なぜ難航?日本製鉄のUSスチール買収計画
日本製鉄がアメリカの大手鉄鋼メーカーUSスチールの買収を発表してから1年がたつ。
しかし、買収計画を審査するアメリカ政府のCFIUS=対米外国投資委員会の意見はまとまらず、最終的な判断はバイデン大統領に委ねられることになった。
なぜ、ここまで難航しているのか。日本製鉄と現地の鉄鋼業界の労働組合=USWとの攻防からその背景を探る。
(経済部記者 猪俣英俊)
しかし、買収計画を審査するアメリカ政府のCFIUS=対米外国投資委員会の意見はまとまらず、最終的な判断はバイデン大統領に委ねられることになった。
なぜ、ここまで難航しているのか。日本製鉄と現地の鉄鋼業界の労働組合=USWとの攻防からその背景を探る。
(経済部記者 猪俣英俊)
CFIUSが下した判断は?
アメリカ時間の12月23日。
安全保障上のリスクから日本製鉄のUSスチール買収計画の可否を審査してきた対米外国投資委員会の審査期限を迎え、委員会がどんな判断を下すのか、日米の関係者がその結果を注目していた。
審査結果は公表されないため、われわれは海外メディアの報道や関係者への取材からその動向を探っていた。
アメリカの複数のメディアの報道を受け、日本製鉄は声明を発表。
委員会内で全会一致に至らず、買収を認めるかどうかの判断はバイデン大統領に委ねられたという内容の報告を受けたことを明らかにした。
安全保障上のリスクから日本製鉄のUSスチール買収計画の可否を審査してきた対米外国投資委員会の審査期限を迎え、委員会がどんな判断を下すのか、日米の関係者がその結果を注目していた。
審査結果は公表されないため、われわれは海外メディアの報道や関係者への取材からその動向を探っていた。
アメリカの複数のメディアの報道を受け、日本製鉄は声明を発表。
委員会内で全会一致に至らず、買収を認めるかどうかの判断はバイデン大統領に委ねられたという内容の報告を受けたことを明らかにした。
日本製鉄「大統領の熟慮を強く要望」
「CFIUS」=対米外国投資委員会は財務省のイエレン長官が議長を務め、司法省、商務省、国防総省、国務省など各省庁のトップがメンバーとなっている。
すでに述べたとおり、委員会の議論の内容は非公開だ。
すでに述べたとおり、委員会の議論の内容は非公開だ。
欧米メディアの報道では、▽USスチールが買収された場合、アメリカ国内の鉄鋼の生産量が減少する可能性があるという意見が委員会で出たほか、▽USスチールの経営陣にアメリカ国籍の人材を起用するなどとした日本製鉄側の対応が十分かどうかで意見がわかれたとも伝えられている。
一方、日本製鉄は声明の中で「国家安全保障上の懸念に対応するためにとってきたあらゆる措置と提示してきたさまざまなコミットメントが、USスチールを成長させ、アメリカの雇用を維持し、鉄鋼業界全体を強くし、ひいては国家安全保障を強化することについて、大統領が熟慮されることを強く要望します」として、買収のメリットを公正に評価し、承認するよう改めて求めた。
委員会からの報告を受けてバイデン大統領は15日以内、つまり2025年1月7日までに最終的な判断を出すことになる。
委員会からの報告を受けてバイデン大統領は15日以内、つまり2025年1月7日までに最終的な判断を出すことになる。
買収合意の直後からUSWは強く反発
なぜ、ここまで買収は難航しているのか。
波乱の兆候は2023年12月の買収合意の発表直後からあった。
波乱の兆候は2023年12月の買収合意の発表直後からあった。
120年を超える歴史を持つ老舗の鉄鋼メーカーを外国企業が買収することに、アメリカ国内で戸惑いや反発の声が出ていたからだ。
とりわけ、一貫して強硬な姿勢を示したのがアメリカのUSW=全米鉄鋼労働組合だ。
とりわけ、一貫して強硬な姿勢を示したのがアメリカのUSW=全米鉄鋼労働組合だ。
雇用への影響や安全保障上のリスクがあると主張し、買収計画に反対を続けてきた。
交渉の窓口となったのがUSW=全米鉄鋼労働組合のトップのマッコール委員長。
買収の発表後もほとんど交渉の場につかず、批判を繰り返してきた。
交渉の窓口となったのがUSW=全米鉄鋼労働組合のトップのマッコール委員長。
買収の発表後もほとんど交渉の場につかず、批判を繰り返してきた。
USWとの攻防、大統領が“買収阻止”の観測も
こうした批判に対し、日本製鉄は次々と対策を打ち出す。
買収による雇用の削減や施設の閉鎖、生産の海外移転は行わないと表明し、2024年の8月には雇用の創出などに向けて27億ドル=4000億円以上の追加投資を行う計画も明らかにして、従業員や地域経済にもメリットがあることを示し続けてきた。
大統領選も絡んで、外国企業がUSスチールを保有することに否定的な見方が出る中で、取締役の過半数をアメリカ国籍にするなどとした経営体制も公表した。
買収による雇用の削減や施設の閉鎖、生産の海外移転は行わないと表明し、2024年の8月には雇用の創出などに向けて27億ドル=4000億円以上の追加投資を行う計画も明らかにして、従業員や地域経済にもメリットがあることを示し続けてきた。
大統領選も絡んで、外国企業がUSスチールを保有することに否定的な見方が出る中で、取締役の過半数をアメリカ国籍にするなどとした経営体制も公表した。
しかし、マッコール委員長は、日本製鉄が示した投資は絵そらごとで実現可能性は薄いとか、会社側が組合との交渉を拒んでいるなどと批判。
主張は平行線をたどっていた。
こうした攻防が続く中、9月にはバイデン大統領が買収阻止に動くという現地メディアの報道まで出た。
主張は平行線をたどっていた。
こうした攻防が続く中、9月にはバイデン大統領が買収阻止に動くという現地メディアの報道まで出た。
もともと、マッコール委員長が率いるUSW=全米鉄鋼労働組合は民主党の支持基盤だ。
しかも、その本部は大統領選挙の激戦州の1つ、ペンシルベニア州にあり、そこで勝利するにはUSWの支持獲得が欠かせない。
民主党のハリス氏、共和党のトランプ氏ともマッコール委員長の主張に沿うような形で、日本製鉄の買収計画に否定的な姿勢を示していたことから、政治的な思惑も指摘されていた。
しかも、その本部は大統領選挙の激戦州の1つ、ペンシルベニア州にあり、そこで勝利するにはUSWの支持獲得が欠かせない。
民主党のハリス氏、共和党のトランプ氏ともマッコール委員長の主張に沿うような形で、日本製鉄の買収計画に否定的な姿勢を示していたことから、政治的な思惑も指摘されていた。
労組との交渉内容 “異例の公開”
一方、こうした委員長の姿勢に業を煮やした日本製鉄側も9月になって、強気の対応に乗り出した。
正確な情報が発信されていないとして、労働組合との交渉経緯を明らかにする異例の措置に踏み切ったのだ。
正確な情報が発信されていないとして、労働組合との交渉経緯を明らかにする異例の措置に踏み切ったのだ。
買収直後のやりとりから直近の交渉まで、メールでのやりとりなどがHP上に公開された。
組合側が「買収計画について事前に説明がなかった」と批判すれば、会社側からは「計画の発表当日に組合側にも速やかに伝え、労働協約などを尊重する考えも示した」と反論するなど、双方の応酬が掲載されている。
組合側が「買収計画について事前に説明がなかった」と批判すれば、会社側からは「計画の発表当日に組合側にも速やかに伝え、労働協約などを尊重する考えも示した」と反論するなど、双方の応酬が掲載されている。
また、USスチールの経営トップは買収が成立しなかった場合、老朽化が進むペンシルベニア州にある製鉄所を閉鎖し、本社も移転させる可能性に言及した。
USWの反対の一方、地元では…
こう見ると、経営vs労働組合という構図に見えるが、実態はそう単純ではない。
会社側による雇用の維持や追加投資の表明で、地元では買収への支持が広がっている。地域経済にとって買収はプラスに働くと考えた地元の市長やUSスチールの組合員が賛成の意向を示すようになってきたからだ。
12月12日にはUSスチールの従業員およそ300人が集会を開いて買収に賛成の意向を示した。
会社側による雇用の維持や追加投資の表明で、地元では買収への支持が広がっている。地域経済にとって買収はプラスに働くと考えた地元の市長やUSスチールの組合員が賛成の意向を示すようになってきたからだ。
12月12日にはUSスチールの従業員およそ300人が集会を開いて買収に賛成の意向を示した。
さらにバイデン大統領に判断が委ねられた23日には、USスチールの製鉄所がある地域の市長や地方議員など20人が連名で大統領宛てに買収承認を求める手紙も送った。
こうした状況に日本製鉄の幹部も手応えを感じ始めていた。
しかし、それでもマッコール委員長の姿勢は変わらない。
こうした状況に日本製鉄の幹部も手応えを感じ始めていた。
しかし、それでもマッコール委員長の姿勢は変わらない。
もともと、マッコール氏はUSスチールのライバル会社で、USスチールの買収の入札で日本製鉄に競り負けたクリーブランド・クリフスによる買収を支持していた。
こうした状況に日本製鉄の幹部もいらだちを募らせていた。
こうした状況に日本製鉄の幹部もいらだちを募らせていた。
日本製鉄幹部
「マッコール氏は全く話を聞こうとしない。組合員のことを考えればどっちがいいか明白だろう」
「マッコール氏は全く話を聞こうとしない。組合員のことを考えればどっちがいいか明白だろう」
日本製鉄は最後まで説得を続けるが、19日に開かれた会談では、マッコール委員長が協議中にもかかわらず、WEBサイトで「協議の進展はなし」と声明を発表。
これには同席していた地元の市長も対応を批判したという。
結局、日本製鉄とUSWが歩み寄ることはないまま、買収の可否はバイデン大統領に委ねられることになった。
バイデン大統領が「USスチールは1世紀以上にわたってアメリカの象徴的な鉄鋼会社であり、国内で所有、運営されるアメリカ企業であり続けることが不可欠だ」と発言していたため、厳しい見方が多い。
これには同席していた地元の市長も対応を批判したという。
結局、日本製鉄とUSWが歩み寄ることはないまま、買収の可否はバイデン大統領に委ねられることになった。
バイデン大統領が「USスチールは1世紀以上にわたってアメリカの象徴的な鉄鋼会社であり、国内で所有、運営されるアメリカ企業であり続けることが不可欠だ」と発言していたため、厳しい見方が多い。
日本製鉄、提訴も辞さず
もしバイデン大統領が買収阻止に動いた場合、日本製鉄はどうするのか。
実際、12月に入って、バイデン大統領が買収を阻止する意向だと現地メディアが再び報じた。
これに対し、日本製鉄は「日米間の不可欠な同盟関係が重要な基盤として存在する中で、政治が真の国家安全保障上の利益に勝る状態が続くことは、適切ではない」という声明を発表し、強いトーンで政治の思惑が絡むことへの反発を示した。
さらに、買収実現に向けて法的手段も含めてあらゆる対応を検討するとして訴訟も辞さない構えを示した。
日本製鉄の幹部は「どんな安全保障上の問題があるのか。買収の実現を絶対に諦めることはない」と覚悟を語った。
一方で、バイデン大統領が中止命令を出して買収を阻止した場合、大統領命令は絶対的で、日本製鉄が訴訟を起こしても、決定を覆すことは難しいという見方が多いのも事実だ。
実際、12月に入って、バイデン大統領が買収を阻止する意向だと現地メディアが再び報じた。
これに対し、日本製鉄は「日米間の不可欠な同盟関係が重要な基盤として存在する中で、政治が真の国家安全保障上の利益に勝る状態が続くことは、適切ではない」という声明を発表し、強いトーンで政治の思惑が絡むことへの反発を示した。
さらに、買収実現に向けて法的手段も含めてあらゆる対応を検討するとして訴訟も辞さない構えを示した。
日本製鉄の幹部は「どんな安全保障上の問題があるのか。買収の実現を絶対に諦めることはない」と覚悟を語った。
一方で、バイデン大統領が中止命令を出して買収を阻止した場合、大統領命令は絶対的で、日本製鉄が訴訟を起こしても、決定を覆すことは難しいという見方が多いのも事実だ。
中止命令が出れば“矛盾した判断”
アメリカ政府の政策に詳しい丸紅経済研究所の今村卓社長はこう指摘する。
丸紅経済研究所 今村卓社長
「仮に買収計画が阻止されれば、アメリカ国内の鉄鋼生産量が減少するおそれがある。これこそ国家安全保障上の懸念で、中止命令が新たな懸念を生み出すことになり、こんな矛盾した判断はない」
「仮に買収計画が阻止されれば、アメリカ国内の鉄鋼生産量が減少するおそれがある。これこそ国家安全保障上の懸念で、中止命令が新たな懸念を生み出すことになり、こんな矛盾した判断はない」
また、バイデン大統領が買収の阻止に動いた場合、企業による投資への悪影響を懸念する声もある。
経団連など日米の経済界は、CFIUSによる審査が行われていた9月、政治的な圧力に懸念を表明する書簡を、議長を務めるイエレン財務長官に送り、公正な審査を求めた。
日本企業も今回の買収計画の行方を注視している。
CFIUSの報告から一夜が明けた日本時間の12月25日。
日本製鉄の今井 正社長は記者会見で、改めて買収の実現に自信を示した。
経団連など日米の経済界は、CFIUSによる審査が行われていた9月、政治的な圧力に懸念を表明する書簡を、議長を務めるイエレン財務長官に送り、公正な審査を求めた。
日本企業も今回の買収計画の行方を注視している。
CFIUSの報告から一夜が明けた日本時間の12月25日。
日本製鉄の今井 正社長は記者会見で、改めて買収の実現に自信を示した。
日本製鉄 今井 正社長
「買収がアメリカの鉄鋼業、製造業、ひいてはアメリカの安全保障そのものを強化する貢献につながる。アメリカ経済に対する本質的な価値をバイデン大統領に理解してもらえれば承認されるのではないかと考えている」
「買収がアメリカの鉄鋼業、製造業、ひいてはアメリカの安全保障そのものを強化する貢献につながる。アメリカ経済に対する本質的な価値をバイデン大統領に理解してもらえれば承認されるのではないかと考えている」
日本製鉄の訴えはバイデン大統領に届くのか。
結果次第では、安全保障上の同盟国である日米関係にも影響を与えかねない今回の買収計画。
バイデン大統領の最終判断が注目される。
(12月24日「ニュース7」などで放送)
結果次第では、安全保障上の同盟国である日米関係にも影響を与えかねない今回の買収計画。
バイデン大統領の最終判断が注目される。
(12月24日「ニュース7」などで放送)
経済部記者
猪俣英俊
2012年入局
函館局、富山局、松江局を経てことし9月から2度目の経済部
財界や重工を担当
猪俣英俊
2012年入局
函館局、富山局、松江局を経てことし9月から2度目の経済部
財界や重工を担当