「何をいまさら、勘弁してよ」観光地のマンションで何が

「何をいまさら、勘弁してよ」観光地のマンションで何が
「20数年会っていないのに、何をいまさら。勘弁してよ」

電話は勢いよく切れました。

観光客に人気の町で33年前に建てられたマンション。そこに住んでいた高齢の男性が亡くなり、管理組合の理事長が相続人を探すために男性の娘にかけた電話でした。

「こういう人は何人もいますよ」(理事長)

住民が亡くなった後、マンションに残された“遺品部屋”をめぐって今、こうした事態が地方でも相次いでいます。

(※この記事の内容はNHKプラスで見ることができます)

先月、横浜のマンションで

10月上旬、横浜市の郊外にあるマンションの部屋を、清算人に選ばれた弁護士が業者とともに訪れました。

そして。
「キュイーン」

業者は特殊な工具を使って玄関の鍵を壊し、扉を開けました。

合鍵を持つ親族などがいないため、弁護士が依頼したのです。
中に入ると、書類やパソコン機器などが散乱しています。

所有者は60代の女性でした。

おととし秋に亡くなりましたが相続人が現れず、部屋は2年近く放置されていました。

その間、マンションの管理費は滞納が続き、管理組合が家庭裁判所に清算人の選任の申し立てを行いました。

そして、選ばれた弁護士がこの日初めて訪れたところだったのです。
清算人の弁護士
独身で子どもがいない、兄弟もいない人だと亡くなったときに相続人がいない可能性が高く、そうした身寄りのない高齢者が増えていると感じます。

“遺品部屋”どのくらいあるのか

このケースのように、住んでいた人が亡くなったあと、相続されずに部屋と遺品が放置されるのが“遺品部屋”です。

この問題について、これまでマンションの管理組合が時間と費用をかけて解決にあたらざるをえない実態などをお伝えしてきました。

(詳しくは以下の記事をお読みください)
こうした“遺品部屋”は、全国にいったいどのくらいあるのか、その一端に迫るため、国が毎日発行している「官報」のデータを調べてみました。

調査したのは「清算人」のデータ

調べたのは、冒頭の横浜のマンションで玄関を開けて中に入った弁護士が担っていた「相続財産清算人」に関する情報です。

ある人が亡くなった後、相続放棄されたり、身寄りがない場合など“相続人がいない人”の財産整理のために裁判所が選任します。

調査の対象は2013年から2022年までの10年間に掲載された「相続財産清算人」の選任ケース、45820件の情報です。故人の「最後の住所」がマンションなどの集合住宅になっている事例を、部屋や遺品が放置された可能性が高い“遺品部屋”として集計しました。

その結果がこちらです。

“遺品部屋”過去10年で1万件

“遺品部屋”は過去10年であわせて1万件以上。

都道府県別に見ると、1位が東京都、2位が大阪府と、人口が多い都市部で多くなりました。

一方、人口比でみると異なる自治体が上位にあがりました。
人口1万人あたりで最も多かったのは、新潟県湯沢町、次いで静岡県熱海市など地方の観光地でした。

湯沢町といえば、スキーと温泉。そんな場所でなぜ“遺品部屋”が多く出ているのか。

私たちは現地で取材することにしました。

観光地のマンションで何が

東京から新幹線で1時間あまり。トンネルを抜けると越後湯沢駅です。
駅からタクシーで移動しながら窓越しに見えてきたのは、山沿いにそびえ立つ、ホテルのような高層の建物群です。5棟ほどありました。
運転手
あれは全部マンションですよ。いわゆるリゾートマンション。これまで通りすぎた建物も含めて、町内にある大型の建物はほとんどがマンションです
町内のあるマンションの管理組合の理事長が、取材に応じてくれました。

5年前、このマンションに暮らしていた73歳の男性が亡くなり、部屋と遺品が放置されました。理事長はその際、相続人探しなど対応にあたったということです。

男性は妻と離婚し、タクシードライバーを退職後、東京から1人で湯沢町のマンションに移り住んできていました。年金を受け取りながらの、マンションでの独居生活。
ただ、体は糖尿病を患い、口癖のように自分の最期のことを話していたといいます。
理事長
「俺は死ぬときにはみんなに迷惑をかけないで死ぬから」とよく言ってましたね。死を覚悟しているようなところがありました。

娘に電話、返ってきたのは…

入居から3年後の夏、男性は亡くなりました。玄関で倒れているところを発見されたのです。

残された部屋と遺品をどうするか。

理事長は弁護士に依頼して相続人を探しましたがすぐには見つからず、半年後にようやく娘とみられる女性が見つかりました。

さっそく電話をかけましたが、返ってきたことばに言葉を失いました。
「20数年会っていないのに、何を今さら。勘弁してよ」
電話は勢いよく切れました。

結局、女性は相続を拒否しました。

そして部屋は放置された

理事長は、男性のことを語り終えたあと、つぶやきました。

「こういう人は、何人もいますよ。実際」
その後、男性の部屋は、相続人があらわれないまま1年半放置され、その間、管理費は滞納が続きました。

その結果、遺品の処分に必要な弁護士費用など150万円は、住民たちが払う管理費から、まかなわれました。亡くなった所有者が住んでいた“遺品部屋”の費用を、ほかの住民たちが負うことになったのです。

“遺品部屋”なぜ相次ぐ?

町によると、町内にあるマンションの数は57。

多くはバブル景気のころ、スキーブームと相まって別荘向けのマンション建設が相次いだ時期に建てられたものです。
湯沢町の世帯数は現在、約4000ですが、町にあるマンションの部屋数は1万4000以上にのぼるということです。

こうしたマンションで“遺品部屋”が相次ぐのはなぜなのか。

手がかりを探しに、地元の不動産管理会社を訪ねました。取材の趣旨を伝えると、社内の一室に案内されました。

「放棄」「放棄」「放棄」

部屋の壁沿いの棚に、これまで会社が対応してきた“遺品部屋”についてのファイルが何冊も並んでいました。

中を見せていただくと、亡くなった部屋の所有者の名前が並び、その横には赤字で「放棄」という文字が見えます。
1つではなく何件も、「放棄」「放棄」「放棄」。

同じ文字が並んでいるのです。

「“放棄”ってこれは何ですか」そう尋ねてみると。
エンゼルグループ 大野元 取締役
相続放棄を確認した、ということですね。法定相続人の方に通知書を送ったものの、最終的には相続放棄しましたよというケースです。いとも簡単に相続放棄してしまう。そういう例が増えていますね。
この会社でもやはり、相続人を探しても相続放棄され“遺品部屋”となるケースが相次いでいたのです。

相続してもメリットが…

背景にあるのが、不動産価値の下落だと言います。
バブル景気のころ、1部屋1億円以上の値が付く物件もありましたが、今では100万円を切る物件もあります。
エンゼルグループ 大野元 取締役
たとえば1000万円、2000万円で売れるのであれば、財産として相続してもメリットがあるかもしれませんが、中には100万円にもならない物件もあり、毎月数万円の管理費と修繕積立金、毎年の固定資産税がかかるのにどうするの、さっさと放棄しちゃいなさいよ、という感じが多いんです。
マンションの価値をなんとか上げていかなければ、今後、立ちゆかなくなるおそれがあると危惧しています。
流通価格が上がっていかないと、どんどん、相続放棄が進み、住民はいなくなっていきます。そうすると、マンションは管理費が徴収できなくなり、立ちゆかなくなる。何もしなければ、そういう最悪のパターンもありえると思います。

マンション価格下落で以前とは別の動きも

一方、マンション価格が大幅に下落したことで、高価格だったころとは別の動きが出ていることも見えてきました。

今回の取材では、湯沢町に移住してきた人に多く出会いました。

移住の理由を聞くと「物件が安いから」と話す人がほとんどで、中には身寄りがないと話す高齢者もいました。

この記事の前のほうでお伝えした73歳の男性が亡くなった“遺品部屋”に対応したマンションの管理組合理事長の男性に、このあたりのことも聞いてみました。

理事長は「マンションの中の様子をよく見て欲しい」と案内してくれました。
マンション1階にあるのは、ホテルのようなロビーです。

カウンターには管理人がいて、警備員と交代で24時間体制で常駐しています。

厳重なオートロックの自動ドアをくぐり、エレベーターで上がった最上階には天然温泉の大浴場も。
浴場の大きな窓からは湯沢のスキー場が一望でき、サウナまであります。スキー場までも徒歩10分ほどだと言います。
理事長
冬はスキー、夏は登山。帰ってきて温泉につかってお酒を飲む。もう、最高ですよ。

移住してくる高齢者も 高齢化進むマンション

こんな環境で暮らせるマンションが、管理費や固定資産税などの負担はあるものの、物件の価格自体は以前より大幅に安く購入できる。

理事長は、こうしたことも背景に、移住してくる高齢者も増えていると話しています。
一方でマンション住民の高齢化は進み、今では定住している人のうち約9割が65歳以上の高齢者で、このマンションで“遺品部屋”となったケースはこれまでに3件あったということです。

町全体で見ても、マンションに暮らす人の高齢化率はことし9月時点で47%あまりと、半数近くが高齢者となっています。

こうしたことも“遺品部屋”が相次ぐ背景のひとつだと言えそうです。

マンションは町の「財産」であり「宝」

マンションをめぐる現状を、どうしていけばいいのか。

町のトップの考えを聞こうと、役場の町長室を訪ねました。

湯沢町の田村正幸町長は、今後は若い世代を中心に移住の受け入れをさらに進めることで、マンションの価値も高めていきたいとしています。
湯沢町 田村正幸町長
マンションは、湯沢町にとっての「財産」であり「宝」だと思っています。行政と民間が一緒に取り組みを進めることで、少しずつ若い世代の移住や定住が進んでいます。こうしたことが続けば町に活気が出て、結果的にマンションの価値も上がっていき、相続したいと思える町に近づくという好循環につながると思っています。

販売価格「10倍以上」になった物件も

取り組みは、町内各地ですでに始まっています。
築34年のマンションでは、複数の部屋を民泊として貸し出せるように改装しました。

さらに、共用部分はオフィススペースにリノベーションし、現役世代がリモートワークにも使えるコワーキングスペースとして整備しました。
取り組みを始めて5年がたちましたが、以前は1Kで10万円だった販売価格は10倍以上に上がったということです。

「住む場所が豊富」=むしろプラス要素

さらに、マンションをとりまく地域の魅力を高めようという動きもあります。

この日は、湯沢町で移住支援を行う会社が、新たに出店を考える飲食店経営者を候補の場所に案内しました。
移住支援行う会社の社長
この場所は、タクシーやバスを待つ人が集まる場所なのでお勧めですよ。
町に豊富にある物件をうまく活用してもらおうと紹介すると、いい反応が得られました。
飲食経営者
観光需要がある地域というところでとても可能性を感じているので、いろんなチャレンジが出来るのではないかと期待しています。
また、活性化に欠かせないのは、移住を支える「住む場所」ですが、この会社では、町にマンションが多くあることは若い人に移住先に選んでもらう上でむしろプラスの要素だとしています。
伊藤綾社長
湯沢町はリゾートマンションがたくさんあります。住む場所が豊富にあることが、移住先としてほかにはない魅力だと感じています。そこに、飲食やアクティビティーといった湯沢でできる体験のバリエーションを増やしていくことが街の活性化にとって必要だと思っています。

マンションに1人暮らす人にできることは

ここまで、町や地域全体でどうやってマンションの価値を高めて相続放棄を防ぐのかという、大きな視点の取り組みを見てきました。

では、マンションに暮らす側の当事者にとっては、この“遺品部屋”の問題を前に、できることや考えておくことは何かあるのでしょうか。

そう思いながら湯沢町で取材を続ける中で、ある70代の男性と出会いました。
湯沢を選んだのは、安いから。管理費は高いけど東京で暮らすことを考えたらずいぶん安い。住めば都だよ
こう話す男性は、13年前に首都圏から両親と一緒に湯沢町のマンションに移ってきました。

数年前に両親をみとり、今は1人で暮らしています。

差し出した書類は

“遺品部屋”の話になり、これまでの取材の話をひとしきり伝えると、手書きの書類を見せてくれました。
中を見ると「遺言書」です。

司法書士にも相談し、効力を確認していると話していました。部屋や中の財産は、親しい友人などに譲る旨が書かれています。

男性には頼れる親族がいません。そのため、自分の死後に部屋が放置されないよう、みずから備えているのです。

実は男性もマンションの管理組合で理事を務めていた時、住民が亡くなったあとの相続人探しの苦労を味わった経験がありました。
死んじゃえば誰かがやってくれるだろうと思うけど、それじゃあ迷惑がかかるから。実際、管理組合に迷惑がかかるわけだよ。“遺品部屋”を解決するのは大変だし、俺も1人で危ないから自分で作ろうと思って。

“遺品部屋” 今、手を打っておかなくては

“遺品部屋”をめぐる問題は、人生の最期を迎える人が増え続ける「多死社会」の中で今後も大きくなっていくことが見込まれます。

問題が大きいだけに、考えるべきことや対策も、国の制度レベルから、マンションの管理組合の立場、それに1人暮らしの住民の側まで、多岐にわたります。

それでも、今考えて手を打っておかなくては、5年後、10年後、15年後は今よりもっと多くの“遺品部屋”になるケースが出て、さらに多くの人が困り果てるであろうことが確実な状況なのです。

それぞれの立場で関心を持ってまわりの人と話をしたり、できることを始めたりしていくしかない。

これまでの取材からそう強く思います。

そして、今後も引き続きこの問題に関する動きを、伝え続けていきます。
最後に、これまでの“遺品部屋”関連の記事はこちらです。
ネットワーク報道部 記者
直井良介
2010年入局
首都圏局などを経て現所属
取材テーマは高経年マンションの管理組合や修繕、防災の課題
おはよう日本ディレクター
今井志郎
広島局を経て現所属
地域課題、戦争、災害など幅広いテーマを取材
社会部記者
飯田耕太
2009年入局
千葉局・秋田局・ネットワーク報道部などを経て現所属
身寄りがない高齢者の課題について継続取材
ネットワーク報道部 記者
内山裕幾
2011年入局
社会部で災害報道、国土交通省などを担当
インフラ老朽化やマンションの課題について継続取材
おはよう日本ディレクター
丸岡裕幸
広島局、社会番組部、大型企画開発センターなどを経て現所属
「日本はいつから、相続が“負担”になる世の中になったのか」
(分析)
メディアイノベーションセンター所属
渡辺聡史
エンジニア
データ処理を担当