ツーリング日和17(第2話)出発だ

 相変わらず一方通行の連絡があって、集合場所はなんと三宮。朝も早いから良いようなものだけど、昼間ならこんなところで落ち合えないよ。バイクだって停めるのに難儀しそうだもの。

「とりあえず腹ごしらえや」

 連れて行かれたのは三宮駅の南側で西国街道にある商店街の一角にある松のや。

「こんなところがあったんだね」
「これからも使えるで」

 松屋のチェーン店みたいだけど、朝から驚きのメニューがある。

「得朝ロースカツ定食」
「わたしもそうする。アリスも一緒にしようよ」

 まだ朝も朝、早朝だぞ。最近は朝カレーでもありになってるみたいだけど、朝トンカツツってどうなんだよ。

「リーズナブルだよ」
「ボリュームも文句無しや」

 これだけあったらお昼どころか夜だって十分だ。お値段も信じられないぐらい安いけど、うら若き乙女の三人組だぞ。もうちょっとオシャレにしようよ。せめてコメダぐらいに、

「あそこは七時からやねん」

 ギャフン。そうなのか。でも食べたら、これはなかなかだ。お腹も満たされて、

「新神戸トンネルの方に行くで」
「アリス、十円玉を二枚用意しといてね」

 なんだそれって思ったけど通行料金だってさ。そんなに安いのかと思ったけど、それでも払わないといけないのがメンドクサイ。バイクで料金を支払おうと思ったっら、バイクを料金所の前に停めて、グローブを外して払い、またグローブを付けないといけないのよ。だからどうしたってモタモタする。モタモタしてると後ろのクルマが気になるもの。たった二十円ならタダにしてくれ。

「わたしもそう思う」
「ほいでも決まりは決まりやからな」

 新神戸トンネルはまっすぐ抜けると箕谷だけど、途中から山麓バイパスに分岐してる。天王谷料金所で二十円の通過儀礼を払って西に向かって快走。この道は白川を抜けて西神中央まで続いてるんだよ。西神中央から国道一七五号を横断して、なんかゴチャゴチャしたところを走り抜けて、

「加古川や」

 上荘橋を渡る。さらに県道四十三号線に入り北上。国道一七五号を渡ってからは完全に郊外の道の雰囲気になってくれてる。こういう道を走ってると口ずさみなるのが、

「♪カントリーロード、この道ずっと行けば・・・」
「♪あの街につづいてる気がするカントリーロード」

 ジョン・デンバーのオリジナルはひたすら遥か故郷を想う歌詞だけど、こっちの日本語歌詞の方が今日の気分に合う感じ。この道を走り続けた先に今日の目的地はあるんだものね。それはともかく、バイクでツーリングするならこういう道よね。

「そうや。ツーリングの楽しみは過程にあるからな。ドライブかってそうやろうけど、バイクは自分で道を切り開いていく感じが好きやねん」

 コトリさんも良いこと言うよ。そりゃ、道はつながってるけど、とくに初めての道なら切り開くって感じが合うと思うもの。こうやって目に飛び込んで来る風景を楽しみながら走るのがツーリングの醍醐味だ。

 道はやがて加西市街に入ったみたいだけど、けっこうな都会だな。もっと鄙びた街だと思ってた。

「無事県道二十三号に入れたわ」
「とりあえず一安心ね」

 道は再び西へ、西へ。神戸から但馬を目指すとなると幾つかルートはあるけど、こっちは小型バイクの下道専科だから不便なところはある。そりゃ、高速も自動車専用道も走れないからね。

「そうやねんけど、高速が整備されたから下道も走り安うなってるで」
「こっちがツーリングの本道よ」

 この二人が距離と時間をモノともしないのも知ってる。どんなに時間がかかりそうでも楽しそうに走り抜けちゃうんだもの。アリスがマスツーしたことがあるのはこの二人だけど、ツーリングの楽しさを教えてもらったと感謝してるもの。それはともかく、但馬に行くルートとして選んでるのは、

「但馬街道とも生野街道とも呼ばれる古代からの街道や」
「銀の馬車道とも呼ばれてるよ」

 さすが歴女だ。姫路と豊岡を結ぶ街道になるのだけど、今日は福崎から入るみたいだ。国道三一二号ってあるからここだな。

「播但道が出来て空くようになって助かるわ」
「かつては渋滞の名所だったのよ」

 但馬の冬と言えば松葉ガニだけどスキーでも有名だよね。播但道が出来る前にはスキー客がこの道からスキー場に押し寄せてたのか。

「今は昔の話だけど、スキーブームが凄かったのよ」
「ああ、私をスキーに連れて行っての時代や」

 スキーが大人気であった時代があったことはアリスも知っている。はるかなる昭和の時代になるけど、そりゃ、凄かったらしい。私をスキーに連れて行っての時代になると宿もかなりオシャレなってたみたいだけど、

「コトリも行ったの」
「ああ、けっこうな宿やった」

 昭和の四十年代のスキー宿はけっこうなんてものじゃなかったみたいで、

「とにかく二十畳の部屋に二十人やったからな」

 それって中学生の宿泊訓練並じゃない。

「押入れが特等席やった」
「部屋に暖房もなかったし」

 あのね、冬の但馬にスキーに行ってるんだぞ。凍死するじゃないの。

「コタツの八方布団や」
「それって贅沢な方でしょ」

 コタツの八方布団ってのはコタツを部屋の真ん中に置いて、そこに足を突っ込めるようにして寝てたそう。だけど二十畳に二十人になるとそれも出来なくなるのか。そこまでしてスキーがしたい時代だったんだろうな。これは、その時代に生きていないと絶対にわからない空気よね。

「ちょっと寄り道や」
「アリスも行きたいよね」

 なになに史跡生野銀山って書いてあるけど、こんなところにあったんだ。

「一遍ぐらい見とく価値はあるで」
「シナリオの参考にもなるよ」

 これはありがたい。シナリオライターの通信講座を受けた時に、シナリオライタ―の心得的な話があったんだ。なんでも好奇心をもって、とくに人間観察を怠らないとかだったかな。あれは間違ってはいないけど、そうじゃないと思う。

 シナリオライターに必要な資質ではあるけど、シナリオライターになるために身に着けるものじゃない。そういう資質がある者にのみシナリオライターになれるのだよ。シナリオを書く時にもっとも必要なものは人間を良く知っていることがとにかく重要。

 そりゃ、ドラマにしろなんにしろ登場するのはすべて人間だからね。動物とか、ロボットが出てくるのもあるけど、あれだって外見だけで、人の感情と思考を持ってるじゃない。純粋に動物思考と動物感情でドラマなんか作れるものか。

 それとすべては無理でも、出来るものなら実体験がある方が望ましいと言うか。書きやすい。これはね、シナリオ上で展開する話は絵空事でも、どこかでと言うより、その根っ子が現実社会と結びついていないと見るものは共感できないってこと。

 トンデモ世界にトンデモ人間が活躍するファンタジーでも、元が現実社会と結びつくところがあるから共感するし、見るものが入り込めるってこと。これを忘れたら薄っぺらい御都合主義の話にしかならないってこと。

「そうやもんな。そりゃ、ある程度は御都合主義はやらんかったらドラマにならんけど」
「御都合がそこに出て来る必然性と言うか、納得させる筋立てが必要よね」

 さすがに良く知ってるよ。偉大なるワンパターンとまで評された水戸黄門の葵の印籠だって、ここで出て来るって見る方が期待する筋立てになってるもの。ウルトラマンのスペシウム光線だって、

「あれも見る方がお約束と納得しとるし、その前段階の怪獣プロレスだって楽しみに仕上げてるもんな」

 だからワンパターンでも偉大だってこと。あそこまで行けば様式美にまでなってると思う。あれをもったいぶらないで、最初から切り札を出せば済む話だと考えさせないようにしてるとも思うもの。

「その辺は微妙やねん。切り札は使うタイミングがあるねん。最初から切って圧倒するのもありやが、相手の手の内が読めへんやんか。そやから切り札を出したら勝てるの情報分析も必要やねん」
「だって切り札を出して通用しなかったら、そこでジ・エンドでしょ」

 無理やりの理屈で言えば、怪獣プロレスで相手を弱らせておいてから必殺のスペシウム光線を放つって段取りかな。ここでなんだけど、切り札のスペシウム光線が通用しない設定もありはありだ。

 だけど最後に勝つのはウルトラマンだから、さらなる切り札を出す展開にしなくちゃなるのよ。このさらなる切り札だけど、ひょいと出したのではそれこそ御都合主義の権化みたいな力業が必要になってしまう。

 ウルトラマンだったら科特隊のイデ隊員ぐらいが秘密兵器を作り上げたりもあったけど、それならそれで、そういう兵器が最後に登場する伏線を予め仕込んでおかないといけない。この辺はヒーローの切り札が通用しなくて、あらたな切り札を獲得させるのも王道ではあるけど、

「ウルトラマンやウルトラセブンの偉大なとこやな」
「あの時代だから出来たのかも」

 新たな必殺技の獲得はストーリー展開において諸刃の剣なんだよね。バトル系のマンガに多いけど、主人公が強敵を倒すために新たな必殺技を習得するとするじゃない・・・

「すぐにインフレしてもうて」
「地球がぶっ壊れる」

 ドラゴンボールワールドだ。亀仙人のカメハメ波でも月を壊しちゃってるもの。

「ガッチャマンもそういう意味では偉大だ」

 メカは出してるけど、メカの戦力アップは極力抑えてるよね。

「デビルマンもそうやった」

 新しい必殺技じゃなくて、その場の機転とかで相手を倒すのにしてたのよね。そういう路線は昭和四十年代のヒーローものの王道だった。個人的にインフレ必殺技の誘惑は常に制作側にあるのは認める。その場を切り抜け、盛り上がらせるには効果的な麻薬みたいなものだもの。でもね、アリス的には出すは出すで入念な伏線を予め仕込んで・・・

「職業病やな」
「そうじゃなくて、常にそこまで考えてるのがプロだよ」

 橋を渡ると生野の街だけど、廃墟にはなっていないのか。なんとなく建物も立派そうな気がするのは、かつての繁栄の名残りかもね。