まさか弁護士が 詐欺被害者をさらに苦しめる二重の落とし穴

まさか弁護士が 詐欺被害者をさらに苦しめる二重の落とし穴
20年間ためてきた貯金など1200万円を投資詐欺でだまし取られた女性。

「詐欺に強い」「被害回復の実績がある」とうたう弁護士のもとに駆け込み、被害金回収の望みをかけて110万円の着手金を支払った。

しかし回収できたのは、たったの120円。

その後、弁護士の事務所と連絡が取れなくなった…。

この3年間で相次いでいるトラブルの典型的なケースだ。

犯罪被害者を守るべき弁護士が、結果的に被害者から金を搾り取っていた実態。

その闇を追った。

(社会部記者 倉岡洋平/出原誠太郎)

きっかけはSNSの“偽広告”

取材に答えてくれたのは40代の女性だ。

2人の子どもを育てながら夫婦で懸命に働き、節約に節約を重ねて生活してきた結果、貯金額はようやく900万円に達した。

子どもの教育費や老後の資金のため少しでもお金を増やしたいと思い、去年夏から株の勉強を開始。

そうした中、フェイスブックである広告が目にとまった。
有名な実業家になりすましたセミナーの偽広告だ。

信じ込んだ女性は受講し、投資を勧められた。

指定された口座に現金を振り込むと、アプリ上では利益が出ているように見えた。
「アシスタント」を名乗る人物やセミナーの参加者と親密にメッセージのやり取りをしたことから信じ切ってしまい、気が付いたら貯金の全額に加え、借金をしてまで合わせて1200万円を振り込んでしまっていた。

セミナーに参加して3か月後、「アシスタント」から「税金を振り込まないと現金を引き出せない」などと伝えられ、初めて詐欺ではないかと気付いた。
女性
「パニックになり、頭が真っ白になりました。家族にもないしょにしていたので、とにかくお金を少しでも取り戻したいという思いでいっぱいでした」

“返金実績あり”に 助けを求めた弁護士は

1200万円を回収する方法はないか。

インターネットで検索し、トップ画面にあった弁護士事務所のサイトを見た。
「SNSやマッチングアプリを利用した国際ロマンス詐欺・FX投資詐欺が多発しています」
「手遅れにならないためにも、早めの着手が必要です」

女性は意を決してLINEで連絡を取った。

すると、12月30日にもかかわらず、すぐに返信が来た。

「詐欺の可能性が高い。早期対応が被害回復につながる」として電話で連絡するよう求められた。

「1000万円の返金実績がある」「着手金はカード払いも可能」

電話すると、事務員とのやり取りの後に、弁護士を名乗る人物が出てきた。
「私は1000万円の返金を実現させた実績があります」

期待を抱いた女性は委任しようと思ったが、着手金として110万円が必要だという。

貯金の全額を失ったため、支払う金は当然、ない。

すると弁護士側は「うちはカード払いもできる」と話し、ショッピングの上限額を確認するよう求めてきた。

いわゆる「リボ払い」の方法まで教えてきたのだ。

こうして女性はさらに借金を抱えるようになった。

弁護士会から懲戒請求も事務所は否定

女性は念のため、インターネットで弁護士の氏名を検索した。

すると、驚くべきことが分かった。

この弁護士は女性が依頼した数日前、所属の弁護士会から懲戒請求を受けていたのだ。
弁護士会の懲戒請求の発表より
「着手金の金額が、被害額の回収可能性に見合わない不合理で高額なものであり、事務職員によって決定されている。着手金を下回る金額しか回収できず、実質的に詐欺の2次被害を招きかねない」
“詐欺の2次被害”とまで指摘されている状況で、本当に被害金は戻ってくるのか。

女性はすぐに弁護士事務所に電話したが、事務員は「うちの代表は実績もありますし、大丈夫です」「ネットはうその情報も多いですし、あまり信頼しないようにしてください」と繰り返すばかりだった。
女性
「人生で初めて弁護士に依頼しました。そもそもどういうお仕事をされているのかも全然分からない状況ですし、弁護士というだけで信頼しきってしまいました」

戻らない被害金 代わりに届いたのは…

その後、事務所からは何回か連絡が来た。

「振り込んだ口座の凍結に成功した」
「口座に残っていた残高が分かった」

しかし回収できたのは、凍結された口座にあったという120円のみ。

そしてことし9月。

その弁護士が、架空の投資話で現金20億円余りをだまし取った詐欺の疑いで逮捕された、というニュースを知った。

事務所側「着手金詐欺ではない」

女性はすぐに事務所に連絡した。
女性
「私は人生かかった財産を失いました。あなたを信じて依頼しました。助けてくださいお願いします」
しかし事務所側からは「今いる事務員とは今後、連絡が取れなくなる」という内容の返信が届いた。
弁護士事務所からの連絡
「皆様がご不安になられている、いわゆる『着手金詐欺』ではなかった。実際に被害回復した事件も多数あった」
そして、なぜか弁護士の家族の電話番号が結びに書かれていた。
その後、事務所とは連絡が取れていない。
女性
「1回目の詐欺よりも2回目の着手金の方が、期待もあったのですごくショックでした。『インターネットで調べなければよかった』とか、『主人に相談していればよかった』とか、さまざまな思いが巡り、すごく後悔するとともに、罪悪感もあります。しっかり考えられない状態で、これからどうやって生活していけるのか…」
私たちは弁護士側に取材を申し込んだが、回答は得られなかった。

関連の相談 全国でこの数年で5倍に

弁護士が関わる詐欺の“2次被害”はどれだけ広がっているのか。

私たちは全国の消費生活センターに取材し、関連の相談件数の推移を調べた。

すると、2021年度は65件だったのに、2年後の2023年度には327件と、5倍に急増していることがわかった。
都道府県別では東京都が74件と最も多く、次いで埼玉県35件、愛知県22件などとなり、都市部に集中している傾向がみられた。(神奈川県は「国民生活センターが公表していない」などとして回答しなかったため横浜、川崎、相模原の3市を取材)

検挙された弁護士が初めて取材に応じる

こうしたトラブルは、弁護士やそのグループが逮捕、起訴されるケースにまで発展している。

弁護士でない人が報酬目的で法律相談や契約などを行うことは「非弁行為」として弁護士法で禁止されている。

これに違反したという容疑での立件が相次いでいる。

なぜ、弁護士が“2次被害”に関わるのか。

今回、同様の事件で検挙された弁護士が、匿名を条件に初めて取材に応じた。
この弁護士は小規模な事務所を経営し、これまで知り合いのつてなどで主に民事事件を受けて生計をつなぐ、いわゆる「町弁」として活動していた。

その後、詐欺被害の回収業務で「非弁行為」をさせたとして弁護士法違反の疑いで逮捕、起訴され、1審で有罪判決を受けて控訴中だ。

なぜこうした事態になったのか。

弁護士によると、きっかけは2021年9月ごろ。

数年前まで働いていた元事務員から「詐欺被害者の救済のための活動をやりませんか」と提案された。

元事務員からは「SNS型投資詐欺の被害が拡大しているが、相談窓口がない。インターネットを通じて広告を出せば依頼者が相当来るはずだ」と説明された。

弁護士は「人のためになるなら」と受け入れることにしたという。

ネット広告と電話応対専門の事務員を紹介され…

1か月後、元事務員から新たな事務員など数人を紹介された。

別の法律事務所で被害金の回収業務をした経験がある人材などもいて、ネット広告の準備や、被害者からのSNSや電話の連絡受けなどすべて行うという。

ネット広告の経験がないこの弁護士は、言うとおりに任せることにした。

それ以降、新しい事務員は交代で事務所に来て、弁護士は被害者と面談をした上で契約し、着手金の支払いを受けたという。

スタートからおよそ2か月後。

事務所の口座を見ると自分が契約した件数よりも格段に多い着手金が振り込まれていた。

問い詰めると元事務員は、戸惑いながら話したという。
元事務員
「新しい事務員たちが別の場所にオフィスを立ち上げ、そこで大量に契約をしている」
元事務員から聞いた話では、弁護士事務所で受けていた依頼はほんの一部で、別のオフィスで人を動員して受けていたという。

弁護士の名義でウェブを経由して次々と契約し、弁護士が気付いた時点で、契約した被害者は100人近くに上っていた。
弁護士
「驚いたが、このときは『非弁行為』にあたるとまでは考えず、後で面談など必要な手続きを進めればよいと考えていた。いま思えば、この段階で業務を止めるべきだった」

増え続ける契約に対応できず

ネット上での大々的な広告展開とコールセンターのような業務が知らないうちに機能し、想定を上回る顧客が集まっていた。

被害者からの苦情や契約解除の申し出も続々と出てきた。
苦情
「『被害金のうち7割から8割は確実に戻ってくる』と言われたので契約した」

「着手金を払ったあと、事務所から連絡はなく、お金は戻ってこない」

「最初から可能性が低いと分かっていたら、そもそも着手金を払っていなかった」
やがて弁護士会や捜査機関にも伝わり、弁護士と元事務員らあわせて6人が弁護士法違反の罪で起訴された。

このうち、新しく入った事務員ら3人は被害金を回収できる見込みがないにもかかわらず、着手金としてだまし取った詐欺の罪でも立件された。有罪が確定した者もいれば、裁判で無罪を主張している者もいる。

逮捕された時点の契約件数はおよそ270件、着手金は1億円近くにのぼった。

弁護士は「別オフィスの業務は当初は知らず、気付いた後にやめるよう指導しても勝手に続けられた」と主張している。

一方、起訴された事務員側の1人の代理人に取材すると、「弁護士は別オフィスの立ち上げ当時から知っていたはずだ」と主張していて、食い違っている。

1審判決で裁判長は、弁護士の責任について「持ちかけられた立場だが、断れない状況ではなかった。弁護士の地位を利用した犯行で強い非難にあたる」と指摘した。

弁護士は控訴して裁判を続けながら、今も被害金の回収を行っている。
弁護士
「彼らの目的が着手金を取ることだと見抜けなかった。まさか弁護士を利用して金もうけをしようという人がいるとは思わず、『弁護士の自分はだまされない』という甘い考えがあった。被害者の方たちには大変申し訳なかったと思う」

事件の背景に「非弁屋」の存在

弁護士から名義を借りて法律業務を行い高額報酬を受け取る者たちを、業界関係者は「非弁屋」「非弁業者」などと呼んでいる。

「非弁屋」は法律関係者に人脈を持つほか、最近はネット広告やSNS、電話応対の業務などに詳しい者たちが多いという。

被害の相談が多い東京の弁護士会の1つ、東京弁護士会で「非弁屋」と提携する弁護士への対策を担う小早川真行弁護士は、以下のような広告には注意が必要だと話す。
「非弁屋」との提携が疑われるネット広告

▼弁護士が1人しかいないのに「24時間対応」「全国対応」とうたう。

▼警察庁、金融庁、消費者庁など公的機関のバナーが貼られている。

▼弁護士以外の人物の画像が頻繁に使われている。

▼費用の安さを強調している。

▼所属する弁護士会に登録している電話番号とは別の番号が、相談用の電話番号として記載されている(フリーダイヤルが多い)。
東京弁護士会 非弁提携弁護士対策本部 小早川真行弁護士
「ネット広告を出す事務所の中には、クラウドを使って弁護士本人と会わずに委任契約を勧めるところも多いが、危険だ。どのような場合でも必ず弁護士の事務所に足を運び本人と面会し、本人と紙で契約を結ぶことが重要だ」
一方、弁護士倫理に詳しい早稲田大学大学院の石田京子教授は、日本弁護士連合会が先頭に立って対策に乗り出すべきだと指摘する。
早稲田大学大学院法務研究科 石田京子教授
「弁護士人口が増え、ある程度競争が激しくなっていて、稼げない弁護士が“非弁屋”のターゲットになっていることも考えられる。日弁連は、人材を登用してネット広告の監視を強化するなど、実効性の高い対策を打ち出すべきだ。また、ネット広告について自主的に規定を設けているが、現状に対応できていない。規定の見直しも進める必要がある」
日弁連はことし6月、ネット広告のあり方について議論するワーキンググループを設置し、関連する規定の改正について検討している。

日弁連は「弁護士の逮捕者が出て市民が被害を受けている状況は看過できず、大変重要な問題だ。各地の弁護士会による厳しい指導が必要と考えるが、今まで以上に日弁連がサポートする方法の検討したい」としている。

取材後記

警察庁によると、著名人の名前をかたってうその投資話に勧誘する「なりすまし広告」や「国際ロマンス詐欺」など、SNSを悪用した詐欺の被害額は、ことしに入ってから11月末までにおよそ1141億円に上っていて、去年の同じ時期に比べて3倍に増えている。

このことは同時に、弁護士と「非弁屋」による“2次被害”がさらに増えるおそれがあることも意味している。

詐欺被害に遭った人の動揺と「被害を回復したい」という切実な思いにつけ込んだ事件に、一部の弁護士が加担している実態がかいま見えた。

このような被害を生み出す構造について、今後さらに深く取材を進めていきたい。
社会部記者
倉岡洋平
2010年入局
松江局、青森局、札幌局を経て2019年から社会部
国税、警視庁、公正取引委員会の取材担当を経て、現在は遊軍としてさまざまな事件取材に携わる
社会部記者
出原誠太郎
2018年入局
福島局を経て、2023年から社会部
現在は司法クラブで裁判取材を担当