伊勢湾台風とは?犠牲者5000人超「暴走木材」が街を襲った
1959年9月26日午後6時過ぎに上陸した伊勢湾台風。被害は全国各地に及び、特に伊勢湾では記録的な高潮が発生して「暴走木材」が市街地を襲いました。
“最強クラス”、“明治以降、最悪の台風災害”ともされる伊勢湾台風。
当時、何が起こったのか。そして今後、伊勢湾台風に匹敵する危険な台風が再び日本を襲うリスクについてもまとめました。
伊勢湾台風関連ニュースなどで放送された内容をまとめた記事です
目次
明治以降最悪の被害
伊勢湾台風は、その名を冠する伊勢湾周辺を中心に、北海道から四国にかけて被害をもたらしました。
消防庁のまとめによると、死者・行方不明者は全国で5098人にのぼり、詳しい記録が残っている明治以降では最悪の台風災害となりました。
中でも愛知県と三重県の被害が深刻で、内閣府の報告書によると全体の死者・行方不明者の約8割がこの2県に集中したということです。
“最強クラス”で上陸
1959年9月26日午後6時ごろ、伊勢湾台風は929ヘクトパスカルという歴史に残る記録的な勢力で和歌山県潮岬に上陸しました。
台風は中心気圧が低くなるほど危険度が増しますが、929ヘクトパスカルは1951年の統計開始以降では2番目の低さで、925ヘクトパスカルで上陸した第二室戸台風などと並んで「最強クラス」の台風の一つとされています。
巨大な暴風域と猛烈な風
伊勢湾台風の勢力を示す特徴のひとつが暴風域の巨大さです。
気象庁の資料によると、上陸9時間前の時点でも暴風域の直径は700キロ。記録が残っている他の台風と比べてもトップクラスの大きさで、上陸時もほぼその状態を保っていたと考えられています。
伊勢湾台風と比較的近い経路を通り、関西空港での浸水被害やタンカーの連絡橋衝突事故などを引き起こした2018年の台風21号と比べると、伊勢湾台風の暴風域の直径は2倍以上とされています。
特に台風の中心に近い場所では記録的な暴風となり、愛知県渥美半島の伊良湖や兵庫県洲本市では最大風速が40メートルを超えました。これは走行中のトラックが横転したり、鉄骨の構造物が変形したりするほどの強さです。このほかにも名古屋市で37.0メートルなど、各地で猛烈な風が吹きました。
愛知県の小牧飛行場(現在の県営名古屋空港)では、建物が倒壊したり、屋根が破損したりするなどの被害があり、飛来物によって死者も出たということです。また、台風の中心からやや離れた場所でも暴風となり、岡山県奈義町では、庁舎のガラスが破損したり、電柱が傾いたりする被害が出たと記録されています。
被害を甚大にした高潮と「暴走木材」
愛知県や三重県が面する伊勢湾では、猛烈な風で大量の海水が沿岸に吹き寄せられるなどして記録的な高潮が発生しました。
気象庁の報告書によると、伊勢湾台風による死者・行方不明者の7割が高潮によるものだということです。
伊勢湾の最も奥に位置する名古屋港では、台風上陸後の9月26日午後9時半ごろに3.89メートルの高潮が観測され、大量の海水が堤防を破壊したり、乗り越えたりして市街地に押し寄せました。
さらに名古屋港の「貯木場(ちょぼくじょう)」から、長さ5メートル、重さ数トンにもなる木材が市街地に向かって大量に流れ出し、住宅を破壊。被害をより甚大にしたことから、報告書や当時の新聞では「暴走木材」「集団殺人犯」などと呼ばれました。
高潮による浸水は、愛知県や三重県の沿岸各地で発生し、濃尾平野では海岸から10キロ以上も離れた場所にまでおよびました。
当時の浸水範囲を現在の地図に重ねると、名古屋市やその周辺の地域が大規模に浸水していたことが分かります。
この高潮によって、堤防が無ければ満潮時には水没してしまう「海抜ゼロメートル地帯」の全域で水が引かない状態になりました。
壊れた堤防を塞ぎ、さらに排水作業を終えて浸水地域から水が完全になくすことができたのは12月下旬、被災から3か月後のことでした。
相次いだ土砂災害・川の氾濫
台風の通過に伴って雨も強まり、全国的に土砂災害や河川の氾濫も相次ぎました。
奈良県では、東部に位置する川上村で発生した土石流で50人を超える死者・行方不明者が出たほか、河川の被害によって道路が寸断され、長期間にわたって孤立状態となった場所もありました。
また福井県では、九頭竜川が氾濫して死者・行方不明者34人の被害が出たほか、滋賀県では日野川の氾濫によって平屋が水没してしまった場所もあったとされています。
このほかにも北海道から四国の各地で土砂災害や河川の氾濫などの被害が相次ぎました。
伊勢湾台風は高潮による被害が特に有名ですが、気象庁の資料によると、高潮以外による死者・行方不明者も全国で1000人以上にのぼったということです。
「伊勢湾台風クラス」再来のリスクは
伊勢湾台風以降も、日本では繰り返し台風による大きな災害が発生してきました。今後、台風のリスクはどうなっていくのでしょうか?
台風のメカニズムに詳しい名古屋大学の坪木和久教授は、地球温暖化によって台風災害の危険性が年々増大していると指摘しています。
地球温暖化によって海水温が高くなると、海洋から台風に与えられる水蒸気が増え、強い台風が増加する。実際、日本の太平洋側に接近する台風の強さは、近年、増大しているという研究結果もある。日本における暴風、豪雨、高潮などの台風災害の危険性は年々増大している。
また、最大風速60メートル以上と伊勢湾台風の上陸時を上回る“スーパー台風”のリスクも高まっていると言います。
坪木教授らのグループは、“スーパー台風”が勢力を維持できる北限をシミュレーションしました。その結果、現在の気候では“スーパー台風”としての勢力を維持できるのは奄美大島や小笠原諸島付近までですが、地球温暖化によって、限界は北上していくとしています。
そして数十年後には“スーパー台風”の状態を維持したまま日本列島に上陸するおそれがあるということです。
もし伊勢湾台風が今世紀後半の環境下で発生したとすると、1959年の伊勢湾台風よりも強いものになるということがわかっている。“スーパー台風”はこれまで日本に上陸したことがないが、今世紀後半の地球温暖化が進んだ状態では、“スーパー台風”が日本に上陸することが起こり得る。
再び甚大な被害のおそれも
また坪木教授は、地球温暖化によって台風が強力化すると、想定を超える高潮が発生し、伊勢湾台風以降に強化された堤防でも防ぎきれない可能性があると言います。
さらに、老朽化した堤防の補修が十分に進んでいないため、持ちこたえられずに崩れるおそれもあり、再び甚大な被害が出る可能性も否定できないということです。
そこで坪木教授は、住民や自治体などが日頃から備えることが必要だと指摘しています。
住民は、自治体が公表しているハザードマップで、日頃から浸水深や土砂災害の危険性を理解しておき、災害時の避難所の位置とそこへの行き方を確認しておくことが大切です。また、自治体や企業はタイムライン(事前防災行動計画)を設定しておくことよいでしょう。台風災害から命を守る上で最も重要なことは、適切に避難することで、そのためには平時からの備えが不可欠です。災害が始まってからこれらの対応をするのでは手遅れとなります。
「伊勢湾台風に匹敵」と聞いたら最大限の警戒を
台風が日本に迫っているとき、気象庁が「伊勢湾台風に匹敵する勢力」と警戒を呼びかけることがありますが、それは「最強クラス」の台風が迫っていることを意味します。
「このような表現が使われていないから安心」ということでは決してありませんが、「伊勢湾台風」という言葉が出てきた時には経験したことがないような暴風や高潮などに最大限の警戒が必要です。
報道局 ネットワーク報道部 林慶太
被害を伝える当時のニュースやドキュメンタリー映像、関連記事をまとめました。
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