横浜市の化学機械メーカー「大川原化工機」の大川原正明社長ら3人は、3年前の2020年3月、軍事転用が可能な機械を国の許可を得ずに中国に不正に輸出したとして逮捕・起訴されましたが、2021年7月、国の輸出規制の対象に該当しない可能性があるとして起訴が取り消され、無実が明らかになりました。
その後、会社側が国と東京都に5億円余りの賠償を求めている裁判では、現職の警視庁公安部の捜査員が事件を「ねつ造」だったと証言する極めて異例の展開になっています。
なぜ、捜査に歯止めがかからなかったのか。
NHKは、内偵捜査が行われていた2017年10月から、2018年2月までに13回にわたって行われた警視庁公安部の捜査員と経済産業省の担当者の協議を記録した警察の内部メモを入手しました。
不正輸出が疑われた「噴霧乾燥機」が輸出規制の対象に該当するかどうかは経済産業省の省令で定められています。
えん罪事件の警察内部メモを入手 経産省側 強制捜査を許容か
3年前、軍事転用が可能な機械を国の許可を得ずに不正に輸出したとして中小企業の経営者ら3人が逮捕・起訴され、1年近く勾留された後に起訴が取り消された「えん罪事件」。NHKは、警視庁公安部と、輸出規制の対象かどうか判断する経済産業省の担当者との協議を記録した警察の内部メモを入手しました。メモには、経産省の担当者が「ガサに入りたいというなら、裁判官が令状を出すのに足りる表現をしたいと思う」「できれば、ガサで得た情報で、他の件で立件してもらえればありがたい」などと、会社の機械が規制の対象にはならないという懸念を示しながらも、強制捜査を許容するような発言をしたと記されていました。
省令では、機械内部を「滅菌」または「殺菌」できる能力があるものを規制の対象にしていますが、「殺菌」の定義があいまいで、その具体的な手段が明確に示されていなかったため、会社の機械が規制対象に当たるのか、会社側と警視庁側の主張が対立していました。
これについて、2017年10月の協議メモには、経産省の担当者が「本当に情けない話だが、この省令には欠陥があるとしか言いようがないし、省令の改正をしないかぎり、噴霧乾燥器を規制することはできないのではないかとも考えている」などと発言したと記されていて、省令で定めた「殺菌」の定義のあいまいさに懸念を示していたことがうかがえます。
その後の協議でも、「殺菌」についての警視庁の独自の解釈に否定的な経産省側の発言が記されていました。
しかし、2017年11月の協議では、経産省の課長補佐が「協力できるところは協力したいと思っている。ガサに入りたいというなら、裁判官が令状を出すのに足りる表現をしたいと思う」などと発言し、警視庁の捜査に協力する姿勢を示したと記されています。
そして協議開始から4か月後の2018年2月の協議では、課長補佐が「できれば、ガサで得た情報で、他の件で立件してもらえれば、ありがたい」「警察のガサに期待している面もある。別件で、本丸をみつけるのでもいいし」「公安部長が盛り上がっているというのは耳に入ってきている。部長から、ガサ後にクロにしてくれと来られても困る」などと、会社の機械が規制対象にはならないという懸念を示しながらも、強制捜査を許容するような発言をしたと記されていました。
この協議の半年後、警視庁は独自の実験を重ね、「殺菌」が可能だと主張する資料を提出し、経産省は「これら資料を前提とすれば、輸出規制に該当すると思われる」と回答しました。
そして、この回答の2か月後の2018年10月、警視庁は会社側を捜索し、強制捜査に乗り出していました。
NHKの取材に対し、当時の経産省の課長補佐は「警察のメモは見たことがないのでわからない。発言の内容も知らない」としています。
会社側が国と東京都に賠償を求めている裁判は、今月27日に判決が言い渡されます。
有識者 「事実であれば非常に問題だ」
経済産業省の担当者が「ガサに入りたいというなら、裁判官が令状を出すのに足りる表現をしたい」などと言ったという内部メモについて、元刑事裁判官で法政大学法科大学院の水野智幸教授は「事実だとしたら」と前置きした上で、「輸出規制に当たるかどうかは経済産業省が責任をもって決めなければならないのに、警視庁に押される形で協力したように見える。捜査を受ける側の負担を考えず、自分たちの都合で決める危うさを感じる。経済産業省が無理だと言えばその時点で立件できなかった可能性が高いので、経済産業省の責任も大きいのではないか」と話しています。
また、「できればガサで得た情報で、他の件で立件してもらえればありがたい」などと話したとする記述については「捜索差し押さえは本来対象とする事件に関してやらなければならないのに、それを口実にして別の犯罪の種がないか探すよう促していて、事実であれば非常に問題だ」と指摘しています。
そのうえで今月27日の判決について、「もともと無理があったのに立件に突き進んだことで、会社の役員が勾留されそのうち1人は亡くなるという不幸な事態を招いてしまった。見込みに乗っかって捜査を進めることがいかに危ないかということを示している事件なので、判決でどこまで認定されるか注目したい」と述べました。