2023年3月10日
プーチン大統領 ウクライナ ロシア 注目の人物

“プーチンの戦争”早期停戦はありえない!?この先どうなる?

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって1年が過ぎました。

東部を中心に激しい戦闘が続き、停戦のきっかけすら失っているともいえる状況です。

侵攻開始から1年にあわせて、ロシア、アメリカ、そして日本の専門家に、いま知りたい3つの問いをぶつけました。

これからこの戦争、どうなる?

(ワシントン支局長  高木優 / モスクワ支局記者  禰津博人 / 国際部記者  山下涼太)

聞いたのはロシア・アメリカ・日本の3人の専門家

フョードル・ルキヤノフ氏
ロシアを代表する外交評論家。クレムリンに近いシンクタンクのトップで、プーチン大統領が議長を務める安全保障会議にも分析、助言を伝えている。

マーク・エスパー氏
アメリカのトランプ前政権で国防長官を務める。湾岸戦争に従軍、陸軍長官も歴任。

小泉 悠氏
東京大学先端科学技術研究センターの専任講師。ロシア軍事専門家で、侵攻に関して独自に分析を続ける国内きってのロシア軍ウォッチャー。

Q1:軍事侵攻がことし中に終わる可能性は?

いまの最大の関心の一つは早期の停戦の可能性はあるのか、です。

あるとしたら、両国がいつ、どのタイミングで停戦交渉に入るのか。しかし、政治的にも軍事的にも不確実な面が多いなか、日米ロの3人の専門家は、いずれも早期の停戦の実現に否定的な見解を示しました。

まず、侵攻したロシア側からどうみているのか。
ロシアを代表する外交評論家のルキヤノフ氏は「交渉はありえない」と断言します。

ルキヤノフ氏
現状では交渉はありませんし、ありえません。当事者の立場が妥協を許さないからです。ウクライナの立場は非常に理解できます。ウクライナの領土は解放され、憲法上および国際的に認められた国境に戻されなければならないというものです。ロシアの立場、私たちは占領した領土を絶対に離れません。それが全てです。

いま終結のための、特定の基準はありません。なぜなら、私たちは、双方とも軍事的に目的を達成できると考える、長引く紛争の古典的な段階に入ったからです。つまり双方のいずれか、または一連の行動で戦争の流れを変えることは不可能です。その時、停戦の話題が出始めるでしょうが、今のところそれには程遠いです。

誰もが定期的に思い出す理論的なシナリオがここにある可能性があります。いわゆる『朝鮮戦争モデル』の波が、また始まりました。つまり、双方の長期にわたる軍事的努力が、何の重要な結果ももたらさない状況です。疲労の状況と一時停止の必要性がいつかは来るでしょう。しかし、朝鮮戦争では、(南北の)朝鮮の背後にあった勢力の間ではまだ妥協がありましたが、今回の戦争では停戦があったとしても、それは新しい段階に備えるための時間に過ぎないように思えます。どちらの側も結果に満足しないからです。特にウクライナには1つの国家的考えがあります。復しゅうです。

一方、「何が起きるかわからない」と不確実性を強調したのがアメリカの前国防長官のエスパー氏です。ウクライナに対して最大の軍事支援を行うアメリカ。エスパー氏は、いま重要なのは欧米からの支援の継続と結束を示し続けることだと指摘します。

エスパー氏
戦争は何が起きるかわかりません。意志と意志のぶつかり合いなのです。プーチン氏は西側の政治的、物質的支援がどこかの時点で弱まると踏んで賭けに出ているのです。

私たち西側諸国の確かな手応えは、ウクライナが私たちの武器、弾薬で戦い続けるであろうということです。西側による武器の提供が速やかであればあるほど、ウクライナがことし、ロシアを領土から追い出す可能性が高まります。少なくともウクライナ東部のドンバス地域からは確実に追い出すことができ、南部のクリミア半島も、ロシアは必死に守るでしょうが、可能かもしれません。

ことしの終わりまで、まだ10か月あまりあります。いま重要なのは、西側諸国がウクライナへの支援を弱めないことであり、その決意をクレムリンに示すことです。そして武器、弾薬などの運搬を加速させれば、ウクライナはやるべきこと、やりたいことができるようになります。

軍事的な視点から「戦争は終わらない」と指摘するのが小泉氏です。独自にロシア軍の分析を続けるなか、ことし中の停戦は困難だという見方を強めています。要因としてあげるのが、今回の戦争を起こしたロシアの動機です。小泉氏は、ロシアに民族主義的な野望があるかぎり、この戦争は続くと指摘します。

小泉氏
今回の戦争の動機について、ロシア側はいろいろなことを言っていますが、私は突き詰めていくと、要するにウクライナを支配下に置きたいという非常に民族主義的な野望であると思っています。もしも、この見立てが正しいのであるとすれば、ウクライナは多少、軍事的に不利になろうが、そう簡単にロシアに国家主権を明け渡すと思えないので、ロシアからすれば戦争目的は達成できないということになる。

一方で、ウクライナ側がどこかで妥協してロシアと停戦の話し合いをする気になるのか。ロシアが今後もその政治的な意図を放棄する気がないのだとすれば、下手に停戦を結ぶと、ロシア軍が休み時間をもらうだけなんですよね。戦力を再編してまた攻めてきてしまう可能性がある。だからいまは停戦したくないというのが、ウクライナ側の正直なところなのでしょう。

いまの状態だとロシア側もウクライナ側も両方、停戦することのメリットを見いだしていないので、戦争は続いてしまうんじゃないかと。しかも、ロシアもウクライナも戦争を継続するだけの物理的能力があるのでできてしまう。意思も能力も両方あるっていうことになるんです。純軍事的にみると、戦争は続くと考えたほうがよいでしょう。

Q2:ロシアが核兵器を使う可能性は?

ロシアが核兵器を使うリスクはあるのか。そして万が一、踏み切るのはどんなシナリオなのか。ロシアの外交専門家のルキヤノフ氏はその可能性を排除しない一方で、日米の専門家2人は否定的な見解を示しています。

ロシアのルキヤノフ氏は、ウクライナに支援を行うアメリカをけん制するため、核兵器を使用する選択肢自体は捨てきれないと分析します。

ルキヤノフ氏
プーチン大統領が核兵器を使用する準備ができているのかわかりません。私はできていないと思います。彼も人間です。それでもプーチン大統領が核兵器を使用するかどうかは、私にはわからないですし、誰にもわからないと思います。

「核兵器には核兵器によって攻撃を抑え込む」という核抑止の要点は、核兵器を使用することは不可能であるということですが、誰もがそれが起こりうることを確信していなければなりません。核抑止力は、2つの核超大国が、お互いに多かれ少なかれ対等な立場にあるとき、直接対立する中で機能したからです。

今は、一方は実際に戦っていて、もう一方は支援している、つまり代理で戦っています。こうした状況でプーチン大統領は核兵器という選択肢を排除できると思いますか。できないのではないでしょうか。

エスパー氏は、現在の状況でプーチン大統領が核兵器を使用するとは思わないと断言します。

エスパー氏
私は、そうなるかもしれないという仮定の話をするのが嫌いです。
私はプーチン氏が核兵器を使用するとは思いません。彼は核兵器の使用をほのめかし続けるでしょうが、核兵器を使うとは考えていません。

プーチン氏が核兵器について語るとき、注意を払うことこそ必要ですが、私たちは過剰な懸念を抱いたり自制したりするべきではないのです。

彼は「国家としてのロシアが脅威にさらされれば、核兵器を使う可能性がある」と述べましたが、誰もロシアの人々や政府に脅威を与えていません。私たちがやりたいのは、違法に侵略したロシアを領土から追い出せるようウクライナに手段を与えるということだけです。

また、小泉氏もひとたび核兵器を使った場合に考えられる複数のシナリオからみても、核兵器を使用する可能性は高くないと指摘します。

小泉氏
核使用の可能性は全体を見てそんなに高いとは言えないと思います。

やはり、ひとたび核を使ってしまうと、たとえそれが限定的なものであろうと、犠牲者が非常に少なかろうと、どこまでエスカレートしていくのか、誰にも読めないからです。ロシアが限定的に核を使用した後にアメリカの国民がそのことをどう受けとめるか、ワシントンがどう考えるか。これはモスクワの参謀本部の中でどれだけ一生懸命考えてもわからない。つまり一種の賭けにならざるをえない。

また、より大きな強制力を発揮しようとすると、都市部を狙い大きな犠牲が出ることを見越して核を使用することが考えられるわけです。けれども、ほぼ確実にNATO側からの軍事的な介入を招く可能性が非常に高いわけです。これこそまさにロシアが回避しようとしていたことです。

最後に考えられるのは戦場で戦闘の兵器として核を使うことです。冷戦時代に考えていたようなやり方です。今の状況で、ロシアがウクライナに勝つために第3次世界大戦の引き金を引くリスクを取るのかどうか。これも普通に考えるとなかなか難しいのではないかと思います。

2022年9月にハルキウでロシア軍が大負けした。おそらくハルキウでの敗北は第二次世界大戦終結後、最大規模のロシアの敗北といってもいいと思うんですよ。しかしこのときも核を使えていないですから、やはりロシアにも一定の常識は働いているのではないかと思います。

Q3:日本に何が求められている?

ロシアへの制裁に加わり、ウクライナに支援を続ける欧米と協調する日本。一方で、ロシアとはサハリンでのエネルギー開発のほか、北方領土を巡る問題を抱えています。

この侵攻で、日本に期待される役割はあるのか、聞きました。

ロシアのルキヤノフ氏は、明確に「両国間の関係は終わった」と指摘します。

ルキヤノフ氏
日ロ関係は1年前にある意味終わりました。日本は2014年の状況とは対照的に、今は完全に明確な立場を取っています。アメリカとの反ロシア連合に完全に参加し、可能な限りの制裁を導入し、ほかの国よりも多く導入したものもあります。

サハリンのプロジェクトは、もちろん、非常に有益です。この意味で、日本人は欧州よりも計算して行動していて、自分自身に損害を与えません。ロシアも様々な厳しい声明を出していますが、基本的にこれを維持することに関心があります。

しかし、他のすべての政治分野では、現在関係が全くなく、近い将来に関係が現れる可能性は低いです。私たちは日本と非常に親しかったことはありません。
個人的にプーチン氏は特に日本を非常によく思っています。これは何度も実証されています。柔道なのか酒なのかわかりません。

しかし、全体的に私たちは非常に長い何十年もの間、領土問題について、プロセスのためだけの儀式的なダンスを踊ってきました。しかし、現在まで全く動いていません。とにかく、すべてが長い間、行き詰まっています。つまり、このダンスをやめたことで、ある意味、ふりをする必要がないため楽になりました。永遠なのか、永遠ではないにせよ、私には分かりません。

将来のアジアでの有事を見据えて答えたのが、エスパー氏です。日本がいまウクライナに対して支援を表明し続けることが、民主主義を守る上で大切だと指摘します。

エスパー氏
日本が、軍事支援であっても財政支援であっても、また、人道支援であっても、ウクライナへの支援を表明することは、世界に正しい政治的なシグナルを送り、ウクライナが戦い続ける上で必要な手段を提供することにつながります。

私は日本、そして岸田政権が、同盟国や友好国を支援する上での憲法上の制約を見つめ直し、対GDP比で防衛予算を大幅に増やす判断をしたことを賞賛したいと思います。このことは、日本が、そして願わくは日本の国民が、私たちは今、「専制主義」対「民主主義」という21世紀の壮大な戦いのなかにあることを認識していることの証しだと思います。

地球のもう片方の側を見てください。アジア地域で、もしかしたら中国による台湾侵攻が起き、ヨーロッパの支援を求める事態が生じるかもしれないのです。そのときヨーロッパ諸国は立ち上がらなければなりません。なぜなら、私たちは民主主義のもと、皆つながっているからです。今はまさに私たちが共有する歴史のために立ち上がり、民主主義を支えるための大事な瞬間なのです。

一方で、小泉氏は、日本が平和国家を自認するのであれば、ウクライナに対して非軍事分野での協力をより積極的に考えるよう求めています。

小泉氏
これまで民主的に選ばれてきた政府は紛争当事国に対して武器を送らないと言っているわけですから、その方針を突然土壇場で変えることはよくない。この点に関しては、ウクライナに対して「申し訳ないけど、日本はいま、軍事支援はできません」というほかないと思います。

他方で戦争の影響で、ウクライナの主要産業である農業が全然できなくなってしまっています。地雷原が広がり、農地を汚染されているという問題については、日本ができることはいっぱいあると思います。お金を出すということも考えられますし、すでに始めていますが、カンボジアで行ったように地雷除去要員の訓練を、もっと拡大するといったことなどです。

軍事支援に関しては、とりあえずアメリカ・欧州に任せるとしても、「非軍事の支援は日本に任せろ」と言ってもいいのではないかと思います。むしろ日本が平和国家であると自認するのであれば、そこのところを日本が手厚くやってやるんだということです。非軍事面で持てるアイデアを全部出して積極的に考えてみる、それが求められると思います。      

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