韓国のマッコリ安くなる?巨大貿易圏誕生と背後にあるもの

韓国のマッコリ安くなる?巨大貿易圏誕生と背後にあるもの
アジアに巨大な自由貿易圏が誕生しました。
RCEP=地域的な包括的経済連携です。
2月1日からは韓国でもこの枠組みが発効、日本と韓国の初めての経済連携協定がスタートします。韓国の伝統酒マッコリやキムチ、色鮮やかなパプリカはいつ関税が撤廃されて安くなるのでしょうか。
取材を進めていくと背後にあるものも見えてきました。
(経済部記者 山元康司 野中夕加)

日韓初の貿易協定

韓国で最大の貨物取扱量を誇るプサン港。

24時間眠らないこの港では日本との輸出入貨物がひっきりなしに行き来しています。
日本にとって韓国は世界第3位の貿易相手国。

2月1日からRCEPが発効し、日本から韓国に輸出する3000余りの品目、全体の25%余りで関税が即時撤廃されます。

飲料品の自動販売機や火災報知器、それに鉄器の一部などが対象に含まれます。

一方、輸入はどうでしょうか。

冒頭にあげたマッコリやキムチ、それに日本に多く輸入されているパプリカはどうなのでしょうか。

答えは、マッコリは21年目に関税が撤廃。

しかし、キムチとパプリカは交渉時に関税撤廃や削減の除外品目となっていて、ちょっと肩透かしをくらったような状況です。

それでも衣類を除く糸や織物、その他の繊維製品のほとんどの関税が即時撤廃されます。

また、輸出でいうと韓国で無税となる工業品の品目割合は現在は19%ですが、最終的には92%になります。

自動車部品や化学製品など日本企業が強みを持つ分野での将来的な関税撤廃の効果は小さくないようです。

衣類が安くなる?!

RCEPは、一足先に、1月1日に日本や中国、シンガポール、オーストラリアなど10か国で発効しました。
新しいルールが導入されたことで日本での衣類の価格が安くなる可能性があるのです。

こちらの衣類。
広島県福山市にある縫製メーカー「マツオカコーポレーション」がベトナムにある工場で生産したものです。

その工程は少し複雑です。

生地は中国製で、それをベトナムで衣類に仕立てて日本に輸入していました。

日本とベトナムが加盟するASEAN=東南アジア諸国連合との間には、すでに経済連携協定があるのに、この衣類は関税がゼロにならず、9.1%の関税がかかっていました。
「原産地規則」というルールのためです。

糸から生地、生地から衣類という2つの作業工程が協定を結んだ域内で完結しなければ、関税ゼロの対象とならないのです。

中国製の生地がネックになっていました。

それがRCEPでは、生地から衣類をつくる1つの工程がRCEP域内で行われれば関税がゼロになる新しいルールが導入されました。
この結果、さきほどの衣類は1月1日でベトナムからの輸入関税がゼロになったのです。
松岡社長
「RCEP加盟国に進出している企業にとっては大変大きなメリットです。
加盟国すべてがマーケットになる可能性があるので、より有利に展開できると思っています」

巨大市場・中国向け輸出に期待

RCEP発効の効果は日本にとって最大の貿易相手国、中国に対する輸出面でも現れています。
中国向けの輸出で関税が即時撤廃されたものの1つがエレベーターの部品です。

日立製作所は、日本だけでなく中国などにも工場を持っていて、多くの部品が現地調達ですが、高い性能が求められる重要な部品については、日本で製造し、現地に送っています。

会社としては、コストが下がる分、現地での「価格競争力」が高まり、売り上げアップにつながると期待しています。

虫歯のときにお世話になるアレも

意外なものも関税がなくなりました。

歯科医が虫歯を削るときに使うドリルです。
中国でかけられていた4%の関税が1月1日でゼロになりました。

世界トップクラスのシェアを誇る栃木県の精密機器メーカー「ナカニシ」では、ここ数年中国での売り上げが毎年30%ほど増加しています。

関税撤廃は中国での販路拡大の追い風になると会社ではみています。
中西社長
「中国市場は競争が激しく、中国産の製品がわれわれの製品にどんどんキャッチアップしてきている状況です。
そのなかで4%の関税がなくなるというのは、競争力がより強まる、維持できるという点で大きなプラスになると考えています」

したたかな中国の戦略か

一方で、中国のしたたかな戦略も見え隠れします。

その一つが自動車分野です。

日本の自動車部品に対して中国側でかかる関税は、最終的には、87%の品目(輸出額5兆円)で撤廃されますが、そのほとんどが段階的な撤廃にとどまっています。

自動車用のエンジンのウォーターポンプは1月から関税がゼロになりました。
しかし、中国メーカーも生産を手がけるカムシャフトのほとんど(6%)やギアボックスの一部(8%)は16年目に関税撤廃。
今後、需要の伸びが期待されるEV=電気自動車に使われるリチウムイオン蓄電池の一部は16年目(6%)、モーターの一部は16年目と21年目(10%・12%)となっています。

中国は世界最大のEV市場。

多くの中国企業がこの市場の拡大に商機を見いだしていることを考えれば、関税の撤廃はできるだけ遅くしたいとの思惑も透けてみえます。

データ収集も自由に…

さらにRCEPでは域内のサーバーなどのコンピューター関連のデータ移転を原則、制限してはならず、自由にするとの規定が盛り込まれています。

中国のIT企業は東南アジアに進出して、このルールを上手に活用し、データの収集や分析を積極的に進めてビジネスを有利に展開するのではないかとの指摘も出ています。

日本企業が東南アジアでビジネスをしようと思ったら中国企業がすでに顧客情報のネットワークを固めていたということもありうるかもしれません。

勝手に運用されるようでは困る

通商問題に詳しいシンクタンク、みずほリサーチ&テクノロジーズの菅原淳一主席研究員によりますと、RCEPは規定のなかに参加国の裁量が大きい部分があって運用次第で効果が変わってくる可能性があると指摘しています。
菅原主席研究員
「中国はインド太平洋地域において中国にとって望ましいルールを作り上げていくということを真剣に考えている。
RCEPの中で圧倒的な存在感を誇る中国がどのような形でこの協定を運用していくのかということが、日本のビジネスにも経済にも大きな影響を与えることになると思います。
よりよいものへ変えていくというところで日本が主導していくのが重要だし、日本が各国と連携して、互いにモニタリングし、各国が約束を守っていくことを確保していくことが重要になると思います」

世界をふかんして見ると

世界を見渡すと自由貿易の枠組みは今、難しい段階に来ていると感じています。

戦後、一貫して自由貿易を推進し、グローバルな経済成長をけん引してきたアメリカは、トランプ前大統領の時代から自国第一主義に走り、国内最優先の姿勢を強めています。
TPP=環太平洋パートナーシップ協定から脱退し、バイデン政権になってもなお、その姿勢を維持しています。

その間、アメリカと中国で先端技術をめぐる覇権争いが激しさを増しています。

自由貿易の枠組みは単に経済的なメリットを享受する仕組みから安全保障、地政学的な意味合いと一体不可分になってきている傾向が強まっています。
RCEPでは特に中国との間で、経済的に緊密化が進むというメリットと、アメリカとの関係から分断が起きるデメリットが同時に発生する可能性があり、ビジネスを展開するうえでは難しい判断が求められる状況に陥るかもしれません。

世界の人口やGDPのおよそ3割を占める巨大な貿易圏=RCEP。

各国が安全保障的な戦略を内に秘めながらどのように運用をはかっていくのかが今後のカギになります。

私たちの暮らしがより豊かで便利なものになるよう、バトンは国際政治に手渡されています。
経済部記者
山元 康司
2009年入局
長崎局、国際部、シンガポール支局などを経て現所属
主に外務省・経済産業省を担当
経済部記者
野中 夕加
2010年入局
松江局、広島局、首都圏局を経て現所属
現在は経済産業省を担当