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四字熟語を手がかりに、豊かで面白い漢文の世界へ!
『四字熟語で始める漢文入門』より「はじめに」を公開!

四字熟語を手がかりに漢文の世界の扉を開けてみましょう。骨太な歴史ドラマ、ド直球の人生論、奇妙な物語も!? 漢文を読み解くための基礎知識が習得できる『四字熟語で始める漢文入門』より「はじめに」を公開します!

はじめに

 漢文はお好きでしょうか? タイトルに「漢文入門」と書いてある本をこうやって開いて見ているのですから、好きというほどではなくても、少なくとも興味はお持ちなのでしょうね。

 漢文とは、基本的には昔の中国の文章のことを言います。古文の中国語版です。とはいえ、日本の古文が季節感や恋愛感情といった、微妙で繊細な感情を描くことが多いのと比べると、漢文の世界は趣がかなり違います。

 そこで展開されるのは、たとえば、骨太な歴史ドラマ。あるいは、ド直球の人生論。かと思えば、人間の本質を鋭く捉えてわかりやすく教えてくれるたとえ話も出てきますし、想像力を大いに刺激してくれる、超常現象みたいな奇妙な物語だって語られます。

 わたしは、そんな漢文が好きです。でも、正直なところ、まわりを見回してみても、同好の士はそんなには見当たりません。漢字ばかりで書かれた中国の古い文章を読んでみようなんて、近ごろはあんまりはやらないようなのです。

 一方、四字熟語が好きだという人は、たくさんいます。漢検の準一級や一級に挑戦している〝漢字の猛者〞たちはもちろんのこと、漢字に特別な興味を持っているわけではない〝ふつうの人〞の中にも、四字熟語をいくつも知っていたり、座右の銘にしていたりする人がいらっしゃいます。たった四文字でけっこう複雑な意味を表現できる四字熟語には、特別な魅力があるのでしょう。

 ところが、四字熟語が好きだと公言してはばからない人も、漢文にはあんまり興味を示してくれない――。それが現実なのですが、私は、その現実をもったいないと思うのです。なぜかというと、四字熟語の中には、漢文から生まれたものがたくさんあるからです。

 たとえば、〝どうすればいいかわからない〞ことを表す「五里霧中」は、一〜二世紀ごろの中国の歴史を扱った歴史書に載っている、霧を自在に発生させる不思議な術の持ち主にまつわる話から生まれました。また、〝強い者が生き残る〞場合によく使われる「弱肉強食」は、九世紀のある中国の文豪が、のんびりと生きていけることに感謝してつづった文章から生まれた四字熟語です。その文章では、動物の世界は「弱肉強食」だけれど人間界は違う、という文脈で使われています。そうだと知ると、この四字熟語に対するイメージが少しだけ、変わってきませんか?

 漢文から生まれた四字熟語は、元の漢文の内容を知ると、より味わいが増します。だから、四字熟語の意味や使い方を知るだけで満足していないで、元になった漢文の世界も覗いてみてほしい。――それが、『四字熟語で始める漢文入門』なる本を書いてみようと思った動機です。

 漢文はどれも大昔に書かれたものですが、その中には、現代に生きる私たちに引き付けて味わうことができるものがたくさんあります。この本では、その点に注意して題材を選んでみました。すでに漢文に多少なりとも興味を抱いているみなさんであれば、おもしろがってくれるんじゃないでしょうか。

 とはいえ、長い漢文を読み解くのはたいへんですから、実際に漢文を引用するのは、ストーリーの核となる重要な部分だけ、一度にせいぜい一五字くらいまでに限ることにします。その前後は、ふつうに日本語の文章で説明していきます。また、読み方がわかりにくい漢字には振り仮名を付けておきますし、注意すべき意味や用法を持つ漢字はその都度、きちんと説明していきますから、読んでいくのにそんなに苦労はかけないつもりです。

 加えて、「返り点」だとか「句形」だとかいった、漢文を読むための基本的な知識ももちろんていねいに解説していきます。学校での漢文の勉強にも、役立つはずです。

 でも、そんな細かいことよりも、私が本当に伝えたいのは、漢文の世界のおもしろさ。能書きはこれくらいにして、その豊かな世界に実際に足を踏み入れてみることにしましょう。



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