【最新シネマ批評】
映画ライター斎藤香が最新映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、レビューをします。
今回ピックアップしたのは是枝裕和監督の最新作『三度目の殺人』(2017年9月9日公開)です。
「そして父になる」「海街diary」の是枝監督の法廷劇で、主演は福山雅治と役所広司。実に魅力的な組み合わせですが、これが一筋縄ではいかない法廷サスペンスでありまして……。では物語からいってみましょう。
【物語】
食品加工会社の社長を殺し、財布を盗んで現場に火を放ったという殺人容疑で逮捕された三隅(役所広司)は、「私がやりました」と罪を認めていました。彼はその食品会社に勤めていた男でした。
それは実にシンプルな事件だと思われましたが、担当弁護士の摂津(吉田鋼太郎)は、接見するたびに三隅の言葉が変わることに困り果て、同期の重盛弁護士(福山雅治)に相談を持ちかけました。
重盛は死刑ではなく無期懲役に持っていこうとしますが、三隅は弁護士に相談せず、週刊誌の記者に「実は社長の奥さんに殺人を依頼された」と告白してしまうのです。
【弁護士はヒーローじゃない】
弁護士は映画やドラマに多く登場する職業で、ミステリー、サスペンス系の作品にはかかせない存在です。フィクションの世界では悪徳弁護士も登場しますが、真実を明かし、正当なジャッジへと導く正義の弁護士の方が多いような気がします。
しかし、本作はそんな弁護士像を描いて見ると、裏切られます。重盛弁護士は事件の真実には興味がなく、裁判に勝つことだけを考えています。三隅の事件は再犯ということもあり、死刑の可能性が高かったけれど、そこを無期懲役へ持って行くことが弁護士としての勝利。被害者とその家族への情など、みじんもないのです。
弁護士と関わったことがない私は、「そんな冷たい……!」と思いましたが、彼は弁護士の職務に忠実なだけ。
実はこういう弁護士は、現実に多いようです。『三度目の殺人』の資料インタビューで、是枝監督はこう語っていました。
「弁護士の仕事をちゃんと描いてみたいと思いました。そこで弁護士の方々に話を聞いたところ、みんな口を揃えたように“法廷は真実を解明する場所ではない”と言うんですね。“真実は誰にもわかりませんから”と。おもしろいなと思って、それで何が真実なのかわからない法廷劇を作ってみようと思ったのです」
その、“何が真実なのかわからない” 事件に関わるのが、供述をコロコロ変えていく三隅という容疑者なのです。
【三隅がかき回していく殺人事件】
三隅は罪を認めたと思ったら、「社長の奥さん(斎藤由貴)にそそのかされた」と語ったり、そのあとで「やってない」と言い張ったりし、重盛を混乱させていきます。
主導権を完全に三隅に握られた重盛は、三隅という男を知るために彼の家へ行き、近所の人に取材をするうちに、三隅の家に殺された社長の娘(広瀬すず)がしばしば遊びに来ていたことがわかります。彼女には優しかった三隅……なぜ?
「真実には興味ない」と言っていた重盛が、三隅の真実を追求することにガツガツと夢中になっていく姿は、クールなエリート弁護士の重盛に徐々に血が通っていくのを見るようでした。だんだん人間くさくなっていくんですよ。
特に、重盛VS三隅の接見シーンは必見。「本当のことを言ってくれ」と言う重盛と、笑顔でかわす三隅。重盛が三隅のことをしつこく調べ、彼の正体を追いかけるほどに、ますますわからなくなるという皮肉……。
【重盛を利用して世の中へ復讐した?】
でも三隅も重盛との接見の中で、素顔を垣間見せるシーンはあるのです。
それは、彼が世の中の理不尽を嘆くとき。この世の中に、三隅は絶望していたのかもしれない。
彼は社会の弱者として、はい上がろうとしてもはい上がれない社会、人の命さえ、真実を追求することなく司法のシステムに落として終わりにする世の中へ、復讐をしたかったのかもしれないと思いました。
【正義の弁護士映画に対するアンチテーゼ】
おそらく、見る人によってこの映画の感想は違うと思います。真犯人と事件の解明がきっちりされないとスッキリしないという人はモヤモヤ感が残るでしょう。タイトルの “三度目” の意味も解釈が難しいんですよ。
だから法廷が舞台ではあっても、ドキドキのミステリーサスペンスだと思わず、是枝監督による人間ドラマと思って見た方がしっくりくるかも。
私は殺人事件そのものよりも、この事件を裁く司法のしくみの方がショックでした。真実を解明しないで何でジャッジができるのか? と。この映画は、従来の正義の弁護士映画(&ドラマ)へのアンチテーゼのような作品であると言えるかもしれません。
執筆=斎藤 香 (c)Pouch
『三度目の殺人』
(2017年9月9日より、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか、全国ロードショー)
監督:是枝裕和
出演:福山雅治、広瀬すず、満島真之介、市川実日子、松岡依都美、蒔田彩珠、井上肇、橋爪功、斉藤由貴、吉田鋼太郎、役所広司
(C)2017フジテレビジョン アミューズ ギャガ
▼映画『三度目の殺人』予告編
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