[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかからおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップするのはアカデミー賞の監督賞(ベネット・ミラー)、主演男優賞(スティーヴ・カレル)、助演男優賞(マーク・ラファロ)ほか5部門候補になっている話題作『フォックスキャッチャー』(2015年2月14日公開)。
“フォックスキャッチャー”とは、大富豪が率いるレスリングチームの名称。映画『フォックスキャッチャー』は、このチームの大富豪とレスリングの金メダリスト兄弟の関係を描いた実話の映画化です。
【物語】
ロサンゼルス五輪の金メダリストのマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)でしたが、生活は楽ではありませんでした。同じく金メダリストの兄のデイヴ・シュルツ(マーク・ラファロ)は、妻と子供と充実した生活を送っており、マークは孤独……。そんな中、マークに大企業の御曹司ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から声がかかったのです。
ジョンは広大な私有地にレスリングのトレーニング施設を建設し、フォックスキャッチャーというレスリングチームを率いて、世界一を目指していました。マークはジョンのチームと破格の金額で契約しますが、ジョンの奇行に振り回され、やがて兄のデイヴも巻き込まれて……。
【イタ過ぎて怖い大富豪】
実話の映画化なので、この事件の結末は調べれば簡単にわかります。その事件に至るまでのプロセス、当事者の気持ちに寄り添って描かれたのが映画『フォックスキャッチャー』なのです。
金ですべてを得てきたジョン、人の気持ちも金でどうにでもなると思ったのでしょう。ただ金の力でマークは手に入れたけれど、デイヴだけはコントロールできず、それが悲劇の引き金になったのです。事件後、ジョンは統合失調症だったと言われていましたが、周囲は皆、彼の金に集まってきた人間だから、彼の事を親身になって考える人間がいなかった。それが不幸。だってジョン・デュポンの言動を見ていればわかります「この人ちょっとおかしい」と。
レスリング選手でもコーチでもないシロウトなのに、選手を指導したり、自分の栄光を綴った記録映画を撮らせたり、イタイ空気が練習場に蔓延しているのですから。彼が登場すると「何言いだすだろう、何をするだろう……」と緊張と恐怖が交互に来るのです。
【純朴なアスリートの孤独】
レスリング兄弟のデイヴとマークは陽と陰です。健全で温厚なデイヴは家族思いで身の丈に合った暮らしを満喫しています。一方マークは独身で生活も苦しく表情も暗い。デイヴは器用、マークは不器用なアスリートなのですね。
五輪に出るほどの実力のある選手は、人生をその競技に捧げてきたから、その世界しか知らない人もいるでしょう。おそらくマークはそのタイプ。レスリング以外の世界を知らない純粋なアスリートゆえに、ジョンが持ちかけたおいしい話に飛びつき、彼の無茶な要求も飲まざるをえなかった。そして、ジョンの特異な世界に巻き込まれてしまったのです。実話ベースとはいえ、エピソードがどこまで本当なのかわかりませんが、こういうことはあるかもしれないと思えます。
【心地よくない真実】
ベネット・ミラー監督は、この事件に惹かれた理由についてこう語っています。
「デュポンとシュルツ兄弟の知られていない部分を知りたかった。これは心地よくない真実を伴う物語であり、自分が話を聞いたすべての人が、複数の側面を押し殺しているように思えたんだ」
加害者であるジョン・デュポンの動機、そこに至るまでのデイヴとマークの心情。動機は言葉で明らかにされてはいませんが、この映画はその動機を探るための映画でもあります。幼い頃から親の愛を求めても叶わず、すべての解決法は金だと思い込んで成長したら、心は育たず、愛し愛されることもできなくなるのだなあと。人生の歩みを間違えてしまい、そのことに気づかないまま、妄想の中に生きた男の姿を見る映画でもあるのです。
正直デートムービーにはなりませんけど、人間の歪みを静かに描いて恐怖と哀しみを感じさせる映画『フォックスキャッチャー』。一度見たら忘れられない映画です。
執筆=斎藤香(c)Pouch
『フォックスキャッチャー』
2015年2月14日より新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー
監督:ベネット・ミラー 出演:スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ、シエナ・ミラー、ヴァネッサ・レッドグレーヴほか
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