米欧金融不安の連鎖 なぜ見抜けなかったか

米欧金融不安の連鎖 なぜ見抜けなかったか
アメリカで相次いだ2つの銀行の経営破綻。突如、訪れた危機は大西洋を横断し、スイスの大手金融グループ「クレディ・スイス」にも波及しました。

各国の当局はあの手この手の異例の対策を打ち出していますが、金融市場の動揺は収まっていません。

そもそもこの金融システム不安はなぜ起きたのか?

金融緩和の影響は?

そして、リーマンショックの反省から厳しい金融規制を導入したはずのアメリカで、なぜ危機のサインを見抜けなかったのか。

さまざまな疑問の答えを探ります。
(ワシントン支局記者 小田島拓也/アメリカ総局記者 江崎大輔)

ヨーロッパでも広がる不安

1856年創業のスイスの大手金融グループ「クレディ・スイス」。

歴史を感じさせる荘厳な本社ビルは信用不安の嵐に見舞われていました。
財務報告で内部管理に問題があると明らかにしたことに加えて、15日には筆頭株主が追加投資に否定的な姿勢を示したと伝えられ、株価が急落。

世界の金融市場が動揺することにつながったのです。

このままでは立ちゆかなくなるとスイス最大手の金融グループUBSによる買収交渉が、週末にかけて行われ、3月19日、UBSがクレディ・スイスを株式交換の形で買収することで合意しました。

総額は30億スイスフラン、4200億円余りになる見通しで、クレディ・スイスの直近の時価総額・およそ1兆円の半分以下という「大幅値引き」による合意でした。

交渉の途中、国有化を検討するという報道が飛び出すほど、政府や中央銀行の強力な介入があり、切迫した協議だったことがうかがえます。

大手銀行が団結しての異例の措置

信用不安の発端は大西洋を挟んだアメリカからでした。

2023年3月10日に「シリコンバレーバンク」、12日には「シグネチャーバンク」と、アメリカの2つの銀行が相次いで経営破綻。

そして、金融市場から経営に懸念の目を向けられたのがアメリカ西部カリフォルニア州に拠点を置く「ファースト・リパブリック・バンク」でした。
2022年末時点の総資産は2126億ドル、日本円で約28兆円で、史上2番目の規模の破綻となった「シリコンバレーバンク」を上回ります。

厳しい目が注がれた要因の1つが、破綻した場合、保護されない預金の割合の高さ。

預金残高のうち、推定でおよそ67%にあたる16兆円分が預金保護の対象外になっていたことで不安が広がります。

13日の株価は一時、前の週末の10日の終値と比べ78%下落。

格付けも引き下げられ、預金流出が起きていました。

こうした中、市場を驚かせた異例の支援策が16日に明らかになります。

金融大手のJPモルガン・チェースなど、11の大手金融機関が、この銀行にあわせて300億ドル、日本円でおよそ4兆円の預金をすることを発表したのです。

この支援策をめぐっては、14日にイエレン財務長官、FRBのパウエル議長、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOが何度も電話で連絡を取って対応を協議。
さらに15日にはほかの大手銀行のトップも参加して11の銀行が300億ドルを預金するプランで合意したと、イギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズが報じました。

イエレン長官とダイモンCEOは16日にも直接会談。

その直後に、金融危機を回避するための異例の措置が発表されたと伝えられています。

バイデン大統領やイエレン財務長官が、「金融システムは健全だ」と繰り返し強調する中で、万が一、第3の破綻が起きれば、大変な事態になるという強い危機感があったと見られます。

史上2番目・3番目の破綻

アメリカ史上2番目の規模の銀行破綻となったシリコンバレーバンク。
背景にあるのが、FRBがコロナ禍で続けた大規模な金融緩和策です。

金融緩和に踏み切った2020年3月以降、緩和マネーがふくらみ、スタートアップ企業などの取引先は、資金に余裕ができるようになりました。

こうした企業と取り引きが多い「シリコンバレーバンク」の預金も増加。

2022年3月末時点では、その2年前と比べて3.2倍にまで急増していたのです。

大量に積み上がった預金で、「シリコンバレーバンク」は、アメリカ国債の購入を増やします。

そこに大きな転機が訪れます。

FRBによる利上げです。

2022年3月に始まった利上げは6月からは4回連続の0.75%の利上げと、急速な利上げが続いたのです。

金利が上昇したことで保有する国債の価格は下落し、財務状況が一気に悪化しました。

FRBの元副議長 アラン・ブラインダー氏は、「非常に安全な資産である米国債で運用していたが、皮肉なことに安全であるはずの資産によって大きな損失を被ることになった」と述べました。
そして、追加の資本調達ができなかったことを多くの預金者が知ったとたん、SNSなどでその情報が拡散し、預金の引き出しが相次ぐ事態となりました。

ブラインダー氏は、「シリコンバレーバンクの場合、破綻すると保護されない預金が89%を占めていたことが、引き出しが一斉に広がる要因となった」とした上で「最も明白なのは経営陣のリスク管理システムの完全な失敗だ。しかし、それと同時に金融当局の問題もある」と指摘します。

何が問題だったのか

ここで不思議に思うのはなぜ、当局は破綻につながるほころびを見つけ出せなかったのかということです。

アメリカでは2008年の金融危機を教訓に、銀行への監督・規制が強化されてきました。

その柱となるのが、FRBが銀行経営の健全性を審査する、いわゆる「ストレステスト」です。

深刻な景気後退などが起きた場合に、十分な資本の備えがあるかどうかなどを徹底的に調べる厳しいものです。

ストレステスト自体にも問題が

このストレステスト、当初は、金融システム上、重要で、最も厳しい審査を受ける対象となるのは、500億ドル以上の資産を持つ金融機関でした。

しかし、トランプ前政権の下で行われた規制緩和によってこの審査基準が2500億ドル以上に引きあげられました。
一方、このときの規制緩和で総額1000億ドル以上の銀行は、4つの区分に分けられました。

そして、1000億ドルから2500億ドル未満の銀行は、審査の頻度が、2年に1度に減らされました。

また、金融危機などによる資金流出にたえられる基準を満たしているか、といった審査項目も除外されるなど、その内容も緩やかなものになりました。

今のルールでストレステストの対象となるのは、1000億ドル以上の総資産を持つ銀行です。
2022年の審査では34の大手銀行が対象でしたが、破綻した2つの銀行、そして、ファースト・リパブリック・バンクも2021年12月末時点で1000億ドル以上の総資産があるにも関わらず対象になっていませんでした。

なぜ、資産規模が大きいのに審査対象とならなかったのか。

ここに金融緩和の負の影響があらわれます。

3つの銀行とも金融緩和によるマネー膨張の影響で資産がこの3年間で、およそ2倍から3倍に急増していました。

“すり抜けてしまった”

アメリカの金融当局の関係者によると、審査には膨大な手続きが必要で、準備に少なくとも2年はかかるといいます。

厳格に設計されたはずの審査でしたが、金融緩和によるマネー膨張のスピードが速すぎて、いわば審査をすり抜けてしまった実態が浮き彫りになりました。
アラン・ブラインダー氏
「本来、預金残高が急激に伸びている銀行は、当局が常に監督しなくてはなりません。なぜ、これほど急速に資金が流入したのか。そして、急速に流出する可能性はないのか、銀行のバランスシートにリスクが潜んでいるのかを把握しなくてはならないのです」
今回、破綻した2つの銀行は、預金を全額保護するという異例の措置が取られました。

その理由は「金融システム全体に影響を及ぼす」からです。

FRBのボストン連銀の総裁を14年務め、銀行監督に詳しいエリック・ローゼングレンMITの客員研究員は、NHKの取材に対し、金融システムにとって重要な銀行の基準を厳しくして2500億ドルから引き下げるべきだと主張しています。

さらに、ストレステストの想定に問題があるという声も上がっています。

今回、起きたような金利の上昇を想定していないという指摘です。

アメリカでは2008年の金融危機以降、金利が歴史的に低い水準が続いてきました。

物価の上昇も緩やかで、いまのような金利の急激な引き上げという事態への備えも忘れられていたという見方です。
ローゼングレン元ボストン連銀総裁は、「深刻な景気後退というこれまでの想定だけでなく、インフレ率の上昇、短期金利の上昇、イールドカーブの反転などを想定する必要がある。銀行が預金の引き出しに耐えられるかといった流動性に関する審査は、金融規制当局にとって、基本的な業務であるべきだ」と語ります。

“金融緩和の代償”

記録的なインフレに見舞われ、歴史的にも異例の利上げをする中でも、経済は堅調と見られていたアメリカ。

しかし、銀行の破綻という事態が襲いかかりました。

世界最大規模の資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンクCEOは、投資家に向けた手紙の中で、急速な利上げによる金融システムの亀裂は、長年の金融緩和の代償だと指摘。

政府・当局の断固とした措置によって影響は不安の拡散を防いでいるものの、急速な利上げは「ドミノ倒しの最初に倒れたドミノ」として、銀行の経営への影響は今後も広がる可能性があると指摘しました。

ニューヨークの「MUFGセキュリティーズアメリカ」で経済全般の戦略部門の責任者を務めるジョージ・ゴンカルベス氏は、今回の事態を、「起こるべくして起こったことだ」と指摘します。
MUFGセキュリティーズアメリカ ジョージ・ゴンカルベス氏
「私たちは、FRBはシステムの何かが壊れるまで利上げを続けるという見方をしていました。急すぎる利上げを行う時にはいつも必ず、どこかの金融関係者が損失を被ることになるからです。損失がどのように発生するかは誰にもわかりません。それが、FRBが急すぎる利上げを行った時に起きることです。システム内の弱点が露呈することになるのです」

小さなつまずきから多くを学ぶ

急激な利上げを続けてきたFRBは、銀行システムのリスクは高くないという立場を取ってきました。

しかし、現実に起きたのは、史上2番目と3番目の銀行破綻です。

そして、モラルハザードを引き起こしかねない預金の全額保護という異例の措置が取られました。

総じて当局の危機対応は早いとの評価が聞こえてきますが、一方で抜け穴への対応や副作用への備えは万全だったのか、疑問も突きつけられています。

金融市場安定のためには小さなつまずきから多くを学ぶことが必要ではないでしょうか。
ワシントン支局記者
小田島拓也
2003年入局
甲府局 経済部 富山局などを経て現所属
アメリカ総局記者
江崎 大輔
宮崎局 経済部 高松局を経て2021年夏から現所属