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2020年6月頃、理化学研究所(埼玉県和光市)に、新潟県内の5歳の男の子から手紙が届いた。質問が書かれていた。「ニホニウムはなにいろですか?」
ニホニウムは、理研の実験装置で2004~12年に姿を現した、原子番号113の新元素だ。米露勢との競争の末に2015年末、理研の森田浩介博士(67)(現・九州大学特別主幹教授)率いる研究グループが発見者として認定された。アジア初の快挙だった。
でも、見つけて終わりではない。ニホニウムがどんな性質の元素かを調べる研究は、これからだ。
理研仁科加速器科学研究センターの
はかない命の原子 尽きるまでに実験
ニホニウムのように極めて重い元素(超重元素)の性質を調べるのは、途方もなく難しい。ごくわずかな量しか作れないうえ、とても短い時間で壊れてしまうからだ。ニホニウムの場合、理研で作れたのは2004年と05年、12年に1個ずつ、計3個の原子にとどまる。1個目は0.344ミリ秒(ミリは1000分の1)、2個目は4.93ミリ秒、3個目は0.667ミリ秒で壊れ、別の元素へ変わっていった。半減期(原子が多数ある場合にその半数が壊れる時間)は1.4ミリ秒と推定される。
ニホニウム以外の超重元素も、作れる原子の数や寿命はやはり限られる。試験管の中で化学反応を観察するような普通の実験は、とてもできない。
そもそも、生成した超重元素を取り出すこと自体が難しい。粒子加速器で2種類の原子を衝突させると、まれに2種類の原子が融合して超重元素の原子が誕生するのだが、この時、周囲には融合しなかった原子が多数漂っている。
その
GARISは、電磁石の力で粒子の進路を曲げる。曲がり方は、粒子の電荷と質量によって変わる。それを利用して、目当ての超重元素だけを装置の出口へ誘導する。ニホニウム発見の立役者といえる装置で、さらに様々な超重元素の性質を調べる実験にも大きな役割を果たす。
同センターの羽場宏光・核化学研究開発室長(53)(核化学)は、まだ発見されていない119番元素の生成に挑む一方、これまでに発見された超重元素の性質を調べる研究に取り組む。「超重元素の性質を調べるには、その元素を作って即、実験しなければならない。これだけの施設をもつ理研だからこそ、できる研究です」と胸を張る。
重い元素に表れる相対論効果 金の輝きも
元素の周期表で、縦の同じ列に並ぶ元素は、化学的な性質が似ている。たとえば、左から2列目のストロンチウム(元素記号Sr)やラジウム(元素記号Ra)は、同じ列のカルシウム(元素記号Ca)と似ていて体内で骨に集まりやすく、その性質が医薬品にも利用される。
一方、重い元素は、こうした縦の列ごとの性質からずれやすい。原子核の電荷が大きいため、核に近い電子軌道は相対性理論の効果で内側へ収縮する。その影響で、核から遠い電子軌道は逆に外側へ膨らむ。原子同士が電子をやり取りするのが化学反応なので、電子の状態は化学的性質に影響を与える。
羽場さんは、左から6列目に並ぶ原子番号106の超重元素シーボーギウム(元素記号Sg)が、同じ6列目のモリブデン(元素記号Mo)やタングステン(元素記号W)と似ているかどうかを調べてみた。モリブデンやタングステンは、一酸化炭素(CO)6個と結合した「カルボニル錯体」を作り、それは常温で気体になる。
実験に使ったシーボーギウムの半減期は約10秒。GARISから出てきたシーボーギウムが、一酸化炭素の中を通って検出器へごく短時間で進む装置を開発し、国内外の多数の研究機関と協力して実験を行った。その結果、気体のカルボニル錯体ができ、6列目の他の元素とよく似ていることが分かった。この実験をするまで長年分からなかった性質だ。
また、発生したカルボニル錯体の昇華点(気体から固体になる温度)を測定した結果、その温度には相対論の効果が表れていることも確かめられた。
原子番号104のラザホージウム(元素記号Rf)について行った別の実験では、同じ4列目に並ぶジルコニウム(元素記号Zr)やハフニウム(元素記号Hf)と少し違う化学的性質が見られた。
羽場さんは「金属の中で水銀だけが常温で液体であることや、金が他の金属と違って金色に輝くのも、相対論効果の影響です。超重元素には、この効果が顕著に表れる。それを調べていくことで、理論計算の精度が高まり、軽い元素についての知識も深まります」と期待する。