会社を辞めたくない気がしてきた
はじめに
だいたい4-5年くらい前に会社が辞めたくなって、ブログ記事を書いた。
結局当時の転職活動ではどこにも内定が貰えず、しんどくなったので諦めた。転職を諦めるとなれば生活のために会社に居続けるしかなく、ずるずると辛い気持ちを引きずったまま過ごしていた。
そんな折、たまたま機会に恵まれてチームを異動をすることになった。異動をきっかけに会社を辞めたい気持ちがじわじわと失われていき、半年もするとすっかり元気を取り戻していた。
そういうわけでせっかく元気になったので、当時の不満を振り返ろうと思う。
経緯
異動の直前くらいにはもう、仕事の何もかもが無理になっていた。夕方近くにもそもそと起き上がり、数時間かけて憂鬱な気分を振り切ってパソコンの前に座って仕事を始め、その日何をやったのかも曖昧なまま夜遅くに仕事を終わり、いつ眠ったのかよく分からないまま朝を迎える、といった生活をしていた。人事が見過ごせないほどに深夜勤務が長くなり、産業医との面談が設定された。このままだと休職してもらうしかない、と宣告されるくらいには体調が悪化していた。
そんな状態なので期末の評価もずっと低いままで、2年くらい給料も上がっていなかった。うちの部署ではそういう長期間評価の低い社員にはどこか異動先を紹介すことになっているらしく、このチームにいて何かが改善するとも好転するとも思えなかったので、喜んでその話に乗っかった。
異動先の上司は当時の僕がメンヘラポンコツ野郎であることを承知しており、まずは体調を整えながら仕事を進めてください、と言ってくれた。チームメンバーにも朝がだめですと説明したところ、嫌味の一つも言われなくて感動した。
そうやってちまちまと働いていると、「なんかこのチーム働きやすくないか・・・?」と気づいた。体調を考慮していろいろな調整(たとえば朝がだめな僕のために、朝会を昼過ぎの時間にしてくれるとか)をしてくれたし、指示は明確に文章で書かれているし、分かんないことはだいたいドキュメントになってるし、めんどくさいことは仕組み化されていて、僕はいつの間にかまともに仕事ができるようになっていた。
今は会社の都合でこのチームが別のチームと合併し、上司が変わってチームメンバーが増えた。だが、相変わらず僕はまともに仕事ができている。
当時の不満を振り返る
当時のブログ記事によると、大きく分けて3つの不満があったらしい。
一つ目は尊敬できるエンジニアがいないこと。二つ目は頻繁にコミュニケーションが要求されること。三つ目は責任の所在が曖昧なこと。
それぞれ順に見ていこうと思う。
尊敬できるエンジニアがいないこと
本当に誰一人として尊敬できるエンジニアがいなかった。乱暴に言い換えると、周囲のエンジニアが全員気に食わなかった。理由は僕が何か問題を提起しても、誰も問題を問題であると考えてくれなかったことにあった。
しかし、今なら分かるがその不満は的外れだ。誰も問題意識を持ってくれなかった原因は僕自身にあったからだ。僕の問題提起のやり方は未熟だったし、問題を分析・解決する知識も経験も能力も足りていなかった。そんな人間の話は聞いてもらえなくて当然である。
ただ、それでも問題を見つける目だけは正しかったと自負している。あとは問題を適切に分析したり、改善案を人に実行させるだけの手腕を身につければいいだけだ。問題に気づくのが結構難しいってえらい人も言ってたし、伸び代だらけだと思う。過去の自分に救いを与えるためにも頑張りたいし、何より、おかしいと思ったことに納得もできず改善もされない状態は気に食わない。
現状の話をすると、今のチームには尊敬できるエンジニアしかいない。つまり、尊敬できるエンジニアがいないこと自体は解消されてしまった。ただ僕は人間の好き嫌いも激しいし、今後もこの恵まれた状況が続くとは限らない。尊敬できないエンジニアの中でどうやって元気に働くか?という問題は別途解消する必要がある。
その問題の参考にしようと思って、チームメンバーに「問題だらけのチームで問題を解決しつつ、精神衛生を保つにはどうしたらいいですか?」と聞いたことがある。「メンタルは駄目になるから愚痴って励まし合うしかないね」という回答をもらった。
周りのエンジニアを尊敬できないことが問題だと思っていたが、そもそもなんで尊敬できないのか?なにがストレスなのか?を改めて考えてみると、問題をうまく分析できなかったこと、周りにも助けを求められず問題に対して孤立してしまったこと、が問題だったんだと思う。なので、今後はソフトウェア開発の現場における問題解決能力を鍛えること、自分でどうしようもなければ社内の信頼できるエンジニアに助けを求めること、の二つをやっていこうと思う。僕はどうも問題を一人で抱え込みがちなところがあるが、一人で問題に立ち向かうのはかなりメンタルに悪いことが分かった。せっかく尊敬できるエンジニアとの縁もできたことだし、もっと色々な人に頼ることを覚えていこうと思う。
頻繁にコミュニケーションが要求されること
これは①周りがコミュニケーション以外の方法を検討もしないことが不満だった、②苦手なコミュニケーションを要求されて辛かった、の二つに分解できる。
①は様々な仕事でよく見かける状況だと思う。コミュニケーションの中でもとりわけ対話を万能と崇め、とりあえず対話で解決しようとする人間はかなりの数が存在する。これは先程の「問題をうまく分析できなかったこと」にまとめることもできるが、もっといい方法がないか?仕組みで解決できないか?そもそも必要な作業なのか?など、検討の余地が無視されてしまったことに不満を覚えたのだと思う。他の方法を十分検討もせずに「コミュニケーションしましょう」で解決したつもりにされたことが腹立たしかったのだろう。
今のチームでは何事も十分に検討されており、「とりあえず対話」という雑な解決を見たことがない。進捗が悪ければスクラム的に「じゃあ一旦切り上げてチケット切り直そうか」「この課題はもう少し分解しようか」と解決されるし、情報はだいたい文書で共有される。分からないことはだいたいその文書に書いてあるし、Slack で少しやり取りすれば済む。コミュニケーションはコミュニケーションでもテンプレートがあったり、僕の得意な文書であったり、とにかくやりやすかった。
僕の嫌いなコミュニケーション施策に「一日中相談 Zoom 部屋を開けておく」というのがあった。今のチームでも行われているが、そのことに嫌悪感はない。それどころか困った時に駆け込める安心感すら持っているのは、あれだけやったら最後はこうするしかないよね、と納得できているからだと思う。
②はやや誤解がある。本来コミュニケーションとは単に意思疎通と説明できる概念だが、暗喩を理解しながら対話的に意思疎通を図る行為だけをコミュニケーションと思い込んでしまっていた。本来の意味に沿えば SNS のやりとりもコミュニケーションだし、本を読むことだってコミュニケーションであるはずだ。もしこのブログを読みやすいとか分かりやすいと思ってくれたなら、それはまさにブログを通じたコミュニケーションがうまくいった証拠だ。苦手なのはコミュニケーションではなく、曖昧な対話だったのだと気づいた。
異動したばかりの頃、上司にコミュニケーションが苦手なのでフォローしてもらえるとありがたいです、と相談したことがある。なるべくもくもくとした仕事を振ってもらっていたが、自分が切り出した問題を整理するための MTG の司会など、必要に迫られてコミュニケーション色の強い仕事もやった。そういう僕の仕事ぶりを見てきた上司は、1on1 で「全然コミュニケーション取れてるし、苦手なようには見えないよ。」と言ってくれた。僕自身のコミュニケーション能力が劇的に改善したとは思わない。変わったことといえば環境くらいなので、周りの人間が変わればコミュニケーションってとれるようになるんだ、と思った。
ちなみにその司会をした MTG の間中はずっと冷や汗だらだらで頭真っ白で焦ってばかりいた。それでも大丈夫だったらしいので、人間は案外やればできるのかもしれない。
責任の所在が曖昧なこと
当時の僕はスクラムの全員野球感(スクラムの由来はラグビーだが)を理由に、責任の所在が曖昧なことが不満なのだと考えていた。しかし、今のチームで同じくスクラムの手法で仕事をする中で、そうではないと気づいた。
「誰が」「何をやるか」のどちらもが不明瞭だからとにかくみんなでやろう!という状態の中で、自分が何をすればいいのかが分からなくなっていたことがストレスだったのだ。問題の本質は責任の所在の曖昧さではなく、日々の仕事の中で把握すべき情報量が多すぎて混乱していたことだったと思う。自分の要領が悪いから周囲に気を配れないし、逆に自分の状況を周囲に伝えることもできないのだと思い込んでいたが、それも間違いだった。要領の悪さではなく、情報過多に原因を見出すことができる。
今のチームにはタスクのゴールを明確に文書で残す文化があり、その上、タスクの粒度も適切に設定されている。確かに同じスクラムの手法を採用してチーム全体で大きな課題を解決しているのだが、自分のやるべきことはもちろん、みんながやっていることが格段に把握しやすいと感じる。情報過多の混乱から解放されたおかげで、だいぶ脳みそのリソースが空いたように思う。
以前感じていた「それも僕の仕事ですか?(なんでそこまでやらなきゃいけないんですか?)」みたいな不満はなくなった。むしろチームメンバーが僕のタスクにまで気を配ってくれることに、情けない気持ちになることが増えた。最近も調子を崩している間に、チームの人が僕のタスクをやっつけてくれていた。本当に申し訳ない。良い点を挙げるとすれば、何が分からないのかも分からず人から気を配られることすらできなかったのに、自分の状況がそれなりに周囲に伝わるようになったところだろうか。
そういう環境の変化もあり、「自分が決めたことや自分がやった仕事の結果だけにきっちり責任を取りたいという考え方は、受け入れてもらえそうになかった。」などとのたまっていたことがものすごく恥ずかしくなった。何様のつもりだよ。
おわりに
そういうわけで、当時感じていた不満は全部解消されてしまった。会社は辞めてないし、まだエンジニアとして働いている。そんなことあるのか、と思うが、実際そうなっている。
よかったですね。