2024年3月15日
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ロシア経済 なぜへたらないのか?制裁が効かない真の理由

ロシアから撤退したコーヒーチェーン「スタバ」そっくりの店がモスクワでは賑わいを見せています。
「近い将来、世界4大経済大国の1つになると期待できるし、断言することすらできる」
大統領選挙で当選が確実視されるプーチン大統領は演説でこう語り、自国経済の強さに自信を深めています。
ロシアの2023年の実質のGDP=国内総生産は前年比で3.6%増加しました。欧米各国の経済制裁にもかかわらず、なぜロシア経済は壊れないどころか、高い経済成長を実現しているのか。世界各地で取材を重ね、謎に迫ります。

(ロシア経済取材班)

スタバそっくりのコーヒー店が活況

モスクワのスターズコーヒー

 モスクワ中心部にあるコーヒー店。撤退したアメリカの大手コーヒーチェーン、スターバックスをプーチン大統領を支持する歌手らが、およそ5億ルーブル、当時の為替レートでおよそ12億円で買収しました。名前はスターズコーヒー、ロゴもスタバにそっくりです。モスクワを中心におよそ100店舗を展開、多くの利用者で賑わっています。利用者からはスタバと大きく変わらないという声が聞かれます。

利用者

「以前とは少し違いますが、大きくは変わっていません」

一方、店員は、ロシア流コーヒーチェーンに生まれ変わったと話します。コーヒー豆は南米から、牛乳などの乳製品はロシア企業から新たに調達しているといいます。

スターズコーヒー店員

店員

「以前とは全く違うコーヒー豆を使い、食べ物のメニューも違います。よりロシア人に合ったものを提供しています」

自動車市場は中国車が席巻

ウラジオストクの中国車のディーラー

ロシア極東のウラジオストクの自動車販売店を訪れると多くのロシア人客が訪れていました。人気だったのは中国車。日本や欧米のメーカーが撤退するなか、その空白を抜け目なく埋めたのが隣国中国からの輸入車だったのです。

ディーラーを訪れた消費者

「ロシアには中国車のほかに選択肢はありません。車の外見も好きですし」

ロシアの自動車市場の調査会社、オートスタットによりますと年間の新車販売は侵攻前の2021年の151万台から侵攻が始まった2022年は一時、半分以下の62万台に落ち込みました。しかし、翌2023年には105万台まで回復しています。

ウクライナ侵攻前の2021年、中国車のロシアへの輸入割合はわずか10%程度でしたが、2023年1月から8月までの期間では実に92%を占めています。

ロシア経済好調 IMFも驚く

こうした各地の好景気を反映してか、ロシアの2023年の実質GDPは冒頭記したとおり、前年比で3.6%増加。中国の5.2%には及びませんが、ブラジル2.9%、アメリカ2.5%、日本1.9%、ユーロ圏の0.4%のいずれをも上回っています。

IMF=国際通貨基金もロシアの経済成長を「予想外」と表現。驚きを隠しません。2024年1月30日に発表した世界経済のリポートでは2024年の成長率は2.6%、前回10月時点から1.5ポイント上方修正しました。

“重層的な”経済制裁かけたのに…

ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年2月以降、欧米各国は矢継ぎ早に経済制裁を打ち出しました。

ロシアの金融機関を国際的な決済ネットワークSWIFTから排除したり、高性能半導体やセンサーなどハイテク製品をロシアに輸出することを禁止したり、原油や鉄鋼製品、木材、ウォッカなどのロシア産製品の輸入禁止、そしてプーチン政権と蜜月関係にある富豪「オリガルヒ」の資産凍結など多岐にわたっています。

経済制裁を発動した当初、日本の政府高官たちからは「返り血は浴びるがロシアには決定的な打撃を与えることができる」と強気の発言も聞かれました。確かにロシア経済はいったんはマイナス成長に陥ったものの、今では足元で堅調に推移しています。いったいなぜなのでしょうか。

理由① 欧州は今もロシア産原油を買い続けている

英テムズヘブンの航空燃料備蓄設備

ロシア経済を支えている大きな要素の1つがエネルギーです。その現場を見ようと、ロンドン中心部から東に車で1時間ほどの場所にある燃料の備蓄施設に向かいました。ここは石油大手シェルが所有する航空燃料の備蓄設備です。

航空燃料は原油から精製されて作られます。その一部にロシア産原油が使われていることがNGO「CREA」の調査で明らかになりました。

それによると、ロシアからの原油の輸入が増加しているインドや中国が大きく関わっているといいます。

仕組みはこうです。イギリスがロシアからの輸入に制裁を科す一方で、インドや中国はロシア産の原油の輸入を続け、精製・加工しています。

こうした国で作られた石油製品は、イギリスが輸入する際にはロシア産とは見なされず、結果として、制裁を回避する形でう回して輸入されているのです。

イギリスは2年前、2022年末までにロシア産原油の輸入を段階的に停止すると表明しました。しかし、NGOによると、イギリスは主にインドや中国など、ロシア産原油を使用する12の製油所から石油製品を輸入しているため、停止措置が導入されて以降、2023年の1年間で輸入した航空燃料のうち19.7%がロシア産原油から作られたと推定しています。

「CREA」アイザック・レヴィ欧州ロシアエネルギーアナリスト

「CREA」アイザック・レヴィ欧州ロシアエネルギーアナリスト

「これは、ロシア産原油から精製された製品を、より安くイギリスに持ち込むことができるようにするために設計された、法的な”抜け穴”です。政府が長く放置すればするほどロシアの輸出収入は高くなってしまいます」

また、サウジアラビアが価格の安いロシア産石油を調達している実態も明らかになっています。

(これについての詳しい記事へのリンクは文末に)

理由② ロシア産LNGは禁止されていない

また、ロシアの大きな収入源となっている天然ガスはより深刻です。EU=ヨーロッパ連合は、2027年までに、ロシア産の化石燃料への依存から脱却する方針を示していますが、天然ガスについては輸入を禁止していません。ヨーロッパ各国はパイプラインで供給されるロシア産の天然ガスに経済を大きく依存してきたため、いきなりゼロにはできない裏事情があるからです。これはLNG=液化天然ガスについても同じ状況です。

スペインのLNG施設

EUは、天然ガスの価格が高騰する事態を懸念して、現段階で制裁の対象とする計画はないとしています。スペインはEUにおけるロシアからのLNG輸入量の4割近くを占めていて、主要な取引相手です。そのスペインの外相がNHKの単独インタビューに応じました。スペインはなぜロシア産LNGの購入を続けるのか、ずばり尋ねましたが、表面的な回答にとどまりました。

スペイン アルバレス外相

アルバレス外相

「スペインのガス輸入は民間企業によって行われています。ガスに関する制裁措置もありません。このため、スペイン政府がガスの調達先や契約先をコントロールすることはできません」

「2次制裁なし」が問題

こうした実態について、かつてアメリカ国務省に勤務し、イランへの経済制裁や2014年のロシアのクリミア併合に対する経済制裁の立案に携わったエドワード・フィッシュマン氏に話を聞きました。フィッシュマン氏は英語ではセカンダリーサンクション(secondary sanction)という、「2次制裁」が及んでいないことが問題だと指摘します。

コロンビア大学グローバルエネルギー政策センター エドワード・フィッシュマン上席研究員

エドワード・フィッシュマン上席研究員

「2次制裁と呼ばれる、ロシア自身の経済パートナーに対する制裁を控えたことが原因だと思います。イランへの経済制裁のとき、アメリカはイランとビジネスをしている世界中の誰に対しても制裁を科すと脅したのとはまったく異なります。このような2次制裁という世界的な脅威が今回のロシアには及んでいなかったのです。これは制裁体制の大きな弱点です」

理由③ 巨額の軍事支出とトリクルダウン

一方、経済制裁を専門に研究している専門家からは戦時経済特有の軍への巨額の財政出動が一時的に経済を浮揚させているとの指摘が出ています。アメリカ・コーネル大学のニコラス・モルダー助教です。

コーネル大学 ニコラス・モルダー助教

2024年のロシアの予算は、国防費がおよそ10兆4000億ルーブルと、2023年の当初予算の2倍以上に膨らみ、予算全体の3分の1近くを占めています。

軍需産業への財政出動によって多くの雇用が生まれ、賃金が上昇し、消費につながる、いわゆるトリクルダウン効果が生まれているとモルダー氏は指摘します。

コーネル大学 ニコラス・モルダー助教

「ロシアの労働力の少なくとも2.5%は軍需産業で働いています。プーチン大統領は侵攻以来、50万人もの労働者が軍需産業に加わったと主張しました。彼らがより多くの収入を得ることで、国内経済に波及する傾向があります」

戦車製造ラインを視察するプーチン大統領

トリクルダウンといえば、かつて小泉政権や安倍政権のときの経済理論として耳にした記憶がある方もいらっしゃるかと思います。

大手企業や富裕層が潤えば経済活動が活発になり、中小企業や低所得者層にも富が浸透するという経済学の理論です。最近では理論どおりに富が移転せず、むしろ格差拡大につながっているとの批判もあります。その理論がなぜかロシアではうまく機能しているという説明です。

理由④ 住宅政策もプラスに寄与

政府の住宅対策としての低金利の住宅ローンが国民のマンション購入を後押しし、建設ラッシュも呼び込み、経済効果につながっている面もあります。

ウラジオストクで建設中のマンション

極東の中心都市、ウラジオストク。低層階の高級マンションから高層のいわゆるタワマンまで建設ラッシュが続いています。建設は市内の中心部から郊外にいたるまで、あちらこちらで目につきます。

2023年はモスクワやサンクトペテルブルクといった大都市をおさえて、人口あたりの建設延べ床面積はロシア国内で3番目に躍り出ました。

マンションの建設業者

「人々は変わらず不動産の購入を続けています。当初は購入に慎重になる動きが見られましたが、その後は順調に推移し、結果的に売れ行きは好調のままです」

ロシア経済の弱点は人手不足か?

ロシア経済に弱点はないのか。

今、ロシアではインフレが再び進行しています。2023年11月から3か月連続で消費者物価指数の上昇率が7%を超えています。通貨ルーブルが下落していることや、人手不足を背景にした賃金の上昇などが要因です。

特に人手不足が今後、経済の足かせになるとの指摘があります。軍需産業での雇用の増加に加え、多くが兵士として動員されていること、さらに動員を避けるために国外に逃れた人が多いことなどが背景となり、人手不足は深刻になってきています。ロシアの有力紙は、IT分野や医師、運転手など幅広い職種で人出不足が続くとの見通しを伝えていて、今後、インフレが一段と加速する要因になる可能性もあります。

原油価格上限設定は成果あり?

ロシアの最大の収入源であるエネルギー収入をいかに減らすのかは大きな焦点です。

G7=主要7か国などはロシア産の石油製品の国際的な取引に上限価格を設定する制裁措置を2022年12月から行っています。

米 イエレン財務長官

アメリカの財務省はこの制裁措置によってロシア産の原油価格が下落し、ロシアの原油販売による税収は2023年1月から9月までに40%減少したとする分析を2月23日に発表しました。時間はかかるものの、ロシアの外貨獲得の道を狭める一定の成果があるようです。

どうすれば経済制裁は効くのか?

経済制裁の効果をあげるには抜け穴をふさぐ必要があります。しかし、それは口で言うほど簡単なことではありません。

たとえばロシアに半導体などの物資を輸出するアジアの国々に2次制裁を科せば、抜け穴をふさぐことにはつながりますが、代わりにそうした国々が欧米に何らかの見返りを求めてくる可能性もあります。

ロシアの石油精製施設

さらに対象がエネルギーになるとさらに事情は複雑になります。制裁を厳しくすればするほど、原油価格の上昇などの影響が私たちの暮らしに及ぶ可能性があり、そのために関係者の間では、あえて“抜け穴”にしているのではないかといった見方もあるのです。

もしエネルギーに関して2次制裁を科すならば、各国は相当な覚悟が必要となります。

いつか代償を払う日が来るか?

今、ロシアは巨額の軍事費を賄うため、国債を国内向けに発行して財政を維持しています。この状態がいったいいつまで持つのか。

かつてロシア中央銀行に勤務し、ロシア経済を知り尽くしたアレクサンドラ・プロコペンコ氏は、今の経済の限界を外交専門誌フォーリン・アフェアーズに次のように寄稿しています。

ロシア・ユーラシア・センター非常勤研究員 アレクサンドラ・プロコペンコ氏

アレクサンドラ・プロコペンコ氏

「2023年のロシアの明るい経済情勢は短期的な利益を追求するために行われた危険なトレードオフを隠蔽している。将来の世代は現在の状況に対して大きな代償を払うことになるだろうが、クレムリンは今のことしか頭にない」

国債増発に依存して続ける戦争がいつ限界を迎えるのか。ウクライナ侵攻と密接不可分なロシア経済の先行きは見通せません。

(2024年2月22日おはBizなどで放送)

サウジアラビアがロシア産石油を調達している実態を取材した記事はこちら

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