相次ぐ工場閉鎖 中国「過剰生産」の実態とは?

相次ぐ工場閉鎖 中国「過剰生産」の実態とは?
EV=電気自動車や太陽光パネルの価格がいま下落しています。

中でも太陽光パネルはこの1年半で価格が半分ほどに急落。背景にあるのは中国の「過剰生産」です。

世界の需要を大幅に上回る生産の結果、中国、そして世界でいま何が起きているのか。各国が直面する“トリレンマ”とは?

深刻な影響が広がっている現場を取材しました。

(中国総局記者 下村直人 / ベルリン支局長 田中顕一)

過剰生産によるデフレ輸出が波及

ドイツ東部にある人口およそ4万の都市、フライベルク。

かつては鉱山や精錬業が主力産業でしたが、近年、再生可能エネルギーに関する企業の誘致を進めてきました。
しかしこの春、太陽光パネルの大手メーカーが工場を閉鎖。中国製品との競争で採算が悪化したことなどが理由で、市民からは諦めにも似た声が聞かれました。

「中国の安い製品に対抗するのは難しい。従業員が気の毒だ」

「会社が決めたことだから地元には何もできない」

フライベルク市によると、500人の従業員のほとんどが職を失ったといいます。

フライベルク市の担当者は「工場を誘致した際はとても喜んだ。閉鎖したのはとても残念だ」と話していました。ヨーロッパでは、いま太陽光パネルの工場の閉鎖や操業停止が相次いでいます。

なぜ起きた? 過剰生産

その背景にあるのが中国の過剰生産と、それに伴う価格の急落です。

中国政府は、太陽光パネルをEVやリチウムイオン電池と並んで「新三様」(新・三種の神器)と位置づけ、強力に支援してきました。

地方政府ごとに太陽光発電の導入目標を設定し、メーカーには工場建設への補助金などを支給。この政策によってメーカーどうしの競争は激しさを増し、中国での生産は世界生産の8割を占めるにまで拡大しました。

IEA=国際エネルギー機関によると、ことしの世界全体の太陽光パネルの供給能力は需要の2.5倍に膨らみました。

その結果、中国から輸出される太陽光パネルの単価は2023年4月の103.5ドルからおよそ1年半で52ドルにまで急落したのです。

中国ビジネスにも影響

価格の急落は、過剰生産を引き起こした中国のメーカーにも影響を与えています。

ことし7月、浙江省に本社を置く太陽光パネルメーカーが破綻しました。

実際に工場を訪れましたが、門は閉ざされ、敷地の雑草は伸び放題。工場の壁には穴やひび割れが目立ち、人の気配は全くありませんでした。

会社は破綻の理由についてパネルの値下がりで資金繰りに行き詰まったと発表しています。
厳しい経営環境は中国で生産する企業にも新たな戦略を迫っています。

カナダに本社がある大手メーカーでは浙江省の主力工場で、年間、原発16基分にあたる16ギガワットの太陽光パネルを生産し、製品の70%をヨーロッパなどに輸出しています。

しかし、パネル価格の急落で、会社の利益は大幅に減少。中国事業の責任者は「中国でしか事業ができず、国境を越えて新たなビジネスモデルを構築する方法がなければ、廃業に追い込まれるだろう。とう汰は間違いなく起きる」と厳しい表情で話していました。

こうした中、このメーカーは生き残りを図るため、家庭用蓄電池を手がける子会社を設立。

太陽光発電の電力をためる製品を手がけることで、パネルの売り上げ拡大も見込んでいます。ことし2月には、日本市場にも参入しました。新たな収益源として、シェアの拡大を目指しています。
尹韶文 社長
「グループの資金やブランド、そして豊富で確立されたグローバルな販売ネットワークを活用できる。競争を勝ち抜くため、常に製品を改善し、より競争力のある製品とサービスを提供していく必要がある」

日本の切り札は「ペロブスカイト太陽電池」

過剰生産を続ける中国に日本はどう向き合うのか。

日本は2000年代前半、太陽光パネルの世界シェアでおよそ5割を占めていました。しかし、中国勢に押されて多くの企業が撤退に追い込まれ、直近のシェアは1%未満にとどまっています。

シェアを失った太陽光発電の分野ですが、今、日本は新たな技術に力を入れようとしています。薄くて軽いうえ、折り曲げられるという次世代の太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」の開発です。
注目すべきなのは原材料となるヨウ素。日本は、チリに次ぐ世界2位の産出量で、26%のシェアがあるとされています。

政府は開発や量産を後押しし、2040年には原発20基分に相当する発電規模にまで普及させる目標を掲げています。日本が原材料を持つ製品を普及させ、太陽光発電の分野で中国への依存度が高まる状況を変えていくことができれば、サプライチェーンの強化やエネルギー安全保障の向上につながることも期待できます。

ただ、中国やヨーロッパなどでも量産化を目指す動きが相次いでいます。日本としてはシェアを失ったかつての苦い経験を生かしつつ、スピード感のある対応につなげていけるかが問われることになります。

各国が直面する“トリレンマ”とは?

中国への依存度を減らすという観点では、アメリカやヨーロッパが中国製EVなどへの関税引き上げに踏み切るなど、各国の動きが目立つようになってきています。

ただ、こうした措置は、輸入物価の上昇や自国生産への切り替えなどを通じ、インフレなどを招くおそれもあります。日本総合研究所の野木森 稔 主任研究員は、「脱炭素」に欠かせない新エネルギー関連の製品を中国が安く生産できる状況が各国に難しい対応を迫っていると指摘します。
各国は新エネルギー産業をめぐる「トリレンマ」に直面しているといいます。

「脱炭素」と「脱中国依存」、それに「経済の安定」という3つの政策を同時に達成することが現実的には不可能で、3つのうち1つは諦めなければならない状況だというのです。

たとえば、「脱炭素」と「脱中国依存」を選べば、関税によって輸入価格が上昇したり、自国で新エネルギー関連の製品を生産するコストや国からの補助が膨らんだりして、景気や財政が悪化するリスクが増えることにつながります。つまり「経済の安定」は損なわれるということです。
野木森 主任研究員
「欧米では『脱炭素』と『脱中国依存』の両立を目指す動きが出ているが、できていないのが現状だ。
中国を完全に外してサプライチェーンを構築することはかなり難しくなると思うので、ある程度、中国を受け入れながら依存度を減らす、うまくバランスを取りながら政策を行うことが必要だ」

「過剰生産問題は存在しない」

ことし5月にヨーロッパを訪問した習近平国家主席は、中国の新エネルギー産業は世界のインフレを抑制し、気候変動対策にも貢献していると説明した上で、「過剰生産問題は存在しない」と述べました。

新エネルギー産業の拡大が今後も見込まれる中、中国は市場での支配力を持ち続けるため、過剰生産を容認しているとされています。そしてこの構図は太陽光パネルだけでなく、EVやリチウムイオン電池でも同じで、各国の懸念は強まっています。

来年1月には中国に対してとりわけ厳しい姿勢を示すアメリカのトランプ次期大統領が就任します。米中の対立が先鋭化すれば、中国が原材料の供給を制限するなどのリスクもあります。

不透明感が一段と強まる中、新エネルギー産業をめぐる“トリレンマ”に直面する各国にとって、中国との向き合い方がこれまで以上に重要になりそうです。
中国総局記者
下村 直人
1999年入局 津局 経済部
ロンドン支局などを経て現所属
ベルリン支局長
田中 顕一
2003年入局 ニューデリー支局、ワシントン支局などを経て2022年から現職