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プロジェクト研究所ちょっとお邪魔します! 先端技術の法・倫理研究所

「責任ある研究」で拓く持続可能な技術と社会の未来

 

仮想空間で起きた紛争は誰がどんなルールで解決するのか。自動運転の車で発生した過失による損害について誰がどう責任を負う? 先端技術による新しいサービスが社会を便利にすると同時に、今までにない難しい問題も起きています。倫理と法の視点からそれらの課題に斬り込み、望ましい未来像からのバックキャストで今を考える学際的な研究が進んでいます。

◆科学技術の社会実装に伴い表出する法的・倫理的課題に向き合う

──AI(人工知能)やメタバースといった新しい技術が社会に広まるにつれ、著作権やセキュリティなどの問題もまた顕在化してきました。この研究所の問題意識もそうしたことから出発しているのでしょうか。

下山憲治 所長/法学学術院・教授

そうですね。SDGsに見られるように「持続可能性」という言葉が注目されていますが、これは地球環境など自然界に限った話ではなく、人間社会にも求められることです。その観点から、科学技術の進展について理解し、それが社会に実装されることでもたらされる法的・倫理的な問題の数々に目を向けるために、この研究所は生まれました。2021年4月のことです。

法律・法制度というものは元来、問題が起こったときに対応するために整えられてきた面があります。ですが、科学技術に関してはそれでは遅い。例えば、インターネットは1990年代初めに一般に知られるようになった途端、瞬く間に社会に広まりましたが、きちんとしたルール形成がなされる前に導入が進んだため、個人情報の流出や不正アクセスといった問題が後から顕在化し、今に続く大きな社会課題となっていきました。

ですから、今、開発されつつある技術がやがて社会に適用されると想定されるのなら、それが世の中でどう役立つのかをあらかじめ国民全体で理解したうえで、その使い方に見合った技術にしていくほうがいい。あるいは、世の中に導入したときに、できるだけ問題が起きないようにする、起きてもすぐに解決できるよう準備をしておく。そのための考え方や仕組みについて研究するということです。

──具体的にはどのような問題が研究対象となりますか。

我々の生活や社会の仕組みに関することですから、それこそ枚挙にいとまがないほど考えられるのですが、この研究所では次世代の社会システムを考えるうえで特に重要と思われる3つの領域──「メタバース」「遠隔医療」「自動運転・MaaS」を先んじて研究することにしました。

メタバースはインターネット上につくられた仮想空間で、アバターと呼ばれるキャラクターに扮して誰もが自由に交流したり、サービスを受けたりすることができる場所です。一見便利に思えますが、例えば、アバター同士が仮想のショップで商品を売り買いする場合、不正な取り引きを取り締まったり、消費者の権利を守ったりするための法的なルールが実はまだありません。商品が届かない、代金が支払われない、不法な商品が出回る、といったトラブルは十分に考えられるのに、バーチャル空間に適用できる法律がないからといって無法地帯のまま放置するわけにはいきません。

そもそも、アバターはヒトなのかモノなのか。現状はペットと同じようにモノ扱いですから、アバター同士で名誉毀損や人権侵害を伴うような衝突が起きた場合、今のままでは訴えることができません。では、ヒトとして見なす場合、現状の法律をどう変えたらいいか。サーバーが外国に置かれるなどして国内だけでは解決できない場合はどうするか。話は国家間の条約にも及んできそうです。仮想空間での出来事だけに、被害を受けたことの証明すら難しいかもしれない。そうした課題をひとつ一つあぶり出していく必要があります。

◆多様な分野からの複合的・重層的アプローチで課題を洗い出す

──課題に対して、倫理的・公法的・私法的な側面から複合的にアプローチされるとのことですが、どういうことでしょうか。

さまざまな課題がありますが、そのすべてが法的規制を必要とするわけではありません。法的規制はなくても、社会が自主的にコントロールすることによって解決可能な問題もあり、そのような場合に必要となるのが、倫理や道徳の視点です。したがって、まずここを起点として考えるのが順当です。

生命科学の問題を考えるとわかりやすいかもしれません。例えば、AとBの2つの動物の遺伝子を掛け合わせて、新しい生物をつくることが認められるかどうか。最初は倫理的な側面から考えてみます。そしてもし、許されるという倫理観を国民が持つのであれば、どの範囲なら許されるのか、何が許されないのかといった法的な枠組みをつくることになります。その法的枠組みには2つの側面があり、刑事罰を含む行政による規制、すなわち公法と、契約や賠償などによって関係者の利害調整を図る民事法などの私法です。この組み合わせを検討し、それぞれの役割がうまく機能するよう仕組みを整えていくわけです。

──1つの問題を複合的・重層的に見ていくには、それだけ多くの違う立場からの視点が必要になりますね。

はい。いろいろな分野の人が関わらないと、気づかないこと、見落とされることが出てきます。私自身は行政関係の法制度が専門ですが、民事系の人とはやはり発想が違うと感じることがあります。例えば、AさんとBさんが契約を結ぶとき、民法の視点では契約をすることを前提に、どうすればうまくいくかを考えますが、行政法の場合、人権を損なう契約は結べないというように、契約の内容や対象を限定する視点で考えます。

このように多様な視点や立場から先端技術を見ることにより、それが社会に普及していくプロセスで発生しうる問題を洗い出し、全体としてどう解決したらよいかを検討することができるのです。そのため、この研究所では、倫理学、法哲学、行政法、刑事法、民法、商法といった幅広い分野の研究者を学内外から集めるとともに、行政のいろいろな審議会に研究所のメンバーが関わったり、産業界との共同研究を進めたりして視野を広げています。

──海外の学術機関や研究者との連携についてはいかがですか。

国際的な研究ネットワークの拡大にも努めています。つい先日も、当研究所が主催し、早稲田大学法学部と比較法研究所との共催で、ドイツのベルリン自由大学から法学部教授を招き、「保険代理店の現代的課題―日独比較」と題するミニシンポジウムを開催しました。今年(2024年)、日本では大手中古車販売会社による保険金不正請求問題が大きな話題になりましたが、実は保険代理店をめぐる問題は世界的な課題です。その解決に先端技術を生かすことを視野に入れ、保険業に関する日独の規制について比較検討するために企画したものです。

AIやメタバース、遠隔医療、自動運転といった先端技術は世界共通の課題を生み出していますので、私たちもアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、中国、台湾といった国や地域の研究者と積極的に情報交換、意見交換をしています。特に中国や台湾は経済、物流の面からも重要で、昨年(2023年)は公法、私法に関する日中シンポジウムや、カーボンニュートラルと建築規制に関する日台シンポジウムなどを開催しました。

◆研究成果を教育の場に還元し、望ましい社会の未来像を考える

──倫理的なアプローチが基礎になるとしたら、そうした視点や感覚を養うための教育も必要になりそうです。

2024年度寄附講座「メタバースと法」の授業風景

まさにそのために、この研究所では研究と教育を活動の両輪として捉え、研究を通じて得られた成果や知見を教育の場で学生たちに還元し、また学生たちからの疑問や指摘を研究に戻すといったことをしています。具体的には、法学部のコースとして「先端科学技術と法」を2022年度に開設し、倫理・公法・私法それぞれに関係する複数の科目を提供しています。科学技術の発展が人間や環境に与える影響を知り、人と自然界の共生のあり方を倫理的な視点から考えられる人材を育てることが狙いです。

株式会社VLEAP 提供

昨年度はこのコースで、「文理融合」の教育に向けた取り組みも始まりました。簡単にいえば理工系の研究者や学生、研究機関との連携ということになりますが、実際には難しい課題もあり、現状はまだ可能性を探っている段階です。AIやメタバースの技術的な側面を知ろうとすればアルゴリズムを理解する必要がありますし、遠隔医療の仕組みを学ぶには映像やネットワークに関する技術的な知識が求められます。現場の技術者や医師でさえ現在進行形で学んでいることを、どのようにして文系の学生向けの教育に反映させるのか。そういうこともまた、私たちの研究テーマといえるのです。

そこで冒頭でも少し触れた話に戻りますが、目指したい社会の姿や価値観から逆算して、その手段として科学技術やイノベーションの望ましいあり方を考えていく姿勢が重要になります。これはRRI(Responsible Research Innovation:責任ある研究・イノベーション)と呼ばれ、ELSI(Ethical, Legal and Social Issues)、つまり科学技術を起点としてその倫理的・法的・社会的課題を検討する姿勢とともに、これからの先端技術をめぐる政策立案や技術開発に欠かせない考え方となっています。

──教育に関することとしては、教科書を出版するご予定もあると聞きました。

来年(2025年)前半の出版を目標に、『メタバースと法』(仮題)という書籍の作成を進めています。この研究所内に設けられた同名の研究会による活動の一環ですが、教科書として、あるいは一般の方々にも読んでいただけるよう、倫理的な視点から出発して技術や思想、権利の話などをカバーする基礎的なものにしたいと考えています。もう1つ、先ほどの「先端科学技術と法」コースの内容に基づく書籍の出版計画もあり、こちらも同じ考え方で「基本」を押さえるつもりです。

「メタバースと法」に関する研究と教育では産業界との連携も進めていて、昨年度は早稲田発のスタートアップ企業でメタバースを専門とする株式会社VLEAPの協力も得て、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社による寄附講座などを開講しました。教科書は、そうした活動の成果も踏まえたものにしていきます。

 

◆やさしさに満ちたサステナブルな社会の実現に向けて

──これからの研究テーマや活動計画についてお聞かせください。

直近で検討しているのが、気候変動問題への取り組みとして、エネルギーの脱炭素化に関する技術開発をテーマとする研究です。例えば、火力発電所などから出される排ガスからCO2だけを分離・回収し、地中深くに運んで貯留するCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)と呼ばれる技術もその一つです。来年度に向けて、独ボン大学の研究者と連携し、「先端技術を用いたエネルギー転換政策と法的規律のあり方」について研究するプロジェクトも動き始めました。

もう一つ温めているのが、「平等」「機会均等」といった観点から科学技術のあり方を捉えることです。ややもすると見落としがちですが、障がいなど何らかの理由で社会的な活動に制約を受けている人たちを支えるツールとして、メタバースなどの先端技術を生かすことも大切な視点です。誰にも等しくやさしい社会をつくるために、科学技術をどのように使うことができるのか、広くアンテナを張って見ていきたいと思います。

そのような視点も含めて、私たちの研究が目指すところは、人と自然が共生できる「持続可能な社会」の実現です。この先端技術の法・倫理研究所の英文名称を、“Sustainable Technology and Law Institute”としているのもそのためです。

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