世界で話題の「ドラギレポート」って?

世界で話題の「ドラギレポート」って?
ことし9月に公表された、ある報告書が、世界で話題となっている。

通称「ドラギレポート」。ヨーロッパ中央銀行の総裁やイタリアの首相を務めたマリオ・ドラギ氏が監修したため、そう呼ばれている。

約400ページにも及ぶ報告書から見えてきたのは、温暖化対策で世界をリードしてきたEU=ヨーロッパ連合が直面している厳しい現実だ。

ドラギレポートとは、いったいどういう内容なのか。そして日本に投げかける課題をひもとく。

(経済部記者 名越大耕)

ドラギレポートとは

ドラギレポートの正式名称は、「The future of European competitiveness」(ヨーロッパの競争力の未来)。

EUがヨーロッパの産業競争力の強化に向けてドラギ氏に作成を依頼し、ことし9月に公表された報告書だ。

マリオ・ドラギ氏とは

マリオ・ドラギ氏はもともとエコノミストで、ヨーロッパ中央銀行の総裁を長く務めたあと、イタリアの首相にも就任した経歴を持つ。

ヨーロッパ中央銀行の総裁を務めていた当時は、深刻化していた「ギリシャ危機」を乗り切るための陣頭指揮を執り「スーパーマリオ」とも呼ばれた。

今回、EUはこうした経歴から、ヨーロッパを代表する経済の専門家として、ドラギ氏に経済の処方箋を求めたのだ。

競争力強化の方策を示す

報告書の序文は、こんな文言から始まる。
「ヨーロッパは今世紀に入ってから、成長の鈍化を懸念してきた。成長率を上げるためのさまざまな戦略が生まれては消えてきたが、そのトレンドは変わらなかった」
報告書はアメリカなどに比べて、ヨーロッパの経済成長が鈍化していることへの強い危機感を示し、その解決策を探る内容だ。

産業競争力の強化に向けて、イノベーションを加速させ、新たな成長産業を生み出していく必要性を説くとともに、経済安全保障の観点から中国を例に挙げて特定の国への依存度を低減することなどを求めている。

さまざまな施策の方向性が盛り込まれた報告書だが、その中でも話題の1つになっているのが「脱炭素化」に関する内容だ。

温暖化対策の負の側面を指摘

EUは2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げ、脱炭素社会の実現に向けて世界でも先導的な役割を果たしてきた。

脱炭素化を進めながら経済成長を目指す「グリーンディール」と呼ばれる政策も進めてきた。

ただこのところEU各国の国内では、気候変動対策や環境規制が生産コストの増加と国際競争力の低下につながっているとして反発も強まっている。

これについて、ドラギレポートは「EUの脱炭素に関する目標は、競合する国々に比べて野心的であるとともに、ヨーロッパの産業にとっては短期的に追加のコストをもたらしている」と明記した。

脱炭素の目標達成に向けて、産業界がアメリカや中国などに比べて多額の投資を強いられ、大きな負担となっていることを認めたのだ。

また成長分野として位置づけてきた「クリーンテック」の分野に対する懸念も盛り込んだ。
ヨーロッパは技術開発では先導的な地位にあるものの、太陽光や風力、EV=電気自動車などの市場では、過剰生産を続ける中国企業にシェアを奪われる可能性を指摘。

特に自動車分野は産業政策を伴わずに気候変動対策を適用した失敗例として挙げた。

そして「脱炭素化がヨーロッパの産業空洞化につながる場合、その政治的な持続可能性が危うくなる可能性がある」として、従来の温暖化対策の見直しの必要性を迫ったのだ。

ヨーロッパが取るべき対策とは

では、どう見直すべきだというのか?ドラギレポートは「野心的」とも言われる脱炭素の目標を見直すのではなく、その目標と一貫性のある産業政策の必要性を訴えている。
クリーンテックへの支援を見直し、産業によって異なる戦略を使い分け、主導権を握っている技術や戦略的な技術に支援を集中すべきだと指摘した。

また特定の技術を排除せず、費用対効果の高い方法で脱炭素化を加速させるべきだとした。

「再生可能エネルギー」「原子力」「水素」「バイオエネルギー」「CCUS(二酸化炭素を回収・貯留・利用する技術)」といったあらゆる方策を、公的資金と民間資金の両方で支えるべきだと指摘している。

さらに化石燃料の1つ「天然ガス」の重要性も指摘。

中期的にも火力発電の燃料として利用され続けることを前提に、共同調達を行うなどして価格の変動を抑える必要性を明記した。

そしてクリーンテックだけでなくAIなどのデジタル分野も含めて、産業競争力の強化に向け、年間で最大8000億ユーロ、日本円にして120兆円以上の追加の投資が必要だ、とする試算を紹介した。

日本の経済界でも話題に

脱炭素の先進地、EUで示された、見直しの機運。

日本でも10月、国のエネルギー基本計画の改定に向けた経済産業省の有識者会議でその内容が紹介された。

参加者の1人からは「世界をリードしてきたはずのEUでも負の面が出てきた。脱炭素化と産業競争力の両立という現実的な政策が必要だ」といった発言も出された。
現在のエネルギー基本計画では、2030年度の電源構成について、▽太陽光や水力、風力などの「再生可能エネルギー」を全体の36~38%と、現在より10ポイント以上増やす一方で、▽化石燃料による火力発電を41%と、現在より30ポイント以上、減らすことを目指している。

ただ、直近の2021年度から2022年度にかけては▽再生可能エネルギーの割合は、1ポイントあまりしか増えていない一方で▽火力発電はほぼ横ばいだった。

日本においても、再生可能エネルギー、火力、原子力の構成をどうするのか、改めて検討が迫られている。

ヨーロッパが抱える「脱炭素化の理想と現実」を浮き彫りにした、ドラギレポート。

11月のアメリカ大統領選挙の結果によっては、アメリカでも気候変動対策が大きく変わる可能性がある。

日本は脱炭素社会の実現に向けてどういった道筋を描いていくのか。

2040年度の絵姿を示す、新たなエネルギー基本計画の議論がことしの年末に向けて山場を迎える。

(10月17日「ニュースーン」で放送)
経済部記者
名越大耕
2017年入局
福岡局を経て現所属
AI、IT、携帯キャリアなど民間企業を担当後、
現在は経済産業省、資源エネルギー庁を担当