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定義ってなんだろう (1) 定義の分類と注意
2022.08.06
男性や女性やトランスジェンダーの「定義」がネットでずっと話題になってます。これは日本語圏だけでなく英語圏でもですね。先進国はそうなんだと思う。
定義の問題は昔から気になっているのですが、自分で書いてみる機会がなかったので簡単にまとめておきたいです。本当はなにかの授業でやっててしかるべきなんですが、そういう抽象的な話をする機会がなかったのですわ。「哲学」や「論理学」っていう名前の授業をもつことが少なかったからかな?
議論というか、他の人と会話するときに同じ言葉を使っていないと混乱しますし(そもそも話がかみあうはずがない)、自分一人でなにかを考えたりする場合も言葉がはっきりしてないとうまく考えられないですよね。だから「哲学」や「論理学」とかの授業や書籍では「とにかく定義をちゃんとしましょう」みたいな話がかならず出てきます。哲学や倫理学の議論とかだと、議論や論証の半分ぐらいが定義の話になっちゃう場合も少なくないですね。
とりあえずまず定義の分類。定義は大きくわけて辞書的定義、約定的定義、明確化定義、理論的定義、説得的定義に分類することができます。それぞれ注意が必要です。
辞書的定義
辞書的定義というのは、人びとがその言葉をどう使っているかを国語辞典の乗ってるような形で説明することです。たとえば「男性」の定義はコトバンク(大辞泉)ではこんな感じですね。基本的には「おとこ」なんですが、成年の男子」が基本だそうです。
んで同じ辞書で「男子」をひくとこうなってしまいます。 (1) は子供で(2)はおとこ全般ですな。「男性とは成年の男子である」っていう定義での「男子」は「おとこ」の意味ですね。
人びとが使っている言葉は2種類以上の意味があって、「男子」では「おとこのこ」の場合と「おとこ」の場合がある。さっきの「男性」も、実はこうなっています。言語学での「男性名詞」とかの「男性」の意味もあるんですな。これは「成年男子」っていう意味とはちがう意味です。
まあそういう多義的な語があるので定義が必要になる場合もあるわけです。っていうかけっこう重要。
ところで、この「男性」の場合は男性ってなんだっていったら「おとこ」だとか「男子」だとかで、さらに「おとこ」ってなんだって辞書ひくと男子だとか男性だとか出てきてしまって循環してしまってます。「男子」か「男性」か「おとこ」かどれかの言葉を知らないとけっきょくそれがなんのかわからない。まあこれは「男性」だとか「おとこ」だとかっていうののどれかはわかってることを前提に辞書っていうのがつくられているからですね。
辞書では基本的な単語についてはこんなふうに循環してしまうことはよくある話です。ていうか辞書には「言葉」しか載せられないので、けっきょくは言葉で言葉を説明することになってしまうのはしょうがないです。どっかでとっかかりを見つけらればそれでよしとしないとならんわけですね。
これは辞書だけの問題ではなく、定義というものが基本的には言葉で言葉を説明するものなのでしょうがないです。ただし、「直示的定義」っていうタイプの定義の仕方があって、これは実物をもちだします。月を指差して「あれが月です」やるわけですね。 直示的定義は定義のなかでもかなり特殊なものです。「赤」や「猫」の定義を教えるために赤いものや猫をぜんぶさししめしていくわけのもいかんし。
辞書的定義にもどって、辞書的定義は人びとが実際に言葉をどういう意味で使っているかを説明するものです。だからそれは「正しい定義」とか「まちがった定義」とか評価することができます。
「男性」はふつうの意味では人間の大人の男を意味していて、場合によっては子供も含めて人間の男ならぜんぶ男性です、ぐらい。誰か(たとえば日本語初学者)が猫のオスを「男性」と呼んだら、ふつうは「ネコは男性とは呼ばずにオスって呼ぶんだよ、男性は人間だけに使います」のように修正されます。
私たちが日常使っている言葉の多くは昔(数年、数十年、数百年、あるいは1000年前)からあるもので、だいたい人びとがそれをどう使っているかはわかっています。もちろん変化している場合もあります。たしか広辞苑なんかは昔の使い方から新しい使い方に並べてるんじゃなかったですかね。
約定的定義
辞書的定義に関しては、自分たちが使っている意味を辞書から探してそれを示せばだいたいそれでOKなのですが、世の中には新語や造語というものがあります。こういう新しい言葉は、新しい考え方、アイディア、発想、概念(頭のなかにあるもの)を指し示すために新しくつくられたりするわけです。「スマホ」とかっていうのはここ数十年で新しくつくられたものなのでそれを示す言葉がなかったから「これをスマホと呼ぶようにしよう!」って思いついた人がいるわけですね。(正しくはスマートフォン)その前には電話発明されたときに「電話」という言葉ができたり、電波が発見されたときに「電波」っていう言葉が作られたりしました。誰かが新しい言葉を作っても、他の人がそれがなにを指すのかわからないので、言葉の意味をとりきめとして示す必要があります。「スマホ」というのをはじめて聞く人のために「スマホというのはこんなものです」とか説明する必要があるわけですね。
他にも、「キャンセルカルチャー」とか「マンスプレイニング」とか「トランスジェンダー」とかそういうのは新しい概念(考えられたもの)を表すために新しく作られた言葉なので、最初は「〜をキャンセルカルチャーって呼びます」とか「キャセルカルチャーとは〜という文化です/現象です/行為です」とか定義する必要があります。こういうのを「約定的定義」と呼んだりします。
早い話が「〜を〜と呼びます!」と宣言するわけですな。辞書的定義については「正しい」とか「まちがってる」とか言えるわけですが、約定的定義は新しい言葉の使い方を提案しているものなので、「正しい」とか「まちがっている」みたいなことは言えません。「そうですか」ぐらいの返事してあげましょう。約定的定義は基本的にその言葉を使いはじめた人が宣言するものなわけですが、その言葉が支持をえてみんなが使うようになり、安定すると辞書的定義もおこなえるようになります。
もっとも、さっき「男性」で見たように、辞書的定義っていっても一つの言葉が複数の意味をもっている場合があるわけです。そのため他の人と議論したりするときにその人びとが頭に思いうかべている意味が違う可能性は十分にあるので、会話や議論、特に論争なんかする場合は使っている言葉の意味を確かめる必要があったりします。
んで、どっちの思いうかべている定義が正しいのかうまく判断できない場合もあるので、とりあえず一方が「私はこの言葉をこういう意味で使いますからね!」とかっていうふうに約定的定義として宣言しなければならないときがあります。
約定的定義は「正しい」とか「まちがってる」とかっていうことはないので、自分が考えている言葉の意味は、とりあえずそういう形で宣言してしまうのがいいですね。つまり、もめそうなときは約定的定義してしまいましょう。ただ、「正しい」「まちがっている」とはいえないといっても、約定的な定義もなんでもいいかというとそうでもなくて、使いやすい定義とそうでないのもあるし、曖昧な定義とか循環している定義とかは避けるべきだって言われます。
とりあえずここまで、辞書的定義と約定的定義の話をしました。議論の際はとにかくもめそうなとき(誤解が生じそうなとき)は約定として、自分の使う意味を宣言してしまいましょう、という話です。
明確化定義
んで、明確化定義です。ふつうに会話しているときは定義はだいたいで十分通じるのですが、面倒な話をしているときは定義をもっと細かくしなければならないときがあります。
たとえば「売春」っていうのはだいたいみんな「お金をもらってセックスをすること」ぐらいに理解していて、それでふつうに会話が成立するのですが、法律で売春を規制しようとかっていうことになった場合は、きちんと境界線をくぎっておかないと予定より多くの人を逮捕してしまったり、あるいは逮捕するべき人びとを逃がしてしまったりしてしまいます。だから各種の法律を作るときには定義がとても重要で、法律の最初の方にはだいたい「定義」とかの項目がありますね。
そこでたとえば売春防止法では 「(定義) 第二条 この法律で「売春」とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。」 みたいな形でふつうの会話で使われるような定義よりもさらに明確な定義がなされています。さっきの私の適当な売春の定義では「お金をもらって」になっているところは「対償を受け、又は受ける約束で」になってて約束まで含んでる。「対償」はお金だけじゃなくて株券とかamazonギフト券とかも含めるわけですね。
さらにこの「売春」の定義では、「性交する」になってるので「性交」じゃないものは売春ではない。お金もらってのフェラチオやクリニングスとかそういうのは売春ではないってことになります。(まあ「性交ってなんだ」ってさらに定義を求める必要があるときもあります)さらにこの定義では「不特定の相手方」が入っているので、特定の人と性交するのは売春じゃないです。これも実は「不特定」ってなんだ、って話もあるんですけどね。とりあえずAV出演とかはお金もらってセックスするわけですが、「男優は〜さんです」「わかりました、一回私もAVで見たことがあります」とかやってるので「不特定」ではなく特定なので売春ではなくなるのでしょうな。
こういうふうに明確化定義は、あいまいな境界を少なくし、包括すべきものを包括し排除すべきものを排除するためになされます。現実世界では曖昧な事例を完全になくすのはけっこうむずかしいことが多くて、裁判所でもそうしたケースが争われることがあるわけですが、明確化定義というのはまあこうしたものだ、って理解しておくとよいと思います。
明確化定義が言葉や対象をどの程度明確にしなければならないか、という問題は、その定義をどう使うのか、ということに依存します。なんでもいいから細かくすりゃいい、ってもんでもありませんが、細かい区別が必要になるときはあるわけですね。
どの程度明確にするべきかは、その文脈による、議論している相手による、定義を使う目的による、のようなかたちになるはずです。
いまよく見かける「トランス女性は女性です」みたいなスローガンに対して「トランス女性ってなんだ?」「女性ってなんだ?」みたいなつっこみがはいることがあるようなのですが、これは、スローガンが「女性」という言葉を辞書的な定義(つまりふつうにみんなが使っている意味)を越えて拡大して利用しているので、どこまでが女性かはっきりしてもらいたいとか、「トランス女性」(トランスジェンダー)の辞書的定義も約定的定義も複数あるようなので、どれを使っているのかはっきりしてほしいとか、それを実用(たとえば女性スペースへのアクセスに関して議論するために)明確にしてほしい、という要求が背景にあるわけですね、おそらく。
先の売春防止法の売春の定義はあれは原則として約定的定義と理解してかまいません。「売春防止法の上では売春はああいうふうにあつかわれる」ってことですね。日常生活ではお金もらって適当な相手にフェラチオしてあげたらふつうに「売春」て呼ばれても不思議はないと思います。 つまり法律が売春をああいうふうに約定しているわけです。わたしたちは他人の約定的定義に無条件にしたがう必要はないので、普通の意味の言葉と特別な分野や領域、業界とで、定義が異なる、ということは十分にありえますし、ごく普通のことです。
理論的定義
「理論的定義」はむずかしいので例からいきます。
「熱」を辞書でひくとたとえばこうなります。 (1) あついこと、肌に感じるあつさ、気候などの暑さ、また高い気温 が基本の意味でしょうが、注目すべきは5の「高温の物体から低温の物体へ移動するエネルギーの流れ」とかですね。
「熱というのは分子の運動に関連するエネルギーである」とかっていう定義が示されることがあるわけですが、これは物体というものが分子からできてるとか、その分子というのは微妙に運動しているとか、エネルギーとか、数百年前まで人類が知らなかったことによって定義されています。
こういうのは、単に言葉の日常的な意味を説明しているというよりは、そうした日常的な意味が指している経験や感覚の原因となっているもの、背景にあるメカニズムを説明しています。 物理学はこういうのが満載で、「光」とか「力」とか「質量」とか「加速」とか「重力」とか、高校の物理学で苦労した人にはよくわからないものたちがお互いに関連して定義されたり定義に使われたりしています。
最近の論理学の教科書によくあがっているのが「惑星」の定義の話で、冥王星が惑星じゃなくなってしまった、みたいな話が人気でしたが、あれは冥王星が太陽のまわりをまわる天体であることをやめてどっか別のところへ行ってしまったということではなく、学者たちが「惑星」の定義を変更して冥王星を叩き出してしまったのですな。でも冥王星はなにも変わってません。たんに学者たちの「惑星」の考え方が変わった。
こういう、熱だのエネルギーだの力だの重力だの惑星だのっていう(主に)学術言葉の定義には、巨大な「理論」が背景にあって、定義は単なる言葉の説明というよりは、ある領域に関する学術的な理論によるモノや現象の理解の結果をコンパクトに表現したものなわけです。同様に、哲学や倫理学や政治学とかで使われる「正義」とか「自由」とか「搾取」とか「神」とかそういう言葉も、なんらかの理論全体を理解した上で理論的定義を与えられないとならんものかもしれません。「家父長制」とか「パフォーマティヴィティ」とかもおそらくそういうタイプのものですね。
約定的定義については「正しい/まちがってる」とか言えないのと同様に、理論的定義もそれ自体では「正しい/まちがっている」とは判断できません。それは理論にもとづいた事象や現象の「解釈」であり、宣言というか提案であるわけです。「我々の理論では「〜」をこう解釈しますよ」とやってるわけですとはいえ、パフォーマティヴィティやら「家父長制」やらも、その背景的な理論の上でちゃんと定義してもらわないと他の人にはなんだか意味がわかりませんし、背景理論を知らない人にはなおさら理解できるはずもないものなので、むずかしげな言葉を使ってる人がいたら説明を求めることはなんの問題もありません。わからんことを言ってる人がいたらとにかく言葉の意味をたしかめましょう。
親しみのない理論を背景にしている人は、他人を説得したいのならば、その背景理論も簡単にでも説明する責務があると思います。「熱」のメカニズムについて説明しようとしてるときに、もし分子のことを知らない人に対して説明しようと思ったら、分子の説明も簡単にせよしなきゃならんわけですわ。
んで戻って、トランスジェンダーとか「女性」とかをなんらかの専門的な理論的背景の上で特別な専門用語として使いたいというひとは、一般人と話をするときはその理論的背景も簡単にせよ説明しないとならんですよね。そしてさらに、それを我々の現実世界での実践的なルールと関係させたい場合は、なぜその理論的に定義された言葉を私たち一般人が使う必要があるかとか、それが実生活でのルールとどうかかわるかも説明しなければならない。
これは場合によってはけっこうたいへんな作業になるので面倒なひとはいるでしょうが、どっかではやらざるをえないわけです。それがSNSの上でやられる必要はないとしてもね。
説得的定義
注意しなければならないのが「説得的定義」というやつです。そこれは「みんなが納得しそうなうまい定義」という意味ではなく、「他のひとびとを説得するのための定義」です。実はこれも「理論的定義」と並んで注意しなければならないやつで、特に社会的な問題を扱ってる論争とかのときはかなり警戒しておかないとなりません。
基本的に説得的定義とは、定義を利用して人びとに一定の感情や態度を変化させようとか、一定の態度をひきおこさせようとする定義です。
説得的定義は、私の見るところでは二種類あるのですが、とりあえずCopi先生たち(非常に権威ある大学テキスト)やHurley先生たち (これも定評あるテキスト)に載ってる形から紹介します。
これは、被定義語(定義される方の言葉)をうまいこと定義することによって、その非定義語に対する態度や感情を変更しようとするものです。Copi先生たちの例だと、「社会主義とは、経済分野に拡張された民主主義である」みたいなタイプのものがそうです。民主主義はよいものだと思われているので、それの経済版が社会主義なのかー、では賛成しなければ!みたいにしようってわけですね。論争の逆の側の人びとは、たとえば、「資本主義とは経済における自由である」みたいなのを使う。これもわれれは「自由」って言葉によい印象をもっているもんだから、「なるほど資本主義とは自由に関するものなのだな」って賛成しやすくなるわけです。
Hurley先生たちがあげてるのだと、「妊娠中絶とは、罪のない子供の容赦ない殺人である」とか「中絶とは女性を望まない負担から解放する安全な外科的処置である」みたいに定義するわけですね。それぞれ「虐殺だ!反対せねば」とか「女性の望まぬ負担の軽減に賛成せねば!」になるわけです。このタイプのやつは、定義する方の言葉に対する理解や印象(「殺人」や「解放」)から、被定義語の印象やそれに対する態度が変更されちゃうことがあるわけですね。
私がもう一種類あると思っているのは、逆に被定義語にたいしてもとからもっている我々の印象や態度を利用するやつで、メタ倫理学上の情動主義を提唱したスティーブンソン先生なんかが出してるやつですね。こんな感じ。「教養がある」っていう言葉に対して我々は好感をもっているので、その「教養がある」っていう言葉を自分に都合がよい形に定義してしまう。そうされると「あ、そうだなー」ってなる。
この形のやつは、「本当の〜」みたいな前置きがつくことが多いのでわかりやすいです。 「本当の愛とは、相手にすべてを捧げることだ。だからぼくにお金ください」 「本当の自由とは義務を果たすことだ」「本当の平等とは」「本当の男とは」 「本当の信仰とは」。「本当の」ってつけることで、一般に使われている意味とはちょっとちがうのはわかるのですが、うまいことやられると「なるほどそれが本当の自由/愛/平等/男/フェミニズム/哲学〜」ってやられやすいんすよね。注意しましょう。
まあこういうのはまさに他人を説得するレトリックです。うまい人びとは、前に書いた辞書的定義や約定的定義や明確化定義や理論的定義なんかを縦横に駆使して説得にかかってきます。こういうタイプの説得的定義も、約定的定義や理論的定義と同じように「それは正しい/まちがってる」とは言いにくい。でも、あくまで提案や宣言であるので、それにしたがうべきなのかどうかをよく考えましょう。逆に、そういう用心していない人がいたら「本当の愛とは〜」ってやって搾取する手段もいっしょにおぼえておくスキル練習しといてもいいかもしれません(半分は冗談です)。
とくにまあ理論的な背景があるようなふりをして理論的定義をしているようなかっこうでやってることは単なる説得のための定義もどき、という場合はけっこうあるので、とにかくあやしげな人びとの言葉には注意しましょうね。面倒な言葉や、キーになる言葉を定義しないような人びとはだいたい詐欺師です。SNSにも学界にもたくさんいます。
ちなみに定義の問題については、倉田剛先生の『論証の教室〔入門編〕』とかがおすすめです。今私が書いたようなことは当然書いてます。(一連の書くときには見てないけど書いてるはず)
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