Dynamic IOの成り立ちと"use cache"の深層
"use cache"
は、Next.jsのDynamic IOで利用することができる新たなディレクティブです。本稿は筆者の備忘録を兼ねて、Dynamic IOの成り立ちや"use cache"
の内部実装について解説するものです。
Dynamic IOの成り立ち
Dynamic IOは2024年10月のNext Confで発表された、Next.jsにおける新しいコンセプトを実証するための実験的モードです。Dynamic IOはその名の通り、主に動的I/O処理に対する振る舞いを大きく変更するものです。
具体的には、以下の処理に対する振る舞いが変更されます。
- データフェッチ:
fetch()
やDBアクセスなど -
Dynamic APIs:
headers()
やcookies()
など - Next.jsがラップするモジュール:
Date
、Math
、Node.jsのcrypto
モジュールなど - 任意の非同期関数(マイクロタスクを除く)
Dynamic IOでこれらを扱う際には<Suspense>
境界内に配置、もしくは"use cache"
でキャッシュ可能であることを宣言する必要があります[1]。
-
<Suspense>
: 動的にデータフェッチを実行する場合、対象のServer Componentsを<Suspense>
境界内に配置します。従来同様<Suspense>
境界内はStreamingで配信されます。 -
"use cache"
: データフェッチがキャッシュ可能な場合、"use cache"
を宣言することで、Next.jsにキャッシュ可能であることを指示します。
Partial Pre-Rendering(PPR)を理解してる方であれば、Static RenderingとDynamic Renderingが1つのページで混在し<Suspense>
境界単位でレンダリングを分離していく設計については馴染み深いことでしょう。
Dynamic IOではさらにこれを発展させ、Dynamic RenderingにStatic Renderingを入れ子にすることが可能となります。
export default function Page() {
return (
<>
...
{/* Static Rendering */}
<Suspense fallback={<Loading />}>
{/* Dynamic Rendering */}
<DynamicComponent>
{/* Static Rendering */}
<StaticComponent />
</DynamicComponent>
</Suspense>
</>
);
}
Dynamic IOではレスポンスの開始がデータフェッチによってブロックされることがないため、効率的な配信が可能となります。
私見: キャッシュの混乱とNext.jsへの評価
Dynamic IOは現状実験的モードですが、未来のNext.jsのあり方の1つとも考えられます。従来のNext.jsのデフォルトで強力なキャッシュは、開発者に多くの混乱をもたらしました。Dynamic IOにおいて開発者は、<Suspense>
境界内で常に実行するか"use cache"
でキャッシュ可能にするか明示的に選択することになるため、従来の混乱は解消されると考えられます。
キャッシュの複雑さはNext.jsに対する最も大きなネガティブ要素だったと言っても過言ではありません。Dynamic IOの開発が進むにつれ、Next.jsに対する評価も大きく改める必要があるのではないかと筆者は考えています。
"use cache"
"use cache"
はDynamic IOにおける最も重要なコンセプトです。"use cache"
はファイルや関数の先頭につけることができ、Next.jsはこれにより関数やファイルスコープがキャッシュ可能であることを理解します。
// File level
"use cache";
export default async function Page() {
// ...
}
// Component level
export async function MyComponent() {
"use cache";
return <></>;
}
// Function level
export async function getData() {
"use cache";
const data = await fetch("/api/data");
return data;
}
"use cache"
は引数や参照してる変数などを自動的にキャッシュのキーとして認識しますが、children
のようなキーに不適切な一部の値は自動的に除外されます。
より詳細に知りたい方は、以下公式ドキュメントを参照ください。
キャッシュの永続化
"use cache"
によるキャッシュは、内部的に以下2つに分類されます。
- オンデマンドキャッシュ[2]: オンデマンド(
next start
以降)で利用されるキャッシュ -
ResumeDataCache
: PPRのPrerenderから引き継がれるキャッシュ
オンデマンドキャッシュは、現時点ではシンプルなLRUのインメモリキャッシュです。内部的にはCacheHandler
という抽象化がされており、将来的には開発者がカスタマイズ可能になることが示唆されています。
ResumeDataCache
はPPRのPrerenderから引き継がれる特殊なキャッシュで、現時点ではCacheHandler
とは別物になっています。
"use cache"
の内部実装
以降は"use cache"
がどう実現されているのか、Next.jsの内部実装について解説します。
"use cache"
は大まかに以下のような仕組みで実現されています。
- SWC Pluginで
"use cache"
対象となる関数を、Next.js内部定義のcache()
を通して定義する形に変換する -
cache()
は引数にキャッシュのIDや元となる関数などを含み、このIDなどをもとにキャッシュの取得や保存を行う
"use cache"
に対するトランスパイル
Next.jsアプリケーションはSWCでトランスパイルされ、Server Actionsをマークする"use server"
に対してはSWC Pluginによって独自の変換処理が適用されます。"use cache"
の変換も、このSWC Pluginに含まれる形で実装されています。
"use server"
用のPluginで"use cache"
に関する処理をしているのはだいぶ違和感がありますが、実験的モードですし実装速度を優先したのかもしれません。
以下はfunction() {}
の先頭に"use cache"
があった時の処理です。if let Directive::UseCache { cache_kind } = directive { ... }
で"use cache"
を判定しています。
この処理内でself.maybe_hoist_and_create_proxy_for_cache_function()
が呼ばれることで、self.has_cache = true
となります。ここで設定されたself.has_cache
により、以下の分岐に入ります。
ここでは対象コードのアウトプットであるnew
に対し、コメントにもあるようなimport { cache as $$cache__ } from "private-next-rsc-cache-wrapper";
が挿入されるような処理がされています。
さらにself.maybe_hoist_and_create_proxy_for_cache_function()
の後続処理で、対象のfunction() {}
に対しexport var {cache_ident} = ...
の形に変換処理が適用されます。
上記のinit
で呼ばれるwrap_cache_expr()
にて、対象のfunction() {}
は$$cache__("name", "id", 0, function() {})
のような形に変換されます。
これらの処理により、"use cache"
の対象関数はprivate-next-rsc-cache-wrapper
のcache()
関数を介して定義される形に変換されます。
その他にもいくつか処理はありますが、残り部分の処理は割愛します。これらの処理を経て最終的には以下のような入出力が得られます。
"use cache";
import React from "react";
import { Inter } from "@next/font/google";
const inter = Inter();
export async function Cached({ children }) {
return <div className={inter.className}>{children}</div>;
}
/* __next_internal_action_entry_do_not_use__ {"c0dd5bb6fef67f5ab84327f5164ac2c3111a159337":"$$RSC_SERVER_CACHE_0"} */ import { registerServerReference } from "private-next-rsc-server-reference";
import {
encryptActionBoundArgs,
decryptActionBoundArgs,
} from "private-next-rsc-action-encryption";
import { cache as $$cache__ } from "private-next-rsc-cache-wrapper";
import React from "react";
import inter from '@next/font/google/target.css?{"path":"app/test.tsx","import":"Inter","arguments":[],"variableName":"inter"}';
export var $$RSC_SERVER_CACHE_0 = $$cache__(
"default",
"c0dd5bb6fef67f5ab84327f5164ac2c3111a159337",
0,
/*#__TURBOPACK_DISABLE_EXPORT_MERGING__*/ async function Cached({
children,
}) {
return <div className={inter.className}>{children}</div>;
},
);
Object.defineProperty($$RSC_SERVER_CACHE_0, "name", {
value: "Cached",
writable: false,
});
export var Cached = registerServerReference(
$$RSC_SERVER_CACHE_0,
"c0dd5bb6fef67f5ab84327f5164ac2c3111a159337",
null,
);
private-next-rsc-cache-wrapper
上記の変換で挿入されたprivate-next-rsc-cache-wrapper
は、webpackのaliasです。
上記パスは以下のファイルのbuild結果で、use-cache-wrapper.ts
よりcache()
をそのままexport
しています。
このcache()
関数こそが、"use cache"
の振る舞いを実装している部分になります。
cache()
cache()
関数は数百行程度ありますが、ここでは特にキャッシュの永続化の仕組みについて確認します。キャッシュの永続化は前述の通り以下2つに分けられています。
- オンデマンドキャッシュ(
CacheHandler
由来) ResumeDataCache
CacheHandler
由来)
オンデマンドキャッシュ(CacheHandler
は以下で定義されます。
設定可能なCacheHandlerのように見えますが、導入時のPRや筆者が実装を確認した限りでは設定できるような手段は見つかりませんでした。そのため、現状は必ずDefaultCacheHandler
が利用されるものと考えられます。なお、DefaultCacheHandler
はLRUのインメモリキャッシュです。
ResumeDataCache
ResumeDataCache
は、文字通りレンダリングをResume=再開するためのキャッシュです。これはPPR有効時に利用される共有キャッシュで、next build
時に生成したキャッシュをそのままnext start
で再利用することができます。
ResumeDataCache
は以下のPRで追加されました。
Prerender時にアクセスされなかった"use cache"
な関数は、ResumeDataCache
ではなくCacheHandler
でハンドリングされます。
キャッシュデータの実態
CacheHandler
で永続化されるキャッシュもResumeDataCache
も、データの実態はRSC Payloadです。つまり"use cache"
を適用するとコンポーネントも関数も同様に、RSC Payloadとして内部的に処理されます。
"use cache"
のキャッシュのキーや関数の戻り値はシリアル化可能であるという制約は、内部的にRSC Payloadで扱うことや、外部に保存することを考慮しての制約だと考えられます。
おおよそ"use cache"
を実現するための実装が理解できたので、調査はここまでとしました。
感想
これまで筆者はNext.jsのキャッシュの仕組みに関する記事をいくつか執筆してきました。
上記の記事を執筆してる時に何度も、注意すべき制約が多いことが気がかりでした。今回"use cache"
について調査している時には、利用者側の制約については少ないような印象を受けました。SWC Pluginによる実装は黒魔術やMagicと称され忌避されることも多いですが、実際利用する観点においてはシンプルに設計されていると思います。
従来のキャッシュに対するネガティブな意見は、デフォルト挙動に関するものが大きかったとは思います。Dynamic IOはシンプルな設計の上に成り立っているように感じており、調査を進めるほど期待感が高まりました。今後のDynamic IOの開発に期待したいところです。
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