「プーチン氏は偉大な戦略家から最悪の戦略家になってしまった」
国際的なリスク分析で知られるアメリカの国際政治学者イアン・ブレマー氏は、ウクライナへの侵攻を続けるロシアのプーチン大統領について、こう語りました。
ロシアによる軍事侵攻で世界は大きく変わり、二度と元には戻れないと指摘するブレマー氏。
いったいなぜ元には戻れないのか。今後、世界はどうなってしまうのか。ブレマー氏の分析です。
(聞き手 アメリカ総局 佐藤真莉子)
※以下、ブレマー氏の話
軍事侵攻が始まったとき、どう考えたか?
残念ですが、ロシアはウクライナに侵攻すると思っていました。
プーチン大統領とロシア政府が「ウクライナのナチス政権がウクライナ南東部でロシア市民に対する大量虐殺行為を行っている」と国民に訴えた時点で。しかし、国土を丸ごと奪おうとしたことにはかなり驚きました。ロシアの侵攻はウクライナ南東部だけに限られる可能性の方がずっと高いと思っていました。
彼らにはキーウにまで行き、ウクライナ全土を獲得するほどの兵力はありませんでしたし、全土獲得のためにはウクライナ人が全く戦わないことが前提にならなければなりません。2014年からウクライナ南東部で戦ってきたウクライナ人が戦わないなどと想定できるでしょうか。
プーチン大統領の判断ミスはそもそもはっきりしていたものの、それがこれほど大きなミスになったことに驚きました。
ロシアによる侵攻で世界は変わったか?
西側諸国、ヨーロッパにとって、大きな転換点となる出来事となりました。
冷戦終結後の30年間、我々には平和の恩恵があり、ヨーロッパ各国は自分たちの安全保障と防衛にお金を使う必要がなくなりました。経済や社会保障にこれまでよりもはるかに集中することができたのです。それがほぼ一夜にして終わってしまいました。
戦争が始まってからの数週間、私はNATO本部のことを考えていました。NATO本部にはベルリンの壁の一部と2001年のアメリカ同時多発テロ事件で破壊された世界貿易センタービルの鉄骨が展示されています。
それらは地政学的な意味で最も象徴的な2つの破片です。1つは冷戦終結を象徴するもの、もう1つはアメリカにとって史上最長で最終的に敗北したアフガニスタン戦争を象徴するものです。
そして私は、ウクライナのどこか、キーウのどこかのがれきが、いずれNATO本部のベルリンの壁やツインタワーに加わるだろうと思いました。つまり、今回のロシアの侵攻は、西側と地政学的秩序にとって、あの2つの出来事と同じくらい重要な転換点なのです。
世界の安全保障、経済、政治にどんな変化をもたらしたか?
まず、ロシアを“ならず者国家”にしました。G20のメンバーが他のすべての先進国から強制的に引き離されたのは史上初めてです。
先進国はロシア中央銀行の資産を凍結し、オリガルヒの資産を差し押さえ、貿易を断絶しました。SWIFTの金融取引を停止し、莫大なコスト増になるにもかかわらず、ロシアのエネルギーから遠ざかりつつあります。
ロシア経済は当分激しく落ち込むことになり、それを元に戻すことはほとんど不可能です。
そしてもちろん、食料と肥料の価格が大幅に上昇したため、途上国がより深刻な飢餓に直面するという影響も出ています。食料と肥料では世界最大の生産・輸出国である2つの国が戦争になることでサプライチェーンに大きな混乱が発生しています。
最後に、当然ですが、西側諸国はより緊密に連携するようになりました。NATOは拡大し、防衛費も大幅に増えました。前線への配備もはるかに多くなっています。ウクライナ政府は、欧米各国から、非常に多くの防衛装備品や訓練、情報を得ています。
特に欧米関係は強化され、日本や韓国、オーストラリアとの同盟関係までもが強くなっています。もしロシアがウクライナに侵攻していなかったら、岸田首相は「日本の防衛費をGDP比2%にする」と発表していたでしょうか。
プーチン大統領がミスを犯した?
孫子の言葉に「敵が間違いを犯しているときには決して邪魔をするな」というのがあったと思いますが、ロシアの敵はご存じのように数多くの間違いを犯していました。
アフガニスタンで失敗し、NATOは弱体化し、ヨーロッパ各国は防衛費を使おうとしませんでした。アメリカにはトランプ前大統領がいて、アメリカ第一主義の立場でした。「なぜNATOが必要なのか」というところにまでいったのです。フランスのマクロン大統領は「NATOは脳死状態で我々は戦略的自治を求める」と言っていました。NATOはあらゆる面で弱体化し、アメリカは独自の道を歩んでいました。
まさにそんな中、プーチン大統領はヨーロッパを攻撃するというとんでもない行動に出て、そのたった1つの行為がNATOを団結させることになりました。彼は地上戦を始め、ポーランドに、そしてNATOに直接流入する何百万人もの難民を生み出したのです。
プーチン大統領の行動がNATOを団結させ、NATOを強化したのです。彼はチェスの名手でありロシアの偉大な戦略家だったはずですが、最も重大な戦略的ミスを犯しました。世界の舞台においてこれまでで最悪の戦略家の1人になってしまったのです。
ポーランドに落ちたミサイルについての見解の相違は?
ゼレンスキー大統領は直後に「ロシアのものだ」と言いましたが、その後、撤回しました。
ゼレンスキー大統領は戦争のさなかにあり、生き残るために戦っているのです。彼自身、毎日ロシアに脅かされています。そして彼は非常に愛国的で自分の主張を通すため偽情報を使用することもありますが、そんなことで我々は驚かないし我々は彼を支援します。
しかし、事実を重視しようとするなら、彼の言うことをすべて額面通りに受け入れるわけにはいきません。レーガン元大統領はかつて「信頼せよ。されど確認せよ」と言いましたが、ゼレンスキー大統領に対して我々はそういう立場であるべきです。
ウクライナのミサイルがポーランドに落下しポーランド市民2人が死亡したのは「ロシアがNATO加盟国であるポーランドとの国境にいるウクライナの民間人を標的にしていたからだ」というのが事実です。
ロシアがウクライナとポーランドの国境を標的にしていなければ、ウクライナ人があそこで自国領土の防衛のためにミサイルを使用することなどなかったはずです。つまり、ポーランド人の死はウクライナの責任だとは言えないのです。責任はロシア政府にあるし、そのより重要な点では根本的な意見の相違はありません。
核兵器使用の可能性をどう見るか?
核抑止力は依然として大きく機能しています。
ロシアが毎日、民間の建物を標的にして戦争犯罪を繰り返し、文字どおりウクライナの住民を凍えさせ服従させようとしているにもかかわらず、NATOが現地でウクライナを守らない理由の1つはロシアが6000発の核弾頭を持っているからです。
ロシアの核戦力には、ウクライナ側にロシアを攻撃させるような、アメリカなどからの軍事支援を制限するという点で大きな意味があるのです。
プーチン大統領が核の脅威を使って西側諸国を脅そうとしてきたのはもちろん事実です。しかし、西側諸国はロシアに対して、どんなに小規模なものであっても核兵器を1発でも使用すれば、戦争に直接参加すると応じてきました。こうなると、ロシアが核兵器を使用する可能性もずっと低くなると思います。
ただ、ロシアが自暴自棄になり、プーチン大統領が自身の支配や安全が脅かされる、祖国が脅かされ経済も体制も崩壊するかもしれないと考えた場合、絶望的な思いで核兵器を使用する可能性は確実に高まるでしょう。1962年のキューバ危機で我々はすでに経験済みですが、今は残念ながら、あの事態が現実となりうる状況に戻ってしまったのです。
今後、世界はどうなるのか?
キューバ危機の後、アメリカとソビエトはそれ以前の冷戦状態に戻り、キューバ危機以前と全く同様の関係となりましたが、今回はそんなことはありえません。
プーチン大統領をG7各国と正常な関係に戻せるような道筋が私には見えません。ヨーロッパにガスを供給し、ノルドストリーム1と2を復旧させ、ドイツにガスを供給するような関係に戻ることは不可能だと思います。
プーチン大統領が権力の座から降ろされ、指導者がかわったとしても、それがプーチン大統領を支持してきた人物であれば、以前のような関係を再構築することなどできません。2月23日に戻ることはできないのです。
ヨーロッパの友人たちがロシアの資産を凍結し、それを押収してウクライナの再建に使おうという話をしているのは、ロシアがウクライナに与えた被害がヨーロッパの人々がその再建のために支払いうる金額よりはるかに大規模だからです。仮にロシアの資産を奪い取りウクライナのために使用すれば、ロシアとの関係が再び正常化すると思いますか。そんなことはありません。
問題はウクライナでの戦争を終わらせることだけではありません。問題はロシアを再び普通の国に戻すことができないということなのです。ロシアは“ならず者国家”になってしまいました。ロシアは侵略によって自らそうなりましたが、西側諸国は信じられないほど協調的に対応しました。
この戦争の大きな皮肉の1つは、もしロシアが数週間でゼレンスキー大統領を辞めさせるか、殺害するかしてウクライナを占領していた場合、9回に及ぶ制裁も、今回のようなNATOの連携も見られなかっただろう、ということです。
ショックはあったでしょうが、その後は2014年の時と同様、新しい現実にどう対応するか、誰もがその答えを見いだしていたことでしょう。あの時よりも深刻ですが、ロシアにとってこれほど悪い顛末とはならなかったでしょう。
しかし、ロシア側の出方がこれほどまずい一方、ウクライナ人が西側を驚かせ、勇敢に戦い、自らを守り、ロシアを押し返してキーウを守り、ハルキウからロシアを押し出し、南部ヘルソンや東部ルハンシクで領土を奪還できた。
こうしたあらゆる事実が、制裁強化、ウクライナへの支援強化、NATOやEUの拡大につながったのです。
こうしたことすべてが、ロシアが構造的な屈辱を回避することを不可能にしています。そしてそのことで、この対立はより悪化しています。
日本の役割は今後どうあるべきか?
日本の役割は、基本的に防衛に関する支出を増やすことではないと思います。
日本の役割は法の支配と多国間主義、既存の国際機関を支持し、それらが損なわれないよう、その改革を支援し密接に連携することです。
2023年は日本がG7の議長国を務め、国連安全保障理事会の非常任理事国になります。そこで極めて重要なのは、日本が国連憲章や世界における法の支配に対するコミットメントを活かし、これらの機関をできる限り強固にすることです。
今日の世界で単独主義が目立ち、こうした国際機関がロシアやイラン、場合によっては中国からも根本的な挑戦を受けているということがあってもです。それが日本の役割であり、非常に重要な役割なのです。