クルマにとって「本当に必要な馬力」とは?

2024.12.24 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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クルマの馬力競争は、700PS、1000PS、あるいはそれ以上と、とどまるところがないようです。しかし、実際にそれほどのパワーが(スポーツカーでも)必須とは思えません。スペックに幅がありすぎてわからないのですが、現実的に求められるクルマの最高出力はどれくらいでしょうか?

今の馬力競争というのは、実際にそのパワーが使いきれるかどうかとは関係なく行われています。そうしたスペックはあくまで象徴的なもの、つまりアイキャッチですよね。「1000PSが当たり前になったら、次は2000PSね」という話なのです。

特にEVのハイパフォーマンスについては、高トルクのほかにあまりウリがないという現実があります。スタートダッシュみたいなところでは性能のすごさをアピールできたものの、その次がない。最高速の伸びについては、特にEVだからという長所もなくて、スピードを出すに連れてみるみるバッテリーを消耗してしまいます。

さて、何馬力なら使いきれるか、十分か? という問いに関しては、クルマ好きの皆さんのほうがよくご存じかもしれませんが、200PSもあれば「非力で困る」と文句を言う人はいないでしょう。普通のファミリーカーだけでなく、ちょっとスポーティーなクルマくらいまでを想定しても、今の日本の交通事情なら200PSで十分に走りを楽しめるはずです。

そもそも、そんなにスピードを出せるところもないわけで、過剰なスペック競争については、ユーザー側も冷めた目で見ていると思いますよ。「1000PSだって!? そりゃスゴイ!」なんて思う人が今どきいるんでしょうか? お金持ちの自慢の種にすらならず、「ふーん」で終わりのような気がします。

逆に、パワーの最低ラインみたいなものがあるかといえば、私が開発を取りまとめた「トヨタ86」を例にとるなら、「リッター100PS」(排気量1リッターあたりの出力が100PS、2リッターなら200PS)が開発目標でした。それを割ってしまうと、体感的にもイメージ的にもスポーツカーとはいえないという考えがあって、「そこは開発目標としてゆずれない点である」と言い続けていました。

実際、さまざまな試作エンジンをつくってはテストしてみたものの、それ以下のスペックではクルマを出す意味がないと感じられる内容でした。それではスポーツカーとしての矜持(きょうじ)に欠けると(笑)。その点、たとえ1000PSでなくとも、クルマの出力にはイメージ的なこだわりも付いて回るということですね。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。