捕虜は出さない?ロシア派遣の北朝鮮部隊 実態は?

捕虜は出さない?ロシア派遣の北朝鮮部隊 実態は?
「ベトナム戦争に派遣された北朝鮮の空軍パイロットは脱出装置を外していました。つまり撃墜されたら、そこで死ぬようになっていたんです」

こう話すのは、北朝鮮の軍の歴史を研究してきた聖学院大学の宮本悟教授です。

ロシアに派遣されたとみられる1万人以上の北朝鮮の兵士たちは、ウクライナ侵攻の局面を大きく変えていくのか。北朝鮮のねらいはどこにあるのか。宮本教授に詳しく聞きました。

(国際部記者 吉塚美然)

※以下、宮本教授の話

ロシアに派遣?“特殊作戦軍”とは?

特殊作戦軍は北朝鮮にある5つの軍種の中で最も新しいもので、2017年4月15日に初めて公開されたものです。第11軍団の軍団長がそのまま特殊作戦軍の司令官になっていることから、陸軍第11軍団を元にして作られたことがわかっています。

第11軍団というのは、いわゆるゲリラ部隊で、軽歩兵部隊として認識されています。

戦車や重火器を扱うような部隊ではなく、山の中、荒れ地、森の中、そういったところで自らの体を使って戦う。あるいは軽火器、小銃とかを使って戦う。

アメリカでいうとグリーン・ベレー、ソ連でいうとスペツナズみたいな、そういう部隊です。

“特殊作戦軍”の実力は?

一番懸念しているのは何かというと、ウクライナのジャーナリストたちがすごく北朝鮮兵士を軽く見ている傾向があって、それが一番怖いなと思います。

北朝鮮兵士は決して甘く見ていいような兵士ではありません。南アジアとか全然訓練されていない人たちを引っ張ってきたのとは全然違います。

徴兵で兵士になって1年ぐらいしか経っていないウクライナの人より、よほど危ない存在なので、そのことをきちんと理解しないといけないと思います。

特殊作戦軍は2017年に初めて公開されましたが、その前から存在していました。

特殊作戦部隊と呼んでいたわけですが、1968年には韓国の大統領府を攻撃しようとしたり、いろんなゲリラ作戦を展開したりしてきました。長い間、北朝鮮の部隊としてかなり活躍してきた部隊であって、決して戦争慣れしていないということはないのです。

北朝鮮 過去に軍隊派遣したことある?

北朝鮮は1945年から1994年、つまりキム・イルソン(金日成)氏が生きていた間に、53か国に対して軍事支援したことを公表しています。そのうち、軍隊を派遣して戦闘行為に至ったというのはそれほど数は多くありませんが、少なくとも北朝鮮が発表しているものが3つあります。

1つは中国の国共内戦、1945年から1950年ぐらいまで続いた中国共産党と国民党の戦いですね。それに北朝鮮が軍隊を派遣しております。

もう1つはベトナム戦争です。北朝鮮は1965年に工兵部隊を派遣して、空軍部隊なども派遣、1972年から1973年ぐらいに、すべて撤収しています。
3つ目が第4次中東戦争、1973年の戦争です。イスラエルとエジプト、シリアの戦いで、北朝鮮はエジプトとシリアに空軍部隊を送っています。エジプトには工兵部隊も送りました。

北朝鮮が公表していないものでは、イラン・イラク戦争でイラン側に派兵したことが現地からの情報でわかっています。最も新しいものでは、シリアの内戦でアサド政権を守るために軍隊を派遣したとロシアの通信社が伝えたこともあります。

北朝鮮は“勝ち馬に乗る”?

北朝鮮としても軍隊まで派遣して負けるわけにはいかないので、軍隊を派遣する前にその情勢についてはかなり分析しています。

そして、勝てる見込みがあるというときに派兵しているんですね。負けてしまうと、戦死した兵士たちや、その家族に対して言い訳が立ちません。負けたら何もかも失うわけなので、戦う以上は必ず勝つ、そういう判断をしたんだと思います。

80年代以降はかなり慎重に派兵していて、今回もかなり慎重に検討したうえで、ロシアが少なくとも負けることはないと判断して、派兵に踏み切ったものと考えられます。

戦地では慎重な戦い方?

できるかぎり犠牲者を出さないように配慮していました。第4次中東戦争のときにはキム・イルソン氏が自ら後方地帯、つまりエジプトから出ないようにエジプトの参謀総長にお願いしています。
ベトナム戦争では、犠牲者が出る可能性があるということは言っていましたので、その辺は覚悟していたんですが、できるかぎり犠牲者を少なく、そして何よりも捕虜を出さないようにしていました。

ベトナムに派遣された空軍パイロットは脱出装置を外していました。つまり撃墜されたら、そこで死ぬようになっていたんです。

「機体とパイロットの生命は同じである」と言っていたらしいので、飛行機が撃墜されたら自分も死ぬんだという覚悟で北朝鮮のパイロットは乗っていて、捕虜になってはいけないという命令、または信念があったんだと思います。

実際にベトナム戦争で北朝鮮の兵士は1人も捕虜になっておらず、その後も捕虜は1人も出していません。

海外派兵に慣れている?

海外派兵のやり方も北朝鮮は非常に変わっています。

西側諸国の場合、海外派兵した際は独自の司令部をつくります。つまり作戦指揮系統は独自のものをつくるのですが、北朝鮮はそういうものをつくったことがほとんどありません。

確認される限りそうしたものはなく、現地の軍隊の司令部の下に部隊を置いてきました。ですから、ベトナムに派兵されたとき、北朝鮮軍はそこでベトナム軍になっていったのです。部隊の中には通訳ぐらいしか入ってなかったと思います。

今回も、北朝鮮軍として行動せずに、ロシア軍として行動し、ロシア軍の軍服を着てロシア軍の階級章をつけているはずです。
ただ言葉が通じないので、戦場の部隊は北朝鮮の兵士だけで構成されていると思います。ロシア軍の兵士と北朝鮮の兵士が一緒の部隊になっているという報道もありましたが、それはありえません。

訓練でロシア人からこの地形ではこうやるとかそういう手ほどきを学ぶことはあっても、実際の戦闘で混成部隊なんかをつくると、命令系統が混乱して戦えなくなってしまいます。

北朝鮮 派兵の目的は?

一番重要なのは、アメリカ、またはその同盟国に対する攻撃です。

ベトナム戦争は非常にわかりやすい事例で、アメリカが同じアジア人、そして同じ共産主義国家を攻撃した。だからそれを救うのは北朝鮮の義務であるというふうに言っていました。

ベトナムは当然、代価を払えるような立場ではありませんので、ベトナム支援は北朝鮮側の持ち出しで、無償で支援して無償で軍隊を送っています。それで何を得るのかというと、それはアメリカをたたきのめしたということだけなんです。

ロシア派兵についても、ロシアはアメリカが支援している国と戦っている、だからロシアを助けるのは北朝鮮の義務である。

そして、北朝鮮がもしアメリカ、または韓国と戦うとき、ロシアが支援してくれるということを期待しているわけです。

戦闘経験を積む意味合いも?

それはあると思います。キム・イルソン氏は、最初にベトナム戦争に派兵するときに「軍隊というのは敵がいないところで訓練するだけでは足りない。実際に血と煙を浴びながら戦う必要もある」ということを言っていました。

実際、ヨーロッパ方面で北朝鮮が戦うということは今までなかったので、北朝鮮としても貴重な経験として軍隊を送ったのだと思います。

ウクライナは実際にアメリカ、またはアメリカの同盟国の武器を使って戦っているわけで、そうした相手と戦ったときにどうしたらいいのかということを北朝鮮は学べるわけです。

実際に経験することを北朝鮮は非常に重視していて、戦っている相手はウクライナ兵ですが、アメリカ兵と見立てて戦っているのです。

ロシアへの派兵 いつごろ合意?

派兵の合意というのは何段階かあるのですが、まず首脳同士でその合意がなければなりません。

そうなるとやはりプーチン大統領が6月に来たときに、そういう話が出て、キム・ジョンウン(金正恩)総書記の方もそれは可能であるということは言ったんだと思います。
そして、実際の具体的な手続き、つまりどういうルートでロシアの西側に兵士を運ぶのか、どれぐらいの人数を運ぶのか、どの部隊から出すのか、食料はどうするのか、武器はどこから出すのか、そういう細かい規定はおそらくショイグ氏が来た9月に決まったんだと思います。

ベトナム戦争のときが参考になるのであれば、ベトナムの場合は軍事組織同士の会談があって、1か月後には空軍パイロットを派兵し始めています。

もちろん何回かに分けて派遣しているので一気に運んではいませんが、一番最初はもう1か月後には運んでいました。ということは、9月に合意があって10月に派兵したというので、大体つじつまが合うと思うんですね。だから9月に細かい協定が結ばれたとみていいと思います。

“有事の際にはロシア介入”と思わせたい?

もちろんその目的はあります。

北朝鮮にとって重要なのは、北朝鮮が派兵したことで、今度はロシアが北朝鮮にも派兵するだろうとアメリカ側に見せる。それが重要なんです。

今まで北朝鮮はいくつかの国と軍事同盟条約を結んでいますが、どれ1つとして機能したことがありません。ソ連にいたっては、韓国と国交を結んで、条約が意味がないということを見せてしまったわけです。

だから北朝鮮はあまり安全保障関係の条約というものを信じていません。形の上で結びますが、それが本当に国を救ってくれるとは思っていないんです。それでも国家間の信義、またはそのリーダーシップ同士の関係によって、派兵してくれるだろうと相手側に見せる、アメリカや韓国に見せるということをします。

それが今回の派兵であり、北朝鮮を攻めたら、ロシアも一緒に戦ってくれる危険があるということを見せているんです。自国の防衛という意味では、将来への布石ですね。

期待しているのはロシアからの軍事技術?

最高指導者とか、朝鮮労働党の上のほうではそれはたぶん期待していると思います。

ただ、北朝鮮が必要としている軍事技術というのは、高度なものをもらえばいいわけではありません。地形などの条件が全く違うので、もらっても仕方がない軍事技術もあります。

北朝鮮が韓国または日本やアメリカとの戦争でどういう想定をしていて、どういうものが必要だと考えているのか、今はよくわかっていません。

北朝鮮は今までミサイルとか高度な科学力が必要なものを開発してきたので、そちらに特化してるんじゃないかと思われていますが、実際には戦車とかでもかなり改良に改良を重ねています。

戦闘機の製造能力がないので戦闘機の製造を必要としているということも考えられるんですが、その一方でキム・イルソン氏は「大きな国じゃないんだからスピードの速い超音速戦闘機なんかわが国に必要ない」とも言っています。

これから北朝鮮がどういうものが必要なのかをロシアに少しずつ要求していくんだと思います。ロシアもウクライナとの戦争で助けてもらったので、そこは引き受けるというふうになっていくんでしょう。
(2024年12月10日クローズアップ現代で放送)
国際部記者
吉塚 美然
2019年入局 初任地の福井局を経て2023年8月から現所属
福井局では拉致問題 現在は朝鮮半島を中心に軍事・安全保障分野を取材