時短で降格!? 母親たちが直面する“チャイルドペナルティー”

時短で降格!? 母親たちが直面する“チャイルドペナルティー”
「100%家事育児の私には、正社員は難しい」
「夫の転勤を機に仕事を辞めた」

求職中の母親たちの声です。

親が子どもをもったことで、キャリアが失われるなど不利な状況に陥る現象は「チャイルドペナルティー」と呼ばれています。男女双方に生じうるものですが、日本ではとりわけ女性が、出産を機に仕事か子どもかを選ばなければならない状況が今も続いてます。

なぜこうした状況はいまだ是正されないのか。
そして解消のためには何が必要なのでしょうか。

(社会部記者 平山真希・おはよう日本ディレクター 吉住匡史)

育児のための時短は罪なのか…

2人の子どもの母、横井曜子さんです。共働きで、6歳と2歳の女の子を育てています。

横井さんが職場で不利な状況にあると感じたのは長女の出産後のことでした。
それまで製薬会社の営業職として10年以上のキャリアを積んできていた横井さん。出産・育休から復帰し、短時間勤務で働き始めました。すると思いがけない事態に直面しました。

これまでに経験したことのない低い人事評価を突きつけられたのです。その大きな理由の一つが、長時間労働ができないことだったといいます。さらに上司からは「このままの評価が続けば降格の可能性がある」と告げられたのです。
横井曜子さん
「短時間勤務で給与が3割減少していて、それは働いていない分、仕方ないと受け止めていましたが、評価まで下げられるのかと憤りを覚えました。短時間でも、それまでの経験を生かして成果は出していたはずなのに…。同僚や先輩たちに認めてもらって、積み上げてきた職位まで下がるかもしれないと聞いた時にはやはりショックでした。評価が、働く時間で区切られてしまうとなったとき、改善方法を見つけることはできませんでした」
夫の仕事も、横井さんのキャリアに大きな影響を及ぼしました。

エネルギー関係の会社で働く夫・雄樹さんの職場では男性社員で育児のために仕事を早く終えるという人は少なく、長時間労働も常態化していました。そのため、育児や家事の負担は横井さんに大きくのしかかっていました。さらに長女が1歳になったとき、雄樹さんは遠方への転勤を命じられたのです。
横井曜子さん
「夫の転勤辞令は絶望でした。長女が1歳になって復職をしてすぐのことで、夫婦共働きでギリギリの生活をしていました。夫の会社に対して怒りを感じました。夫の単身赴任中は本当に倒れそうな日々で精神的に苦しい毎日でした」
2年後、雄樹さんは単身赴任を終えました。しかし、管理職に昇進し責任が重くなったため長時間労働は避けられず、育児の負担は横井さんに重くのしかかり続けました。

「このままでは育児をしながらキャリアアップしていくことは望めない」と当時考えた横井さんは転職を決意しました。夫婦で悩みぬいた末の決断でした。そうしなければ、働きながら2人目の子どもを産むことはできなかったといいます。
横井曜子さん
「会社の仲間とともに成長して、ゆくゆくは管理職も目指したかった。でも、育児をしながらの働き方では評価されないなら、ほかの仕事を探した方が自分自身にとっても会社にとってもいいのかなと思うようになったのです。3人目も考えていましたが、出産し復職した時のトラウマがあり、ためらうようになってしまいました。女性活躍とよく言われますが、チャイルドペナルティーが女性にばかり偏る社会ではそれは難しいと思います」

出産後 所得が減るのは女性

親が子どもをもったことで、所得が減ったり、キャリアが失われたりするなど、経済的・社会的に不利になる「チャイルドペナルティー」は、現在、先進国を中心に広く課題としてとらえられています。

この現象は男女どちらにも生じ得ますが、一般的に女性への偏りが大きく、去年、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカ・ハーバード大学のゴールディン教授が、男女の賃金格差の要因として指摘したことでも注目されました。

とりわけ、その格差が顕著なのが日本です。
財務省の研究機関の推計によると、第1子の出産前後で、男性の所得にはほとんど変化が見られない一方で、女性は約6割も所得が減少し、その後もほとんど回復していませんでした。

同様の研究では、デンマークは約3割、アメリカは約4割の減少で、日本が国際的に見ても減少幅が大きいことがわかります。

長時間労働に転勤 日本に根づく働き方が背景に

なぜ日本では今なおこれほどまでに格差が大きいままなのか。

専門家は、国内の企業に「長時間労働」や「転勤」といった働き方が依然として残っていることが大きな原因だと指摘します。
早稲田大学政治経済学術院 大湾秀雄教授
「日本では『誰かが休んでもほかの社員が引き継ぐ』といったチームで業務を進める働き方や、テレワークにフレックス勤務といった柔軟な働き方がまだまだ浸透していない。長時間労働や転勤など、育児中の女性はできないような“マッチョ労働”を前提とし、それを評価する環境が残っている」
さらに、「男性は仕事、女性は家庭」という意識も依然として根強く残っています。
日本では現在、夫婦共働き世帯は1200万世帯を超えましたが、女性が家事や育児に費やす時間は、男性に比べて約5.5倍に上るという国の調査データもあります。

国際的に比較しても格差が大きく、危機的な状況となっている国内の少子化にもつながっていると指摘します。
大湾秀雄教授
「高学歴化が進むなどして、仕事と育児の両立を理想とする女性は多くなってきているが、1人目や2人目を産んだ女性は、キャリアのことを考えるともう1人産むのは難しいと思うようになる。また、両立に苦しむ上の世代を見てきた若い女性は『子どもを産むとキャリアの追求は難しい』と考えて結婚や出産をせず、国内の少子化が進むという構造となっている。労働力不足のなか、女性が能力を発揮しづらいとなると、多くの企業でイノベーションや生産性の面でネガティブな影響を受けることになり、双方にとってマイナスの状況が続いている」

チャイルドペナルティー解消への模索

チャイルドペナルティー解消を目指し、社員がキャリアと育児を両立して活躍できる環境作りを進めている会社もあります。

その一つ、都内に本社がある大手飲料メーカー・キリンホールディングスでは、かつて、女性社員が結婚や出産後に仕事を続けることに不安を抱くなどして入社5年以内に半数が離職していました。

新たな価値を生み出すには多様な人材が活躍できる組織に生まれ変わらなければならない。そのために、会社では社員の提案をもとに、さまざまな制度を導入してきました。
チャイルドペナルティー解消に向けた制度
▽若手女性中心の「早回しのキャリア形成」
▽育児・介護中の社員の転勤回避制度
▽遠方に転勤でもリモート業務などで転居を伴わなくてもよい制度
▽育休後の一定期間人事評価が下がらないよう保障する制度
▽性別による無意識の偏見や思い込みをなくすための役員・管理職向けの研修 など
この会社の挑戦的な取り組みが「早回しのキャリア形成」です。
女性社員は出産すると、多くの場合、産休や育休などで男性社員より長く働けない期間が発生するため、男性社員との間に大きなキャリアの差が生じていました。

また、この当時は、長時間労働や転勤が当たり前だったこともあり、離職の大きな要因の一つとなっていました。
そこで希望した女性社員には、早いうちからさまざまな業務を経験して得意領域を見出すとともに、経営に関わるような高度な業務も経験してもらうことにしました。

そうすることで、仕事の面白みを実感して産休や育休後も復職したいと思ってもらうと同時に、男性との間に昇進などに差がでないようにしたのです。
人財戦略部 小野琴理主務
「女性は子どもができると、産休で必ず休まなければならない。そのため、『休まないことを前提とするキャリア育成』では、女性にとって不公平な状況だと当社は考えております。また、男性に比べて女性の管理職比率が低いという課題があるなかで、女性のキャリアを少し早回しすることでバランスが取れると考えました」
早回しでキャリアを積む入社6年目の木村弥由さんは、地方で営業を経験した後、去年、本社の経営企画の部署に配属されました。若手ながら日頃から役員たちと議論を交わし、経営戦略の策定などを行う役割を担っています。

この制度の導入後に入社した木村さんは、ほかの支援策も活用しながら働く先輩たちの姿を見て自分の将来について不安を感じることなく、仕事に向き合えていると話します。
木村弥由さん
「早回しのキャリアだという実感があり、視野や視座がすごく広がっていると感じています。正直、子どもが欲しいかは今、まだ分かりませんが、育児中の先輩が仕事との両立をしている姿を見ているので、自分がどんなライフプランを選んだとしても、働き続けられると思っています」
そして、仕事と育児の両立を可能にするために導入したのが社員全員が利用できる「育児・介護中の転勤回避制度」です。

都内の支店で支店長を務める河野文香さんは、同じ会社で働く夫とともにこの制度を活用することで、育児を分担しながら2人の子どもを育てています。
河野文香さん
「営業の仕事をしているので、子どもを産んだら営業や、ましてや支店長は難しいだろうと思っていました。しかし、転勤回避の制度を活用するなどして夫婦で育児を分担し、安心しながら自分自身のキャリアを積み重ねてくることができました。また、子育てをしているからこそ、多様なお客様にアプローチし、それが自分の武器にもなっていると思っています」
この会社では近年、女性の管理職は大幅に上昇。

企業の経営にとっても、大きなプラスになっているといいます。
女性管理職比率の推移と目標
《女性管理職比率》
2015年 4.1% → 2023年 13.6%
《社内目標》
2030年までに30%
ただ、女性管理職の比率にまだ課題があるとして、仕事と育児の両立に向けたさらなる取り組みを進めるとともに、今後は、最近増加してきた男性社員の育休取得の状況も踏まえながら、男女を問わず社員全体のキャリア形成を考えていきたいとしています。
人財戦略部 小野琴理主務
「チャイルドペナルティーの解消に向けたさまざまな制度を取り入れてきたことで、働いている人たちがキャリアをもっと充実させようという意欲につながっていると感じています。近年は男性の育休取得も社内では当たり前になってきたので、女性に特化した早回しのキャリアだけではなくて、男女関係なく、育児などのライフイベントがあっても長期的に活躍できるように仕組みを検討して、多様な人材が活躍できる組織風土をさらに目指していきたいです」

各企業でさまざまな取り組み

チャイルドペナルティー解消に向けた企業の取り組みは、ほかでも始まっています。
JR東海では、キャリアが途切れないよう、これまでフルタイムの社員だけが担っていた「新幹線の運転業務」の一部を短時間勤務の社員ができるようにしました。また今年度から育休を取得した社員の昇格条件も緩和し、昇格のために必要な一定の勤続年数のなかに育休期間を含むようにしました。

千葉銀行は、「家事・育児の男女格差」の是正を目指しています。男性行員に対し、育児セミナーへの参加を促します。また、育休取得の際には「夜間授乳」「子どもと留守番」など約30項目の目標を提示して、成果を報告してもらいます。

ただ、夫婦が両方ともこうした企業に勤務しているとは限りません。どちらか片方の勤務先がチャイルドペナルティーの解消に消極的という場合もあります。

政府はことしから、児童手当や育児休業給付の拡充など、経済支援を中心とした少子化対策を実施することにしていますが、専門家は、より多くの企業がチャイルドペナルティーの解消に向けて働き方を見直すよう、国が後押しする重要性を指摘します。
早稲田大学政治経済学術院 大湾秀雄教授
「企業の自主的な取り組みに任せているだけでは変化していくのに30年ぐらいかかってしまう。チャイルドペナルティーが大きい日本では、女性の活用という点で欧米諸国にかなり遅れていて、急いで差を縮めなくては国際的な競争力の低下を逆転させることはできない。社会の変化を加速させていくために、国は企業の女性活躍の状況や男性の育休取得期間の公表など、人的資本の情報をさらに企業に開示させるなどして政策を強化していかなくてはいけない」

性別に関係なく自分らしく働ける社会に

チャイルドペナルティーの経験について、取材に応じてくれた横井曜子さん。

転職を決意したときに、なぜ母となってからも働き、活躍したいかをまとめたことばです。
「私の母は高校で1番の成績だったが、女性だからという理由で4年制大学に進学させてもらえませんでした。短大を卒業し、銀行に入社しましたが、父と社内結婚して寿退社をしました。その後、パート勤務を再開するも、祖父の介護で離職し、『いつも働きたい』と言っていました。母に働く女性、働くママの世界を見せてあげたい。性別に関係なく誰もが自分らしく過ごせるような社会に貢献したいのです」
確かに育児休業制度や短時間勤務制度などの拡充で、かつてに比べれば仕事と育児を両立できる環境は整ってきました。しかし、国内に根強く残る“マッチョ労働”が女性のチャイルドペナルティーを大きくし、「仕事か子どもか」の選択を迫られている人が少なくありません。

男女ともに働き方の見直しが進み、ひとりひとりが希望するライフスタイルを目指せる社会となれるか。今、問われていると感じます。

(8月21日「おはよう日本」で放送)

※9月17日に記事を一部差し替えました。

「育休が明けたら退職を促された」
「産休・育休からの復帰当日に異動を命じられた」
「育児中の社員の仕事が独身の自分に偏り帰れない」
「育児を機に離職 非正規雇用でしか働けない」
「非正規雇用で賃金上がらず 結婚も出産もできる気がしない」

今回の取材を通して寄せられたさまざまな声です。
どんな支援や対策が必要ですか?
「少子化×働き方」をテーマに皆さんと考えたいと思っています。記事へのご意見、自らの経験等お寄せください。
社会部記者
平山真希
2015年入局
仙台局から現所属
労働政策・社会保障問題について幅広く取材
夫婦共働きで2児の父 妻にチャイルドペナルティーが偏らない働き方を目指す
おはよう日本ディレクター
吉住匡史
2017年入局
社会番組部、北九州放送局を経ておはよう日本を担当
労働人口減少の問題などに関心