新大統領は“マルクス主義者”?スリランカで何が?

新大統領は“マルクス主義者”?スリランカで何が?
2年前、深刻な経済危機から大規模な抗議デモが起き、大統領が国外に脱出する事態となったスリランカ。

経済の立て直しを最大の争点に、ことし9月に行われた大統領選挙で現職を破って当選したのは、“マルクス主義者”とも評される左派政党の党首でした。

これまでの政策の転換を訴える新たな大統領はいったいどんな人物なのか。実は日本とも関わりの深いスリランカはどこへ向かうのか。現地で取材しました。

(ニューデリー支局記者 山本健人)

スリランカってどんな国?

スリランカはインドの南、インド洋に浮かぶ島国です。

北海道の8割ほどの国土におよそ2200万人が暮らしています。政治や経済の中心は南西部の沿岸に位置する最大都市コロンボで、コロンボの近郊に首都のスリジャヤワルデネプラ・コッテがあります。

多民族・多宗教の国家で、人口のおよそ70%をシンハラ人を中心とする仏教徒が占めています。このほか、タミル人が中心のヒンドゥー教徒がおよそ13%。イスラム教徒が10%、キリスト教徒が8%となっています。

仏教寺院などの世界遺産があるほか、イギリスやオランダの植民地だったなごりで、ヨーロッパ風の風情もあります。「セイロンティー」で知られる紅茶や、サファイアなどの宝石も有名で、コロナ禍後の2023年は149万人の外国人観光客が訪れました。

経済危機で大統領が国外脱出 いったいなぜ?

スリランカは2022年、経済的に大きな混乱に陥りました。
インフラ整備を進めるために政府が借金を繰り返し、対外債務の残高は2021年末の時点で507億ドルに。新型コロナウイルスの影響による観光客の激減なども重なり、深刻な外貨不足となったのです。

ロシアによるウクライナ侵攻で原油価格が高騰する中、ガソリンなどの燃料費も値上がりしたほか、食品や医薬品などの生活必需品の輸入も滞るようになりました。

こうした経済危機の根本的な原因は財政運営の失敗や汚職などにあるとして、政権の退陣を求めるデモが発生。

当時のラジャパクサ大統領が国外に脱出する事態となったのです。

新大統領 ディサナヤケ氏ってどんな人?

その2年後、ことし9月に行われた大統領選挙で当選したのが、アヌラ・クマラ・ディサナヤケ氏(55歳)です。

スリランカでは、名前の頭文字をとって「AKD」と呼ばれています。
仏教の聖地としても知られるスリランカ北中部アヌラーダプラ県の農村で育ったディサナヤケ氏。

家は決して裕福ではありませんでしたが勉学に励み、大学にまで進学します。当時、暮らしていた村から大学に進学にしたのはディサナヤケ氏が初めてだったと言われています。

現在、党首をつとめる左派政党「人民解放戦線」に出会ったのは、大学での学生運動を通じてでした。

「人民解放戦線」はマルクス主義を掲げ、1970年代から80年代にかけて政府に対する武装闘争を繰り返してきました。このため、ディサナヤケ氏は海外メディアなどから“マルクス主義者”と評されることもあります。
ただ、ディサナヤケ氏自身は、2014年に党首になって以降、「人民解放戦線」を現実的な左派勢力へとイメージの転換を図っていて、外交筋も「いまのところ、極端な思想をそのまま政治に反映させようという様子はみられない」との見方を示しています。

なぜディサナヤケ氏が勝った?

大統領選挙で最大の争点となったのは、2年前の経済危機後に大統領に就任したウィクラマシンハ氏が進めてきた緊縮政策の是非でした。
財政の健全化などを条件にIMF=国際通貨基金から4年間でおよそ30億ドルの金融支援を取りつけたウィクラマシンハ氏は経済を立て直したと実績をアピール。

ただ、増税や電気代、ガソリン代の値上げを伴った緊縮政策で、生活はかえって圧迫されているとして、国民の間では不満が高まっていました。こうした中で、緊縮政策を厳しく批判し「IMFとの合意を見直す」と訴えたディサナヤケ氏が急速に支持を伸ばしたのです。

選挙戦最終盤、コロンボ近郊で行われたディサナヤケ氏の選挙集会は、政権交代を求める有権者で会場周辺の道路まで埋め尽くされていました。
参加した支持者からは「ディサナヤケ氏ならIMFの要求をわれわれに合った条件だけ受け入れてくれる」とか「増税などで生活が苦しい。こうした状況を変えてくれるに違いない」などといった期待の声が多く聞かれました。

“貧困層”が4人に1人にまで拡大?

2023年には人口の25.9%、4人に1人が貧困ラインを下回る生活を余儀なくされていたとみられるスリランカ。(世界銀行まとめ)

コロンボ近郊で夫と2歳、6歳、10歳の3人の娘たちと暮らすシャミラ・イクバルさん(33歳)は、低所得者が多く暮らす地域の一角にある平屋建ての家に住んでいます。
住宅が密集していて日当たりが悪いため、日中でも部屋の中は薄暗かったのですが、シャミラさんは「物価だけでなく、水や電気の料金も急に高くなりました。少しでも電気代を節約するため、暗くても部屋の明かりはなるべくつけないようにしています」と話していました。

建設現場で、日雇いの仕事で働く夫の月収は3万5000スリランカルピー、日本円にしておよそ1万6000円。スリランカの平均月収のおよそ半分です。夫の稼ぎでなんとかやりくりをしてきましたが、この2年間、暮らしはますます苦しくなっています。

食費を抑えようと食事の量を減らし、3人の子どもたちは1枚の皿に盛った豆のカレーを分け合っています。生活費を工面しようと冷蔵庫も売りました。それでも家計は赤字が続き、この2年間で借金は16万円に。

夫の年収に近い額にまで膨れ上がった借金の返済が重くのしかかっていて、このままでは、長女を学校に通わせる経済的な余裕がなくなるといいます。
イクバルさん
「長女の学費を捻出するのが厳しくなってきました。あすの試験が、長女が受けられる最後の試験になるかもしれません。
私たちは経済的にどん底に落ちました。だれが大統領になろうとも、この状況を変えてもらわなければ困ります」

政策の転換どうなる?

ディサナヤケ氏は選挙戦で「IMFとの合意の見直し」を掲げてきました。

具体的にどう見直すつもりなのか、新政権で首相に任命されたハリニ・アマラスリヤ氏に直接、尋ねました。
アマラスリヤ新首相
「IMFが出した条件はとても画一的で、スリランカの状況に合わせてつくられていません。具体的にどのように財政収支を均衡させるか、どこで、どのように支出を削減するのか、債務再編の責任は誰が負うのか。
これらのことはすべて、その国特有の事情を考慮して、交渉する必要があります。われわれは、前政権がIMFと合意する前に、そのようなプロセスを経たとは考えていません」
アマラスリヤ氏はスリランカの実情に沿った支援を求めていくと強調しました。

一方で、ディサナヤケ氏が率いる左派勢力は現在、225議席ある議会で3議席しかありません。

このため、議会を解散に踏み切り、11月14日に実施される総選挙で議席を大幅に増やして、政権を安定させるとともに、IMFとの交渉などを優位に進めたいねらいがあります。

ただ、IMFとの交渉の行方によっては、債務問題の解決に向けた債権国との協議が停滞する可能性もあると、専門家は指摘しています。
フェルナンド氏
「IMFは、合意の中でスリランカの債務の返済能力が持続的であることを保証していますが、再交渉することになれば、債権国側も債務再編の内容を見直さなければいけなくなります。
スリランカが2022年4月に債務返済を停止してからの2年間で、利息が16億ドルにまで膨らみました。債務再編が遅れれば、さらに利息が増えて債務負担が一段と深刻化します」

日本も他人事ではない?

実は日本は、スリランカにとって中国に次ぐ債権国、つまり中国に次いで2番目に多くお金を貸している国です。

こうしたことから、主要な債権国である日本やインドなどはスリランカの債務問題に向けた枠組みを主導してきました。
ことし7月には、債務の再編に関する2国間の締結に向けたスリランカ政府の意思が確認できたとして、経済危機以降、中断していた円借款による事業の再開を発表。

コロンボ近郊にあるバンダラナイケ国際空港で、JICA=国際協力機構がおよそ744億円の円借款を供与して、新ターミナルの建設など空港機能の拡張を図る事業も再開されることが決まりました。

今後、主要事業者を選定し2028年ごろの完成を目指すということで、長年の課題となっていた空港の混雑を解消し、主要産業である観光の振興にもつながると期待されています。

ただ、新政権とIMFの交渉の行方によっては、こうした円借款事業にも影響が及ぶ可能性があります。

取材を終えて

スリランカは面積や人口規模から見ると小国ですが、アジアと中東、アフリカを結ぶインド洋の海上交通路=シーレーンの真ん中にあり、石油などの資源や食料などの輸送路として海運の要衝となっています。

このため、隣国インドや巨大経済圏構想「一帯一路」を掲げる中国が影響力を競ってきましたが、過剰な投資が経済危機を招いたとも指摘されています。

窮状を訴えていたイクバルさんの長女は「将来の夢は医者になることです」と、私たちに教科書やノートを見せながら、少し恥ずかしそうに話してくれました。
現地で取材をしていて感じたことは、経済危機の影響を最も強く受けているのが、貧困層などもともと社会の中でぜい弱な立場にいる人たちだということでした。

いまも子どもたちの教育や健康に深刻な影響が及んでいます。

スリランカがみずからの国益を追求し、経済の立て直しと国民の生活の改善を両立できるのか、新政権の動向を注視していきたいと思います。

(9月21日 おはよう日本などで放送)
ニューデリー支局 記者
山本 健人
2015年入局 初任地・鹿児島局、国際部を経て現所属
バックパッカーだった学生以来、8年ぶりのインドで取材