新人賞レビュー
『朝まだきの中で』zinbei 女がふたり、夜の街を歩き、語る
一ノ瀬謹和
深夜徘徊をとおして描く、人と街との二面性
「夜道」という言葉にどういう印象を抱いているか、と尋ねれば、大方の人が「危険」や「不安」などと言ったネガティブな答えを返してくるだろう。それは正しい。しかし、その答えがすべてだというわけでもないはずだ。
「ヤングガンガン」主催・第31回YGマンガ賞一般部門において、佳作・審査員特別賞を受賞したzinbei(じんべえ)氏の『朝まだきの中で』は、住宅街に住んでいる者なら誰もが一度は経験したことがある「深夜徘徊」をテーマにした珍しい作品である。
夜の街の表情を描く
慣れない飲み会で、したたかに呑んでしまった新入社員・米山絹代(よねやま・きぬよ)は、見知らぬ駅で目を覚ました。
終電も逃し、途方に暮れる絹代にかかってきた一本の電話。それは憧れの先輩・本郷(ほんごう)からのものだった。
「夜の散歩」を日課とする本郷に連れられ、徒歩で自宅を目指すことになった絹代は、普段とは違う夜の道を歩き続け、様々な発見をしていく。
人々が居ない静けさ、日中とはまるで違う風景、どこか心地よい無関心さ、幾ばくかの後ろめたさ、掻き立てられる小さな冒険心……。
本作は派手な見せ場こそ存在しないものの、そのゆったりとした雰囲気が、むしろ深夜徘徊というテーマをよく表現している。フリーハンドで描かれる柔らかみのある背景もその一助となっており、夜の街がまるで眠り落ちた生き物のように魅力的に描かれているのだ。
深夜徘徊は、ちょっとした冒険だ
本作の導き手として登場する本郷先輩は、昼は絹代に厳しく接するバリバリのキャリアウーマンでありながら、夜は気の抜けたジャージ姿の徘徊者に変身する。
二面性を持っているのは、なにも街だけではない。それは人間も同じということだ。
一見すると見慣れたように思えるものも、少し角度を変えれば何もかもが異なる面を見せるもの。
数駅分の距離で終わってしまう最短記録の道中記(ロードムービー)漫画。爽やかな読後感が嬉しい期待の一本だ。
©zinbei/SQUARE ENIX