結婚したい、子どももほしい、だけど…

結婚したい、子どももほしい、だけど…
「結婚は高級品…」
「ぜいたくをしているつもりはないのに余裕がない」

私たちが聞いた若い世代のことばです。

かつては当たり前だと思われていた未来を、なぜ描くことができなくなってしまったのか。
ことし上半期の出生数は速報値で過去最少の35万人。その要因は、若い世代の減少や意識の変化など、さまざまです。

その中には「経済的な事情が大きい」という指摘があります。その現状を追いました。

(社会部記者 勝又千重子/報道局機動展開プロジェクト記者 岡本潤)

「結婚は“高級品”!?」

私たちが訪ねたのは、都内で一人暮らしをする古川将さん、29歳です。

「私でよければ…」と今回、快く取材に応じてくれました。

案内されたのは6畳半ほどの1K、家賃7万円ほどの部屋です。

都内のメーカーで経理の仕事をしている古川さん。
出身は福岡県で、2017年に大学を卒業した後、名古屋の学習塾に正社員として入社しました。しかし、当時の月収は20万円、手取りが15万ほど。なんとか2年続けたものの、生活の厳しさから退職しました。

「より給料が高いところに」との思いで目指したのが東京。そこでは派遣社員として働き始めました。月収は5万円ほどアップしたものの、厳しい状況は変わらず。

別の派遣会社に登録して去年3月から働き始めたのが今の会社です。月収は27万円、手取り22万円まで上がりました。

「これまでお金をためる余裕なんて全然ありませんでした」

特に趣味も持たず、ぜいたくもしない生活を心がけてきたという古川さんですが、家賃や光熱費、食費など月々の出費で手元にはほとんど残らない状態が続いてきました。

中でも重くのしかかったというのが「奨学金」の返済です。
大学卒業後、今も返済を続けていて、その額は年間20万円近くになります。

「結婚に対して、どんなイメージを持っていますか?」

そう尋ねると、しばらく考えこんでからこうつぶやきました。
古川将さん
「ひと言でいうと『高級品』のようなイメージです。たくさんお金がかかりそうで、恵まれた状況じゃないと難しいかなと。1人でも精いっぱいなのに、2人での生活となると厳しいと思います。将来的にはしたいと思っていますが、今は優先順位が低いです」
「なんとか生活を安定させたい」

一念発起した古川さんが始めたのが、簿記の勉強です。

3か月ほどかけて簿記2級を取得。
その成果もあり、半年ほど前に正社員に採用されました。

派遣社員だった時と比べて月収は8万円ほどアップし、年収はおよそ420万円に。ようやく念願だった貯金も始めることができました。

ただ楽な生活が送れているわけではなく、月に2回ほど、好物の回転寿司などを、好きなだけ食べることが唯一のぜいたくだと言います。
古川さんが仕事から帰宅するのは午後8時半。
さらなるスキルアップのため、毎日2時間は簿記1級を取得するため机に向かっています。

「体力的にはしんどいです」と言いつつ、将来は結婚し、子どもを持ちたいと考えている自分への投資だと言い聞かせているといいます。
古川将さん
「自分だけでなく、パートナーにも充実した生活をして欲しいので、頑張って勉強をして、お金を稼げるようになったら、結婚を考えていきたいです」

実質賃金の低下 結婚や出産の妨げに?

少子化はさまざまな要因が複雑に絡み合っておきていると言われていますが、その中でも、古川さんのように若い世代の賃金水準の低さが、大きく影響していると指摘する専門家がいます。

少子化問題に詳しい、日本総合研究所の藤波匠上席主任研究員は、世代ごとの実質賃金の違いを分析しました。

実質賃金とは、物価を反映した賃金のことで、その結果がこちらです。
例えば大卒の男性正社員の場合。

一番上の赤い線・現在60歳前後の世代は、30代前半のころ、年間で600万円近くありました。

それが、青の現在50歳前後の世代は、540万円に減少しています。

さらに、一番下の黄色の線・現在30代の人たちは、500万円に届きません。

60歳前後と30代の世代を比較すると、100万円もの開きがあるのです。

なぜ、若い世代の実質賃金は下がり続けているのか。

藤波さんは次のように指摘します。
日本総合研究所 藤波匠 上席主任研究員
「日本経済はバブル崩壊後、リーマンショックなどの金融危機が何度か起こり、企業が従業員の賃金全体を抑制しなければいけない局面がきた。しかし、1度賃金を上げてしまった年長の世代は、労働組合との関係もあり、賃金を下げづらい。そこで若い人たちの賃金の伸びを抑えてしまった。バブル崩壊後から、若い人たちの賃金が上がっていない問題が、結婚出産に向けた意欲を低下させているということがあると思う」

新婚夫婦 ぜいたくしていないが余裕ない…

こうした指摘を実感しているという夫婦がいます。

フリーランスでカメラマンをする夫(32)と会社員の妻(31)の2人は、去年11月に結婚したばかりで、子どもはいません。

「子どもは縁があれば欲しいな、と思ってはいるのですが…」と前置きした上で、複雑な胸のうちを話してくれました。

「お金がないのが自分たちだけだったら、まだ我慢ができますが、子どもがいた時にお金がなくなったらどうしよう、という不安が常に付きまといます。誰も守ってはくれないので、その責任を考えると怖いですね」
夫の仕事は、主に企業の広告などの撮影で取引先の経営や経済の状況によって報酬が大きく左右されます。
またカメラマンという職業上、レンズなど関連する機材の購入費も必要で、機材を収納するための倉庫も別に借りています。

車も必要で駐車場代は月3万円近くになります。

生活に余裕はなく、結婚から半年以上たった今もまだ、結婚式を挙げていません。

2人は現在、都内の家賃15万円ほどのアパートで生活していますが、将来、子どもを持つことを見据えて、より家賃が安い郊外に引っ越すことも考え始めています。

ただ、仕事の利便性を考えると都内が一番。

さらに引っ越し費用のこともあり、なかなか踏み切れないそうです。

「旅行に行く。映画を見る。ちょっと前までは軽い気持ちでできていたことが、最近できなくなっています。『なんでも高くなっている』という印象です」

「2人ともぜいたくしている感覚はないのですが、お金の余裕は感じません。子ども1人でも経済的・体力的に厳しいとも思います。『出産費用、養育費、どうするんだろう』みたいな不安はあります。今はどうやって2人で生活していくかを考えるのでいっぱいなので、賃金があがって余裕が出れば、物理的な部分でだけでなくて精神的にもかなり気持ちは変わるのかなと思います」

子ども持つハードル 経済的な不安74%

2人のように、経済的な不安を感じている人は少なくありません。

ことし8月に東京商工会議所が公表した、都内の事業所に勤務する18歳から34歳の約2000人におこなったアンケートの結果です。
子どもを持つハードルとなると思うものを聞いたところ、最も多かったのが「経済的な不安」で74%。

4人のうち3人が感じています。

次の「家事や育児の負担増」の39%に比べても、倍近くとなり、経済的な不安が子どもを持つことに影響を与えていることがうかがえます。

自由記述欄には経済状況の厳しさを訴える声が寄せられました。
「賃上げが進まないので経済的な理由で結婚や出産を諦めてしまう。減税や保育料の補助等、子育て世代のためになることをしてほしい」(20代女性/既婚子どもなし)

「社会人2年目で結婚はしたが、奨学金の返済に追われ経済面での将来不安から20代で子どもを持つ決心がつかなかった。現在不妊治療を続けているが高額な費用が自費。子どもは欲しいが諦めてしまう方も多くいる」(30代男性/既婚子どもなし)

「所得は増えず、物価は上がり、年少扶養控除廃止、児童手当等の所得制限、住宅価格の高騰。職場に通える距離の子育て可能な広さのある住宅は借りられない、買えない。子育て世代に厳しい状況ばかり」(30代女性/既婚子どもあり)
東京商工会議所 西田優樹 都市政策担当課長
「国や自治体が子育て支援策を打ちだしているが、社会保険料の負担も大きく、あまり効果を感じないという声もアンケートではありました。経済的な不安は結婚や出産の足かせになっているという結果になったので、社会保険料の負担のあり方を国は検討してもらいたいし、私たちも、若い人たちの賃上げの意向に添えるよう、加盟企業に働きかけていきたい」

ラストチャンス?

歯止めがかからない少子化。

専門家は、残された時間は少ないと言います。
日本総合研究所 藤波匠 上席主任研究員
「1990年代に少子化が一時止まったとき、毎年120万人ほどの出生数がありましたが、その世代がちょうど結婚や出産のタイミングを迎える2030年までがラストチャンスだと感じます。若い人たちが、将来豊かになっていく実感を得られることが重要で、企業は人への投資をさらに増やす必要があります。そして政府も、それが進んでいく環境を整えていくべきです」

取材後記

「結婚、出産はしたい。けれど生活に余裕がない」

今回、取材に応じてもらった若い世代の切実な声です。

そこから、これまで当たり前だと思っていた未来予想図を描くことが、もはや容易ではなくなっているという現状を改めて痛感させられました。

価値観が多様化し、多くの人がさまざまな人生を選択できるようになった時代。

ただ、少なくとも、結婚や出産を望む人たちが、その希望を当たり前にかなえて、それぞれに幸せな人生を歩んでいくための環境をどう整えていくか。

少子高齢化に歯止めがかからない今、待ったなしで向き合うべき課題を突きつけられた気がしました。

(2024年8月31日 サタデーウオッチ9で放送)
社会部記者
勝又千重子
2010年入局
山口局、仙台局を経て現所属
人口減少や子どもに関する取材をしています
報道局機動展開プロジェクト記者
岡本潤
2010年入局
岐阜局や鳥取局などを経て去年8月から現所属
人口減少や高齢者問題などを取材