日本製鉄はおととし12月、アメリカの大手鉄鋼メーカー、USスチールを買収することで両社で合意しました。
その後、アメリカ政府のCFIUS=対米外国投資委員会が安全保障上のリスクに関する審査を進めてきましたが全会一致に至らず、買収を認めるかどうかの判断を委ねられたバイデン大統領は3日、国家安全保障上の懸念を理由に買収計画に対する禁止命令を出したことを明らかにしました。
USスチール“バイデン氏行動恥ずべき” 日鉄は米政府提訴へ
日本製鉄によるアメリカの大手鉄鋼メーカー、USスチールの買収計画に対し、バイデン大統領は国家安全保障上の懸念を理由に禁止する命令を出しました。同盟国の企業どうしが同意していた買収計画を大統領が阻止する異例の事態で、日本製鉄はアメリカ政府を相手取り訴えを起こす方針です。
また、USスチールのCEOは声明を発表し「バイデン大統領の行動は恥ずべきものだ」と批判しました。
日本製鉄 買収実現しなければ約890億円の違約金可能性

日本企業によるアメリカ企業の買収が大統領の命令で阻止されるのはこれが初めてで、同盟国の企業どうしが同意していた買収計画が阻止される異例の事態となりました。
これに対し、日本製鉄とUSスチールは共同声明を発表し「決定はバイデン大統領の政治的な思惑のためになされたものであり、アメリカの憲法上の適正手続きや対米外国投資委員会を規律する法令に明らかに違反している。日本製鉄とUSスチールは、法的権利を守るためにあらゆる措置を追求する」としています。
関係者によりますと、日本製鉄は、アメリカ政府を相手取って裁判所に訴えを起こす方針を固めたということです。会社としては、引き続きUSスチールの買収を目指す考えですが、その実現は極めて厳しい状況となります。
買収が実現しなければ日本製鉄はUSスチールに対して5億6500万ドル、日本円でおよそ890億円の違約金を支払わなければならない可能性があるほか、安定的な需要が見込めるアメリカ市場での戦略の見直しを迫られることになります。
USスチールCEO「バイデン大統領の行動は恥ずべきもの」
USスチールのデビッド・ブリットCEOはSNSのXで声明を発表し「バイデン大統領のきょうの行動は恥ずべきもので、腐敗している。彼は経済・国家安全保障上の重要な同盟国である日本を侮辱し、アメリカの競争力を危険にさらした。事実を知るためにわれわれと会うことさえ拒否しながら、これらの決定を行った」と今回の決定を厳しく批判しました。
その上で「投資こそがわれわれの会社や従業員、地域社会、そしてアメリカのすばらしい未来を保証するものだ。われわれはバイデン大統領の政治的な腐敗と闘うつもりだ」として、引き続き日本製鉄による買収の実現を目指す考えを強調しました。
専門家 “アメリカの保護主義 突きつけられた”

バイデン大統領が日本製鉄によるUSスチールの買収計画に対して禁止命令を出したことについて、アメリカ政府の政策に詳しい丸紅経済研究所の今村卓社長は「日本製鉄はグローバルで見ても巨大なプレーヤーで、USスチールが傘下に入れば、生産性が高くない製鉄所が閉鎖に巻き込まれるとみて非常に恐れたのだと思う。国内で完結するサプライチェーンを作らないと守れないという判断が、バイデン大統領のメッセージに込められている」と分析しています。
一方で「USスチールを含めたアメリカの鉄鋼業を再生するには買収計画が最善の策で、日本製鉄の主張は正当なものだと思う。買収に反対したバイデン大統領やUSW=全米鉄鋼労働組合の主張は鉄鋼業の弱体化を止めるすべが何も入っておらず、衰退を止めることができない。USスチールは自社単独で生き残るのが難しいところまで追い込まれており、バイデン大統領はその限界が見えておらず、禁止命令は矛盾している」と指摘しています。
また、日本製鉄がアメリカ政府を相手取って訴訟を起こす方針を固めたことについては「なぜ買収が阻止されたのかを極力明確にするために訴訟は十分な意味がある。日本企業にとって、何が理由となって対米外国投資委員会や大統領に阻止されるのか、目安ができる。日本製鉄にとっては、トランプ氏が大統領に就任すればバイデン氏の禁止命令を撤回する可能性も残っており、働きかける意味もあるだろう」と話しています。
そのうえで今回の決定が日本企業へ与える影響について「同盟国の日本企業が買収の禁止命令を出される初の事例となり、アメリカの保護主義がここまで進んでいることを突きつけられた。アメリカでの企業買収では、良質な雇用を作っていくことを地方政府や労働組合にも地道に説明して共感を得る努力が求められる」と指摘しています。
過去には企業側が訴訟を起こし和解にいたったケースも
アメリカ議会調査局によりますとCFIUS=対米外国投資委員会が審査を行い大統領が取り引きの禁止を命令したケースは8件あります。
このうちの1件は大統領令について企業側が訴訟を起こし、裁判所がアメリカ政府が企業の財産権をはく奪したとの結論を下して最終的に和解にいたりました。
この企業は中国籍の2人が所有していた企業「ロールズ・コーポレーション」です。
2012年にアメリカの4つの風力発電会社を買収したことについて、当時のオバマ大統領が2012年、所有を禁止し、権益の売却を命じました。
これについてロールズ・コーポレーションは命令の見直しを求める訴えをアメリカの裁判所に起こし、連邦地方裁判所は大統領側の主張を認めました。
その後、連邦控訴裁判所は2014年、大統領の命令は適正な手続きを踏まずにロールズ社が憲法で保護された財産権をはく奪したと結論づけました。
アメリカの有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルによりますと、ロールズ社はその後、2015年に政府側と和解したと発表しました。
具体的には会社は4つの風力発電会社を希望する購入者に売却することができるなどとなっていますが、和解のすべての条件は公開されていないと伝えています。
- 注目
【解説】日本企業への影響は
解説動画2分39秒。経済部 岩間宏毅デスクの解説です。
(4日午前7時のニュースで放送。データ放送ではご覧頂けません。)
Q.厳しい判断が出たが、今後、日本製鉄はどう対応することになる?
A.関係者によりますと、会社はアメリカ政府を相手取って提訴する方針です。日本製鉄は、今回の買収計画が現地の鉄鋼業の雇用確保や競争力の向上だけでなく、アメリカの安全保障の強化にもつながると主張してきました。
買収に伴う雇用の削減や施設の閉鎖などは行わないとした上で雇用の創出などに向けて、27億ドル、日本円でおよそ4200億円の追加投資を行う計画も示していました。また、アメリカ政府の安全保障上の懸念を払拭しようと、USスチールのアメリカ国内での生産能力をCFIUS=対米外国投資委員会の承認なく10年間削減しないという異例の提案も行いました。
しかし買収計画は認められず、会社は、バイデン大統領の決定は政治的な思惑のためになされたものだとして、厳しく批判しています。アメリカの憲法上の適正手続きや法令に明らかに違反していると主張していて、今後、提訴に踏み切るものとみられます。
一方で、国の安全保障に関する大統領の判断は重く、訴訟をしても結果を覆すことは難しいという見方もあります。そうなった場合、日本製鉄がアメリカでの戦略の見直しを迫られる可能性もあると思います。
Q.今回、買収が認められなかったことで、日本企業への影響をどう見る?
A.今回は政治的な思惑も重なった特殊なケースだとして、日本企業への影響は限定的だという見方もあります。一方で、去年9月には経団連の十倉会長が「公正で正当なプロセスの中で進められることを強く望む」と述べるなど、経済界では、今回の買収計画に政治的な圧力が及ぶことに懸念を示してきました。
その懸念が現実となったことで、日本企業のアメリカへの投資拡大の流れに水を差すことになるのではないかという声もあがっています。日本の同盟国とはいっても、アメリカへの投資にあたっては、政治情勢も含め、さまざまなリスクをふまえ、慎重に判断することが求められることになりそうです。
世界の鉄鋼メーカーの現状
世界の鉄鋼メーカーの規模を鉄鋼製品のもとになる粗鋼の生産量で比べると、中国メーカーが高いシェアを持っています。
世界鉄鋼協会のまとめによりますと、2023年1年間の粗鋼生産量のランキングでは、1位が「中国宝武鋼鉄集団」が1億3080万トン、次いで2位のルクセンブルクにある「アルセロール・ミタル」が6850万トンとなっていて上位10社のうち6社が中国メーカーを占めています。
一方、日本製鉄はおよそ4370万トンで世界4位、USスチールは1580万トンで24位となっていて、買収が実現した場合に両社の生産量を単純に合計すると、世界3位となります。
【2023年】粗鋼生産量ランキング
1位 中国宝武鋼鉄集団(中国)1億3080万トン
2位 アルセロール・ミタル(ルクセンブルク)6850万トン
3位 鞍鋼集団(中国)5590万トン
4位 日本製鉄(日本)4370万トン
5位 河鋼集団(中国)4130万トン
6位 江蘇沙鋼集団(中国)4050万トン
7位 ポスコ(韓国)3840万トン
8位 建龍集団(中国)3700万トン
9位 首鋼集団(中国)3360万トン
10位 タタ・スチール(インド)2950万トン
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24位 USスチール(アメリカ)1580万トン
日本製鉄「USスチール買収計画」これまでの経緯
日本製鉄が、アメリカの大手鉄鋼メーカーUSスチールの買収計画を発表したのは、2023年12月でした。
しかし、この買収に対しては、アメリカの鉄鋼業界の労働組合、USW=全米鉄鋼労働組合が一貫して反対する姿勢を示すなど労働者の雇用への影響や安全保障上の懸念などを理由として、アメリカ国内で反発が広がりました。
さらに去年11月のアメリカ大統領選挙を巡る思惑も影響を与えました。

USスチールが本社を置くペンシルベニア州は、大統領選挙の勝敗の鍵を握る激戦州の1つとされたため、トランプ氏、ハリス氏ともに労働組合や労働者の支持を獲得しようと、買収計画に対して厳しい姿勢を示してきました。
こうした状況を踏まえて、日本製鉄が去年9月、買収計画を審査するアメリカ政府の対米外国投資委員会に計画を出し直したことで、審査の判断は大統領選挙後に持ち越されていました。

日本製鉄の森高弘副会長は去年11月の記者会見で、「大統領選挙も終わったことで、冷静な議論ができるようになった。審査の期限があるので、現政権の中で年末までに判断されると思っている」と述べて、2024年のうちに買収を完了できるという見方を示していました。

しかし、12月2日には、トランプ次期大統領が自身のSNSで「かつて偉大で強力だったUSスチールが外国の企業、今回の場合は日本製鉄に買収されることに全面的に反対する」として買収計画を阻止する考えを示しました。

さらに12月10日、アメリカの一部のメデイアが関係者の話としてバイデン大統領が買収計画を正式に阻止する意向だと伝えていました。
この報道に対し、日本製鉄は「日米間の不可欠な同盟関係が重要な基盤として存在する中で、政治が真の国家安全保障上の利益に勝る状態が続くことは、適切ではない」というコメントを発表し、引き続き買収の実現に向けて、法的手段も含めてあらゆる対応を検討する考えを示していました。
一方、アメリカで買収に反対する声が続く中、日本製鉄は雇用などの懸念を払拭するための取り組みを進めてきました。
去年3月には、USスチールとの連名で文書を公表し、買収に伴う雇用の削減や施設の閉鎖、生産の海外移転は行わない計画を示したうえで、会社として雇用の創出などに向けて、27億ドル、日本円でおよそ4200億円の追加投資を行う計画も明らかにしました。
USスチールの経営トップが買収が成立しなければ老朽化が進む製鉄所を閉鎖し、本社も移転させる可能性に言及していることもあり、地元では経済への影響を考えて買収を歓迎する声も出ていました。
しかし、安全保障上のリスクに関する審査を進めてきたアメリカ政府の対米外国投資委員会は審査の期限の12月23日までに全会一致に至らず、買収を認めるかどうかの判断はバイデン大統領に委ねられていました。
そして、1月3日、バイデン大統領が買収計画を禁止する命令を出したことで日本製鉄の今後の対応が焦点となります。