給の必要性もあることから、とりあえず大学病院に送られてくることが多かった。だから、大学病院にはいつも数名在院していたのである。
僕は大学病院にいた2年間に、2人の患者さんを受け持ったが、基礎疾患が統合失調症で、2人とも経過が思わしくなかった。今だったら、もう少しマシな治療ができたのではないかと思っている。普通、経験のない若い精神科医にはこういうタイプの患者さんの治療は難し過ぎるのである。アメリカのカーペンターズの妹の方、カレン・カーペンターは、神経食思不振症が原因で亡くなったと言われている。昔のレコードのカーペンターズのジャケットを見ると、確かにカレンの方は痩せていて、顎が尖っているような顔だ。
古典的な診断では、神経性食思不振症はどの疾患カテゴリーに入るかと言うと神経症なのである。しかし神経性食思不振症の患者さんは病識がないし、予後もあまりよくないので重い神経症と言えた。境界例的な人格障害を持つことも多く、疾患のしての格はかなり高いものだった。上で基礎疾患が統合失調症と書いているが、実は統合失調症ならば、もう神経性食思不振症とは言わないのである。ただ、ガリガリに痩せていて拒食や嘔吐などの症状が揃っているので、神経性食思不振症の心性は備えていたし、治療も準じたものになる。だから統合失調症であれ、治療者側からは食障害の患者さんを治療した感覚なのである。
当時の神経食思不振症では、過食という所見は重視されていなかった。僕は前後2人もこのような患者さんを持ったこともあり、いろいろ関係書物を読んだが、
「経過中に過食が出現する人は予後不良」
などと書かれていたのである。僕の患者さんは、一見、過食はないように見えたが、経過中に出現していた。現在では、当時に比べ過食はあまりにもありふれていて、食障害でない軽いうつ状態くらいの人でも過食が症状としてあったりする。現在は過食は、症状としても重篤さがなくなっており、1つの症状に過ぎない。しかし本格的な食障害の患者さんで、過食が酷い人は、この症状がなかなか取れないのが現実だ。1回に6千カロリー~1万カロリー摂る人と、一時的に夜にパンを大目に食べる程度の過食は区別しなければならないような気がしている。うつ病や神経症の人で、一時的に過食が出る患者さんでは、わりあい過食症状は治ってしまうからだ。
今の食障害は、過食、嘔吐、下剤の乱用、正常体重が揃っていて、表面的には全然精神疾患の雰囲気がない。内面が昔より良いかと言うと、微妙と言えるけど少なくとも軽症化しているとは思うんだな。以前の30kgを切るような患者さんはCTなどを撮ると、脳室が拡大して、まさにスカスカになっていた。今の患者さんは内面はともかく、身体的には体重減少で死ぬことはないし、頭蓋内の変化も表面的にはほとんどない。ただ、食障害の患者さんの自殺のリスクは昔と変わらず存在しているので、そういう亡くなり方は今もある。最近は古典的な境界例も少なくなっていて、ある意味軽症化していると言えるが、そういうのも関係しているんだろうね。