「生活保護」「母子加算復活」「子ども手当て」雑感

 生活保護の母子加算復活にむけて、ネットでいろいろとデマが流れている。デマを鵜呑みにしてさらにバッシングがひどくなっているのが見ていて嫌だなと思う。で、また、バッシングの根拠が誤情報だったりする。「生活保護」についての知識はやっぱり普通ほとんど知らないってことでもあるよね。

 だから、
◆Hatena::Diary【情報の海の漂流者】10月25日記事
【「私たちに何が必要かを考えてほしい」…月24万円の生活保護受ける佐藤さん一家(携帯代2万5千円・食費5万円)についてメモ】
http://d.hatena.ne.jp/fut573/20091025/1256564216

それから、
◆Hatena::Diary【戯言by紫音】10月28日記事
【生活保護についての簡単なまとめ】
http://d.hatena.ne.jp/sionsuzukaze/20091028/1256699756

の二本の記事は嬉しかった。

 とにかく、生活保護受給中の人には働いている人もいる・・・っていうか、働ける人は働かないと生活保護は「もらえない」んですよ。

 「保護の補足性の原理」というものがあって、国民が保護を受けるための前提としての「最小限の要件」として、(1)資産の活用(2)能力の活用(3)扶養の優先(4)他法扶助の優先、という4つがあります。
 「資産の活用」は、その資産を使って生活していくか、または売却して生活費に当てるか、ということです。「生活保護のくせに持ち家なんて」という話も見かけることがありますが、老朽家屋で建物の価値がほとんどなく、かつ更地にしてしまった場合、もう新しい建築物を建てることができないような、売るに売れない物件もあったりしますからね。持ち家に住む場合は、住宅扶助は出ませんから生活費分だけ。一人暮らしなら都内だと8万円弱くらい。2人暮らしだと12万円くらいなので、国民年金の老齢年金を2人とも満額受給している高齢者夫婦の世帯だと生活保護の基準よりも収入はちょっとだけ多くなる計算です。
 ちなみに地方へ行くとこの生活扶助の基準金額は減ります。生活扶助の基準額は1級地の1から3級地の2まで6段階に分類されているんです。今は首都圏とかごく一部の大都市以外だと、県庁所在地でも2級地だったりします。
 預貯金は基本的にほとんど使い果たすことが求められます。いや確かに紫音さんが書かれているとおり、1ヶ月の生活費の半分に値する程度の預貯金は持っていても生活保護申請可能なんですが、ここでいう1か月分の生活費の半分というと、都内在住の単身者だったら7万円程度、2ちゃんねるでバッシングがあった、「地方都市在住月の生活費24万円の生活保護受給中母子家庭4人世帯」と同程度の世帯だったら12万円の額になるまで、預貯金を取り崩して生活していかなくてはなりません。これは相当しんどいことです。貯金があってつましくやりくりしているのと、貯金が目減りしていく中で生活保護受給の申請ができるまで耐えていくのとでは、同じ金額のやりくりであってもストレスは全然違います。たとえば数十万円の定期預金を「虎の子の葬式代だから」「万一のときの医療費に」と持っていることはできないわけです。生活保護開始になったら安心できるのですけど、申請しても認められるのかどうか、決定がおりるまでは気が気ではありません。生活保護が開始になれば、たしかに医療は現物給付の医療扶助になりますから医療費は不用だし、「葬祭扶助」という名の火葬代は支給されますから「葬式代」を持っている必要もない、わけですが、ほぼ納棺と火葬の代金分くらいですから、いわゆるお葬式の費用はでません。もちろん、貯金などはなからなく、いつも自転車操業で苦労しているという人は、収入が基準額に満たなければ保護の対象となりうるわけです。
 「能力の活用」というのは、「働くことができる能力」の活用です。労働能力のあるものは、就労しても生活が困難であるか、就労活動をしても就労ができないことが前提なんです。だから、「働いたら負け」とばかりに求職活動も何もしないまま、生活保護の申請に行っても駄目なわけです。だけど、必死に求職活動をしても仕事が得られない、あるいは、「生活保護の基準額」に満たない収入しか得られない場合は、「不足分」が保護の対象となるんです。あ、この「働いて得た収入」は世帯のメインの働き手の収入だけではなくて、高齢者がシルバー人材センターで働いて得た賃金や障害者の作業所工賃、未成年の・・・高校生のアルバイト代も含みます。生活保護世帯の収入の計算はあくまでも世帯単位ですからね。ただし、働いて得た収入の場合は、ある程度の「必要経費」が控除されるので全額が差し引かれるわけではないですが。
 「扶養の優先」というのは、親兄弟による扶養、同居して扶養するか、あるいは仕送りをしてもらうことが、保護の実施よりも優先されるということです。でも、これ、生活費の全額を仕送りせよ、ということではない。また、同居できない事情もそれぞれあったりするわけで、親兄弟からできるだけの仕送りをしてもらっても、それでも「保護の基準額」に不足している部分を支給するわけです。
 「他法扶助の優先」というのは、公的年金や公的な手当て類を「生活保護」の実施に先立って活用すること、また、医療費の公費負担や各種福祉法による支援、可能ならば公営住宅入居など、使えるかぎりの他の法律による支援を活用したうえで、それでも不足する部分を「生活保護」が面倒みる、というしくみになっています。だから、今度の「子ども手当て」も、この「他法扶助優先」に入ります。つまり、収入として計算してその全額を「保護の基準額」から差し引くわけです。

 だから、例えば、これはネットで話題になっていたケースをもとにした架空ケースですけれども、中学生の子ども2人と小学6年生1人を扶養していて、働いて得た収入が12万円、児童扶養手当が3人分で約5万円(所得が少ない一人親家庭が申請すると支給される手当)、親族からの仕送りが2万円という収入がある家庭(あくまでもよたよたあひる創作の架空ケースですよ。例の中日新聞掲載のケースの総収入である24万円を保護基準額と読み、子どもの数から児童扶養手当を計算し、賃金や仕送りの額はありそうな額を作って見ました。完全なメイキングです。)が、生活保護のもとで24万円程度のやりくりをしていたということだと、生活保護から支給されるお金は月額で5万円ということになります。
 ここに「子ども手当て2万6千円」が3人分上乗せされるとどうなるかというと、家族の収入は基準額を上回るので生活保護廃止になるわけです。母子加算が完全復活すると、24万円の基準額が2万5千円弱くらいは増えるのですが(「母子加算」を勘違い計算して子ども一人につき2万3千円だから×3で、7万1千円、としていた書き込みも見ましたけど、「母子加算」は一番支給額が多かった時期でも、子どもが一人の場合に2万3千円、二人目は千円ちょっと、3人目以降は千円未満だったので、子ども3人だと2万5千円くらいです)、やはりわずかに収入が生活保護の基準額を上回りますから保護廃止になります。
 基準額よりも諸手当、就労による収入、仕送りの合計がわずか数千円でも少なければ生活保護継続は可能です。持病があって継続的に通院しなくてはならない家族がいる場合、生活保護から支給される金額がわずか数千円であっても、保護を受けていたほうがしっかり医療にかかれます。

 ただ、収入がある程度安定してきたら、保護を受け続けるのは大抵嫌になるはずです。だって、がんばって働いても使えるお金はほとんど増えない上、バッシングの対象になってしまいますからね。働きながら生活保護を受けている人のことがあまり知られていないのは、保護を受けていることを隠す人が多いからではないかしら。無茶な働き方をしなくても、安心して暮らしていくことができるための制度が生活保護なので、人生の一時期、生活が苦しかったら生活保護を受けて生活の安定を図る、十分に働けるようになったら保護廃止にするという「生活保護」の使い方はもっとあっていいと、私は本気で考えています。
 でも、保護申請の敷居は結構高いんですよね。
 悪名高い「水際作戦」など、市役所の審査の問題ももちろんあるのですが、親兄弟への扶養の照会をされたくないとか、親兄弟が市役所に聞かれると「仕送りしますからけっこうです」と断ってしまう場合とか、名目上の収入はあるけれど借金の返済で生活が圧迫されている場合だと申請が難しいとか。田舎だと、いくら守秘義務があるにせよ、元の同級生が働いていたりする市役所で申請するのははばかられるなんてこともあるかもしれません。

 仕事がら、生活保護申請の同行も結構してきたけれど、たとえ「障害者手帳」を持っている「精神障害者」であって、「精神科通院治療中」であっても、相談窓口の壁はやっぱり厳しい・・・それはある意味当たり前であって、厳しい査定がなかったら「不正受給」の元になりかねないわけだから、市役所の窓口担当もがんばっているわけです。生活保護の担当は、別に福祉の専門家がなるとはかぎらず、例えば納税課から配置転換してきた職員だっていますし、税の重みをわかっていればこその厳しさだってあるわけです。
 「厳しい」内容も、ピンからキリまで。
 「接遇」としてどうなのよ、というような失礼な物言いはここ10年くらいの間で大分なくなってきている印象があり(前はひどい言葉も聞いたことがある)、それよりは、扶養義務者(特に現役で働いている「親・兄弟」に対しての仕送り要請の働きかけが厳しくなってきた、かもしれない。過去のローン返済でとても仕送りどころではないという場合に利息軽減の手続きを教えてくれ、返済金が減額する分、少しだけでも仕送りをするように指導があったりもしました。もちろん、本人名義の預貯金の調査は、保護申請書の提出と同時に調査に対しての「同意書」を提出するから、今はオンラインで、例えば本人があずかり知らぬところでご家族がこっそり蓄えてきた「本人名義の預貯金」や「貯蓄型の生命保険」だってわかるわけで、調査の結果そういうものがでてきたら、まずそれを解約して生活費に当てるように指導がかかるわけです。

 また、生活保護受給中に、たとえば相続があったり、高齢の親が死亡して死亡保険金が入った、あるいはそれまで障害年金がとれることがわからないでいたけれど調べたらとることができて5年分とかまとまった金額の収入があった場合、そのお金から生活保護受給中にかかった費用を返済しなくてはなりません。数年間生活保護だと返済金はかなりの額になります。特に、入院していたりすると、医療費は生活保護の場合、10割負担で生活保護が医療機関に支払っているわけで、1か月分が30万円から40万円くらいにはなります。手術なんかしていたら大変な額です。二、三百万円くらいの収入があっても、1年入院していたら(精神科の場合は1年くらいの入院は今でも結構ありますからね)ほぼ全額生保に返済することになってしまいます。返済したあと残った金額がそれなりにあったら、とりあえずはそのお金が尽きるまでは保護廃止になります。ちなみに、生活保護受給中の人が持っていて認められる預貯金の額は、たしか入院中が30万円まで、在宅の場合は50万円まで、だったと思います。これを越えた額の預貯金が残る場合は、また預貯金を使ってからあらためて保護申請ということになるはずで、申請できるのは最初の申請時と同じなんじゃないかな・・・


 働く能力がある人への就労へのプレッシャーはしっかりとあります。もちろん、病気や障害で働くことができない場合には、その人の力にみあった活動にきちんと参加していくよう指導が行われます。
 ワーキング・プアの問題はまた別の貧困問題として存在しています。日本の生活保護は、本来だったら保護対象者になりうる人全員が保護申請、受給したら財源不足でなりたたくなってしまうという話は昔から言われているし、保護費の基準額以下の収入しかなくとも、申請に行って、「家族と同居すれば生活できるはず」とか「仕送りをしてもらえば」とか、相談から申請に至るまでの道のりは決して簡単なものではないですから。
 ワーキング・プア状態で、生活保護申請を考えるなら、一人でがんばるのじゃなくて、やっぱり支援者を見つけないと難しいと思います。
 でも、だからといって、今現在の受給者をバッシングしていても、何も問題は解決しないし、かえって(いまでも利用しにくい制度なのに)さらに生活保護を利用しにくくしてしまうと思います。
 かつては、都会の生活で食い詰めたら田舎に帰る、という選択肢もあったわけですけど、今は帰ることができる田舎にはより一層仕事もない、実家の家業も成り立たなくなってしまったという場合が多いわけだし。

 無論、不正受給者というけしからぬやからはごく一部にいるでしょうけど、だいたい、マスメディアが生活保護バッシングの記事に仕立て上げた「生活保護の無駄遣い」は、ごく一部の「不正受給」のニュースと同時に「他方優先の原則」に従えば、生活保護費ではない制度利用・・・医療費の生保以外の公費負担制度とか障害年金とか・・・がちゃんと使われていないで、医療扶助になっていたという部分から算定された金額を「無駄」と称して一緒くたに報道していたことだってあるんですから。