トヨタのライバル フォルクスワーゲンが苦境に なぜ?

トヨタのライバル フォルクスワーゲンが苦境に なぜ?
長年、トヨタ自動車と販売台数世界1位を競ってきたドイツの自動車最大手フォルクスワーゲンが苦境に陥っています。

1937年の創業以来初めてとなる国内工場の閉鎖を検討していることが明らかになり、動揺が走っています。

ドイツ経済を象徴する企業はなぜ業績悪化に苦しんでいるのか、ドイツ経済の「映し鏡」ともいえる実態が見えてきました。

(ベルリン支局長 田中顕一)

“輸入車の代名詞”

日本国内の街角でも見かけるフォルクスワーゲンの車。

団塊の世代にとってはあこがれの輸入車、“輸入車の代名詞”的な存在ともいえるかもしれません。飽きの来ないデザインや走行性能が受けて、今でも日本の輸入車の登録台数ランキングで5位以内に入ります。

第2次世界大戦前から続く名門企業

フォルクスワーゲンが創業したのは、第2次世界大戦の前の1937年。

ナチス政権時代に国民車を生産する国営企業としてスタートしました。
会社の名前もドイツ語でVolkは「国民」の意味、Wagenは車を意味しますので、国民車、大衆のための車ということを社名は示しています。第2次世界大戦中はナチス政権の発注で軍用車両を製造していました。

戦後は、耐久性や経済性を売りに躍進し、「ビートル」や「ゴルフ」といった人気の車を開発してグローバル企業へと成長。2010年代以降はトヨタと生産台数で世界1位を競ってきました。

フォルクスワーゲンで何が?

私は苦境の現場を取材しようと2024年9月、ドイツ北部ハノーバーで開かれた労使交渉の会場に向かいました。

「われわれは会社の対応に激しい怒りを感じている!」

フォルクスワーゲンの従業員代表が、経営陣に対して激しい怒りの言葉を口にし、集まった3000人の従業員からは口々に「従業員への裏切りだ」などとの声があがりました。
フォルクスワーゲンは、9月上旬、ヨーロッパ市場の需要の落ち込みや中国のEVメーカーとの激しい競争に勝ち抜くには大規模なコスト削減が必要だと発表。創業以来初めてとなる国内工場の閉鎖も検討していることを明らかにしました。

会社は、ドイツ国内の6つの主要な工場で働く12万人の従業員の雇用を保障する協定も破棄。会社が今後も成長し続けるために従業員が大規模な人件費の削減を受け入れるよう迫っています。

これに対して、労働組合は激しく反発。9月下旬から労使交渉が続いていますが、工場の閉鎖や大規模な人員削減を諦めるよう求める組合側と会社の溝は埋まらず、労使の対立が長期化する様相を見せています。

中国のEV台頭が苦境の要因

経営的に厳しい状況に陥っている大きな要因のひとつは中国メーカーとの競争激化です。
これまでフォルクスワーゲンにとって中国は売り上げの多くを占めるいわゆる「ドル箱」の市場でした。ところが、その中国ではBYDなどのEVが急速にシェアを伸ばし、売れ行きが鈍っています。

会社が10月30日に発表した2024年7月から9月までの決算によりますと、売り上げは前年の同じ時期を0.5%下回って、784億ユーロ余り、日本円でおよそ13兆円でした。

最終的な利益は63.7%減少して15億ユーロ余り、およそ2600億円となりました。
そして、中国のEVメーカーは低価格を売りにヨーロッパの市場にも攻勢を強めています。

10月にパリで開かれたモーターショーでもその姿が目立ちました。EU=ヨーロッパ連合が、中国製のEVに関税をかけようとするにも関わらず、です。

中国だけでなく、おひざ元のヨーロッパ市場でも中国のEVメーカーとの競争を迫られるフォルクスワーゲン。

ドイツの自動車市場に詳しい専門家は、会社が大規模なコスト削減を行おうとしているのは、余裕が無くなっている証しだと指摘します。
ブラッツェル所長
「フォルクスワーゲンは構造的な問題を抱えている。中国ではここ数年EV化のイノベーションで、競争相手(=中国メーカー)が力強く成長した。
これまで中国からドイツのウォルフスブルク(=フォルクスワーゲンの本社)には多額の利益が送金されてきたが、中国での売り上げ減少により、ヨーロッパでの車の生産コストを減らさざるを得なくなった」

揺れる“企業城下町”

ヨーロッパ最大の経済大国で輸出も盛んなドイツを象徴する企業。このメーカーの業績悪化は地域経済にも影響を及ぼしています。

工場を立地する地域のひとつ、中部ヘッセン州バウナタールを訪れました。ここは部品などを主に製造する「カッセル工場」がある人口およそ3万の市です。
取材に訪れるとフォルクスワーゲンとの強い結びつきをあちこちで感じました。

街なかの交差点や警察署、銀行、それに市役所など、多くの人の目に付くところに置かれているのがフォルクスワーゲンの「ビートル」の模型。
中心部には、フォルクスワーゲンの「シロッコ」という車の実物が飾られている、その名も「ホテルシロッコ」がありました。このホテルの利用客の80%はフォルクスワーゲン関連の客。

オーナーが見せてくれた宿帳には、平日はびっしりと予約で埋まり、週末はほとんどお客がいない様子が一目瞭然でした。
ウェルナーさん
「ここは観光の街じゃない。フォルクスワーゲンがあってこそ成り立っている街だ。もし、工場が閉鎖したらそれはわれわれの廃業を意味する」
バウナタールは巨大メーカーがもたらす豊かな税収で潤ってきました。

その象徴がサッカースタジアム。8000人も収容できる、この街の規模からすれば立派なスタジアムで、客席には屋根も。

こうしたスタジアムは自治体が建設し、地元のスポーツクラブが管理も含めて運営することが一般的ですが、バウナタールの場合は、維持管理費は市が負担しています。

スタジアムには「フォルクスワーゲンが地域を強くする」というメッセージが掲げられていました。

スポーツクラブの幹部は、バウナタールではこうした充実したスポーツ施設があるだけではなく、「キタ」と呼ばれる保育所を無償化したこともあり、近隣から移住してきた人も多いと明かしました。

大規模解雇の観測も 苦慮する市長

バウナタール市によると、およそ3万の人口のうち4分の1はフォルクスワーゲンの関係の仕事に就いています。工場が閉鎖されたり、大規模な人員整理が行われたりしたら、地域経済への影響は避けられません。

工場ではおよそ1万7000人が働いているとされていますが、市によれば3000人が解雇されるという情報もあるということです。
市長は、地元経済界の代表などと対策会議を重ねていますが、メーカー側が何を計画しているのかがわからず、先行きが見通せないことにもどかしさを感じているようでした。

大幅な税収減や地域経済の衰退を避けるため、近隣の自治体のトップとも意見を交わし、今後、会社に影響を最小限に抑えるよう申し入れる方針です。
リヒター市長
「フォルクスワーゲンとの共生関係がこの市の発展を可能にしてきた。メーカーが好調であれば、市も上り調子。だからこそすばらしい公共施設も整備できた。工場の継続と解雇を最小限におさえるため全力を尽くしていく」

低迷するドイツ経済の縮図?

ただ、メーカーは、工場の閉鎖を依然として選択肢から外していないようです。

11月21日に行われた3回目の労使交渉のあと、労働組合の幹部は会社が依然として閉鎖の計画を諦めていないと指摘しました。

フォルクスワーゲンは中国のEVメーカーとの競争だけではなく、ロシアのウクライナ侵攻後、ロシアからドイツへの安価な天然ガスの供給が途絶えたことによるエネルギー価格の高騰や割高な人件費という構造的な課題も抱えています。

ドイツのGDP=国内総生産の成長率は2023年がマイナス0.3%で、2024年もマイナス0.2%のマイナス成長が見込まれています。2年連続のマイナス成長となれば、2000年代の経済の低迷で「欧州の病人」と呼ばれて以降2度目となります。
現在の問題の背景にあるとされるのが、ドイツ経済を支えてきた中国などへの輸出の不振やエネルギー価格の高騰で、これまでのドイツの成長モデルが上手くいかなくなっていることが伺えます。

フォルクスワーゲンの苦境はドイツ経済の「映し鏡」ともいえる状況となっているのです。専門家は、フォルクスワーゲンの苦境はほかのドイツ企業も陥る可能性があるとして、次のように話します。
「自動車マネージメントセンター」ブラッツェル所長
「ドイツの自動車メーカーだけでなく、ドイツが再び競争力を高め、力強い経済を取り戻せるかは、今後数年間が決定的に重要だ。
ドイツの軌道修正のために政府、産業界、さらには労働組合のパートナーシップが欠かせない」
ドイツは再び「欧州の病人」となるのか。

ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、ヨーロッパ最大の経済大国ドイツ経済の減速はほかの国への波及や、政治の不安定化にもつながり、ドイツだけの問題にとどまらなくなります。

フォルクスワーゲンの経営問題を取材し、その課題の根深さをまざまざと実感しています。
(11月1日 ニュースウオッチ9で放送)
ベルリン支局長
田中 顕一
2003年入局 ニューデリー支局、ワシントン支局などを経て2022年から現職