【詳報】中国 日本産水産物の輸入再開へ 日中両国が合意

東京電力福島第一原発にたまる処理水の海洋放出をめぐり、岸田総理大臣は記者団に対し、IAEAの枠組みのもとでの追加的なモニタリングの実施を踏まえ、中国が安全基準に合致した日本産水産物の輸入を再開させることで日中両国が合意したことを明らかにしました。

岸田首相「規制即時撤廃に変わりない」

福島第一原発にたまる処理水の海洋放出の開始以降、中国が日本産水産物の輸入停止措置を続けていることから、岸田総理大臣は、IAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長と、20日午後3時すぎから電話で会談し、今後の対応を協議しました。

会談のあと岸田総理大臣は、記者団の取材に応じ、IAEAの枠組みのもとで行っている処理水のモニタリングを拡充し、中国を含む参加国の専門家による水のサンプリング採取や分析機関の間での比較などを追加的に実施していくことで一致したと説明しました。

その上で「関連して中国との間でも事務レベルで協議してきており、きょうまでに一定の認識を共有するに至った」と述べ、追加的なモニタリングの実施を踏まえ、中国が自国の食品に関わる安全基準に合致した日本産水産物の輸入を再開させることで日中両国が合意したことを明らかにしました。

そして輸入の具体的な再開時期について「具体的にいつまでにとは明らかになっていないが、輸入が着実に回復されるものであると理解している」と述べました。

また中国がどのような安全基準で対応するのかについて「既存の食品安全性や品質にかかる基準を指すものと思うが、特定の国に差別的なものでない旨、中国側から確認した」と述べました。

その上で「わが国の立場が規制の即時撤廃であることに変わりはなく、今回の発表を撤廃につなげていきたい」と述べ、日本産水産物の輸入停止措置そのものの撤廃も引き続き求めていく考えを強調しました。

IAEAの枠組みのもとでのモニタリングには、中国や韓国、それにフランスなど8か国の専門家が参加してきました。

採取した海水などのサンプルを各国の研究機関に持ち帰って分析し、その結果を比較する手法で、安全性を確かめていました。

19日の合意では、これを拡充し、今後はサンプルを採取するポイントを2か所から3か所に増やすほか、希望した国は直接、海水などを採取できるようになります。

これにより、IAEAの枠組みは維持したまま、中国を含む各国が調査・分析に関わる機会が増えることになります。

中国外務省「ただちに全面的輸入再開を意味しない」

中国外務省は20日、処理水をめぐり、日本側と4つの点で一致したと発表しました。

この中では日本側が、中国などすべての利害関係国の懸念に基づき、IAEA=国際原子力機関の枠組みの中で、長期的な国際モニタリング体制を構築することや、中国などが参加して独立したサンプル採取を行い比較分析することなどが盛り込まれています。

その上で中国は科学的な根拠を元に基準を満たした日本産の水産物の輸入を段階的に再開するとしています。

中国政府は処理水を「核汚染水」と呼んで「予防措置をとって国民の健康を守るのは完全に正当だ」として、輸入停止措置の正当性を主張してきました。

これに対して日本政府は「科学的な根拠に基づいていない」として即時撤廃を求め、日中両政府の間で協議が続けられていました。

中国外務省の毛寧報道官は記者会見で「日本の海洋放出に断固反対するという中国の立場に変わりはない。今回の合意は日本が責任を履行し放出による潜在的なリスクを効果的に防ぐよう促すものだ」と強調しました。

また、日本産水産物の輸入停止措置について毛報道官は「目的は国民の健康を守ることだ」とした上で、「今回の両国の合意はただちに全面的に日本産水産物の輸入を再開することを意味しない」と述べ、段階的な輸入再開については中国側が提示する要求を十分に満たすという前提のもとで実施する方針を示しました。

中国政府はモニタリング活動の実施について今後、日本側と検査方法など技術面について検討を続けていくとしています。

処理水放出の経緯 安全性の検証は

福島第一原発では、2011年3月の事故直後から発生している汚染水を処理したあとに残るトリチウムなどの放射性物質を含む処理水が130万トン余り保管されています。

政府は廃炉作業を進める上で処分は避けて通れないとして、基準を下回る濃度に薄めた上で海に放出することを決め、東京電力が去年8月から放出を始めました。

東京電力によりますと、先月25日までに、8回の放出を行い、あわせて6万2631トンを放出したということです。

また、放出したトリチウムの総量はおよそ10.2兆ベクレルで、年間の最大値として設定している22兆ベクレルを下回っています。

トリチウムは一般の原発からも放出されていて、経済産業省によりますと、中国でも2021年に泰山原発で218兆ベクレル、陽江原発で112兆ベクレルが液体として放出されているということです。

福島第一原発の放出量はこれらを下回っていて、経済産業省は、国内外の多くの原子力施設からの年間の放出量と比べても低い水準だとしています。

東京電力や国などは、原発周辺で定期的に海水を採取しトリチウム濃度を分析していて、これまでに検出された最大値は1リットルあたり29ベクレルと東京電力が自主的に放出の停止を判断する基準の700ベクレルや、WHO=世界保健機関が定める飲料水の基準の1万ベクレルを大幅に下回っています。

また、水産庁が原発周辺で行っている魚の分析では、これまでのところ検出できる下限に設定された1キロあたりおよそ10ベクレルをすべて下回っています。

一方、IAEA=国際原子力機関は、日本政府の要請を受けて安全性の検証を行ってきました。

放出開始の前から中国や韓国といった周辺国やアメリカなど11か国の専門家が参加する調査団を現地に派遣し、去年7月、日本の放出計画について「国際的な安全基準に合致している」とする包括的な報告書を公表しています。

また、去年8月の放出開始以降は、福島第一原発に事務所を設けて独自に放出する前の処理水の分析や、敷地近くの海水のモニタリングを行っていて、ことし7月には、処理水の海洋放出は引き続き国際的な安全基準に合致しているとする報告書を公表しています。

ホタテ ナマコ マグロ 輸出がゼロに

中国への日本産水産物の輸出額は、中国が輸入を停止する前のおととし1年間では、871億円に上り、最大の輸出先でした。

しかし、去年9月以降は、主力のホタテやナマコ、マグロなどは輸出がゼロになり、真珠やサンゴといった食用ではない品目の輸出にとどまっています。

特に影響が大きいのがホタテで、輸入が停止される前の去年1月から7月までの中国への輸出額は260億円に上っていましたが、ことしはゼロとなっています。

中国の輸入停止措置の影響で、日本産水産物の世界全体への輸出額も押し下げられていて、ことし1月から7月にかけての日本産水産物の世界全体への輸出額は1935億円で、去年の同じ時期より2割程度、減っています。

こうした状況を受けて、政府は、中国に対し、規制の即時撤廃を粘り強く求めるとともに、中国以外の販路拡大を支援するなどの対応をとってきました。

全漁連「解除に向けた道のりの入口」

全漁連=全国漁業協同組合連合会の坂本雅信会長は「中国による日本産水産物の輸入全面停止措置の解除に向けた一定の前進と受け止める」と評価した上で「今回の発表は、あくまで解除に向けた道のりの入口に立ったものに過ぎない。政府は、影響を受けている全国の漁業者の窮状をしっかりと受けとめ、早急な解除に向け、引き続き全力をあげて取り組んでいただきたい」というコメントを発表しました。

青森県漁連「漁業者や加工業者にとっては朗報」

青森県漁連の二木会長は「漁業者や加工業者にとっては朗報であり、前向きな形で中国が輸入を再開することに組合員も安心している」と述べ、県産のナマコやホタテの輸出再開に期待を示しました。

特に「黒いダイヤ」とも呼ばれ、中国で高級食材として人気のナマコについては、県によりますと、去年10月からことし3月までの漁獲金額がおよそ16億9300万円と、前の年の同じ時期を10億円あまり下回りました。

二木会長は「中国が買うようになれば価格も上昇して、漁業者や加工業者もそれなりに安定した収入が得られるのではないか」と話していました。

中国政府の主張は

中国政府は、去年8月24日、東京電力福島第一原発にたまる処理水の海への放出が始まった直後に、日本産水産物の全面的な輸入停止を発表しました。

日本政府はこうした措置について「科学的な根拠に基づいていない」として即時撤廃を求めていましたが、中国政府は一貫して処理水を「核汚染水」と呼び「食品の安全と国民の健康を守るために、完全に正当で合理的かつ必要なものだ」と主張していました。

IAEA=国際原子力機関は、周辺海域でのモニタリングのデータなどもふまえ、国際的な安全基準に合致しているとする報告書を公表していますが、中国は、みずからが関わる「独立した長期の国際モニタリング体制」を確立するよう日本側に求めていました。

中国政府の幹部は9月16日から始まったIAEAの年次総会でも処理水を「核汚染水」と呼び放出に反対する従来の主張を繰り返していました。

一方、処理水の放出をめぐっては、中国の国営メディアが日本の対応を批判するキャンペーンを展開し、放出が始まったあと、中国国内の日本人学校に石などが投げ込まれたほか、北京にある日本大使館などに嫌がらせの電話が相次ぎ、対日感情への影響も続いています。

中国メディア 批判のトーン抑えた記事も

中国では処理水の放出をめぐり国営メディアなどが日本の対応を批判するキャンペーンを展開してきましたがこうした報道に一部で変化が出ています。

中国共産党系のメディア「環球時報」はこれまで日本の対応を強く批判してきましたが、19日は、批判のトーンを抑えた記事を配信しました。

この記事では、中国政府が日本政府などと協議を積み重ねたあと、日本側がさらに対策を講じるようになったなどと強調しています。

また中国や利害関係者の推進のもと、IAEA=国際原子力機関による福島でのモニタリングが展開され中国やロシア、韓国の分析機関が参加したことなどを紹介しています。

さらに中国が管轄する海域で行っている放射性物質のモニタリングの結果でも異常は見られていないことに言及しています。

その上で「われわれは海洋放出には反対だがだからといって『海』や『核』と聞いただけで態度を変えるべきではなく、理性をもって科学的な態度で対処しなければならない」と指摘しています。

そして、「国際的なモニタリングを絶えず強化することで、海洋放出が引き起こす可能性があるリスクを防ぐことができると信じている」などとしています。

中国共産党系のメディアがこうした記事を配信した背景には日本産水産物の輸入再開に向け、中国国内の世論など環境を整える狙いもあるとみられます。

中国市民も期待と不安

中国の首都、北京では先月、日本の回転ずしチェーンの店舗がオープンしましたが、日本以外の水産物を提供しています。

20日も店の前に多くの客が列を作っていて、日中両国の合意について期待の一方で、不安の声も聞かれました。

このうち50代の客は「新鮮な日本産が輸入されれば、日本ブランドのこの店ともぴったりだし、期待しているのでまた来ます。私は日本の品質を信じています」と歓迎していました。

一方、30代の客は「日本産の水産物が入っている物と入っていない物があれば、当然、入っていない物を選ぶでしょう」と話し、20代の客は「数値が正常でも少し不安です。日本以外の海にもたくさん質の高い海鮮はあります。むしろ心理的な要素が大きいかもしれません」と話していました。

上海の日本料理店 日中間の合意歓迎も輸入再開進むか不安

上海にある日本料理店の日本人シェフは今回の日中間の合意を歓迎する一方、輸入の再開が着実に進むかどうか不安も感じています。

上海中心部で谷口義忠さんがオーナーシェフを務める海鮮などが人気の日本料理店は、1年以上日本からの水産物を全く仕入れられない状態が続いています。

谷口さんは、中国で仕入れた魚で代用したり調理方法を工夫したりして対応してきましたが、中国が日本産水産物の輸入を停止する前と比べると中国人客は8割ほど減っていて売り上げに大きな影響が出ているということです。

今回の日中間の合意を受け、谷口さんは「日本の魚は世界で最高の魚だと思うので、お客さんに提供できるようになるのは、ありがたいです。お客さんにアピールしていきたいと思います」と話していました。

一方で、「今後も途中で止まるかもしれないという不安は正直あります」と話し、仮に輸入が始まっても、状況によっては再び停止してしまう事態を懸念していました。