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「私たちの声はボディブローのように効いている」──選択的夫婦別姓の法制化を目指す井田奈穂。【女性リーダーたちの挑戦】

選択的夫婦別姓は、本当に実現できるのだろうか? 実現を信じてはいても、度重なるプッシュバックでそんな不安が頭をよぎった人は少なくないはずだ。しかし、ゆっくりではあるが変化は生まれている。運動の最前線で変化をリードする「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局長の井田奈穂に取材した。
「私たちの声はボディブローのように効いている」──選択的夫婦別姓の法制化を目指す井田奈穂。【女性リーダーたちの挑戦】
Kaori Nishida

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世界のすべての国の中で、「夫婦同姓を法律で強制する最後の国」──それが日本だ。「女子差別撤廃条約に違反している」と国連から何度も勧告を受けているにも関わらず、なぜこうも実現が難しいのか。政府は「多様性を推進していこう」「女性活躍を推進していこう」と音頭を取るが、選択的夫婦別姓の議論となると、一時は支持に回っても、次の瞬間には踵を返す、という態度を繰り返してきた。2020年12月に発表された第5次男女共同参画基本計画からは選択的夫婦別姓の記述はなくなり、’21年6月と’22年3月には別姓を認めない民法の規定について、最高裁判所大法廷は憲法に違反しないとする判断を下した。今の“強制的”な夫婦同姓制度をただ“選択的”にするのに、なぜここまでの反発が起こるのか。

だが、世論の捉え方は大きく変わっている。’20年12月に『VOGUE JAPAN』が行ったアンケートでは、選択的夫婦別姓制度に賛成と答えた人が93.3%に上り(回答件数4146件)、その理由としては、「反対する理由がない」と言ったごもっともな声が多く上がった。こうした声を追い風に、早期実現にこぎつけたい。そんな切実な思いとともに、運動のフロントラインに立つ 「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局長の井田奈穂に現在地を聞いた。

──井田さんご自身、改姓の手続き等で苦労されたと聞きました。

もう、地獄のような大変さでした。日本はDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでおらず、ペーパーワークの多さにも絶句しました。さらに海外出張もあったので、パスポートやクレジットカードなど大量の名義変更が必要でした。例えば多くの改姓手続きには戸籍謄本が必要で、遠隔地まで取りに行けない時は一通あたり450円の手数料の郵便為替を郵便局へ買いに行き、その他必要書類を一式コピーして、返信用封筒をつけて……という具合。さらに私は子連れ再婚で、2人の子どもたちは改姓することを望まなかったのですが、子どもたちの保護者名は各所で変更しなければならず、改姓に伴って必要だった手続きを数えると、実に100件以上にも上りました。自分で穴を掘って自分を土に埋めてるような、そんな感覚でした。

──それまでは夫婦のどちらかが改姓することを避けるために事実婚をされていましたが、なぜ結婚を選ばれたのでしょうか。

やはり事実婚の法的な不利益が大きいからであり、同性婚を求めている方々も同じ悩みを抱えています。私の場合、夫が病気になり大きな大学病院で手術を受けることになったのですが、手術に合意する欄にサインをしようとしたら苗字が違うことを指摘され、事実婚であることを伝えると、「本当のご家族じゃありません」と受け入れてもらえませんでした。義父が亡くなって間もない頃だったので義母に心配をかけたくなかったのですが、結局、義母に来てもらうことになりました。法的な関係が証明できないと、術前・術後の説明も受けられない。本人の意識低下時の医療判断もできない。今後のことを考え、やむなく改姓し法律婚することを選びました。ですが、同性パートナーの方々はそれさえも断たれています。日本にもいろんな家族がいるはずなのに、不合理に排除されている人があまりにも多いことを実感しました。

──この経験が、「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」のきっかけになったということですね。

はい。私の姉は国際結婚をし、夫婦は別姓ですし息子は苗字が違いますが、とても仲のいい家庭です。手続きに追われる私を見た姉から、「何でそんな大変なことをしているの?」と言われてハッとしました。そこで調べてみると、夫婦同姓を義務付けているのは日本しかないことがわかり、このアクションに繋がりました。

選べないことで生まれる苦痛。

「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局長の井田奈穂。

──自身が経験した切実な問題や考えを発信するようになり、どんな反響がありましたか?

現在全国に約600人いる「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」のメンバーが語る事実婚の困難や改姓後の苦しみは、私が想像していた以上に多種多様でした。夫婦別姓の選択が叶わず、改姓して適応障害になったという人も決して珍しくありません。中には、30年間事実婚をされていた夫婦が、夫婦として介護付き老人ホームの同区画に入居することを断られたというケースもあります。

仕事面での影響も大きいです。旧姓使用をしていたある女性医師は、ある日患者から「偽医者」と言われ、本気で辞職を考えたそうです。主治医の過去の経歴を確認しようと医籍を調べたところ、戸籍姓ではないため経歴が検索できなかったことから、「上司を出せ」などと詰め寄られ、精神的に追い込まれてしまったんですね。そんなふうに、社会的圧力に苦しむ女性はとても多い。そもそも選択的夫婦別姓は、夫側に改姓をお願いしているわけではなく、結婚するにあたって同じ権利を認めて欲しいということを言っているだけなんです。

──それだけ数え切れないほどの切実な事例があるのに、なぜこれほどまでに議論が進まないのでしょうか。

実は夫婦同姓の規定が始まったのは1898年(明治31年)からで、日本は120年以上この状況です。同時に家制度も始まり、「嫁入り」の言葉の通り、結婚すると法的に相手方の家に入り、嫁いだ先/婿入り先の家名に変わる家族法が制定されました。戦後すぐに家制度はなくなり、苗字は法的に「家」を表すものではなく、個人名の一部になりました。時代は大きく変わったし、今も変わり続けているのにも関わらず、家制度の観念を正しいと思う人たちが日本には未だ多い。そうした人びとや宗教団体の支持で当選した政治家たちは、どれだけ論理が破綻していようと非科学的であろうと、支持基盤の維持のために「選択制」ですら反対し続けているという構図があるんです。

旧姓の通称使用は解決策じゃない。

改姓手続きに必要だった書類の一部。

──一方、2020年11月に行われた意識調査では7割の人が選択的夫婦別姓に賛成しています。一般的に考えて、それほどの支持者がいるにも関わらず法制化されない本当の理由はなんですか?

実は菅義偉前首相も、岸田文雄首相も、選択的夫婦別姓に賛成されてきた方々です。しかも、岸田首相は自民党「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」の呼びかけ人でもありますし、河野太郎さん、野田聖子さんとともに、選択的夫婦別姓推進議連の役員です。昨年の総裁選の時に「公約にしますか」と聞いたところ、「どちらとも言えない」とお茶を濁す回答でした。総裁になるためには、反対派議員の支持層を無視できないということで、公約では「改姓の不利益がある人の不都合をなくしていきます」とトーンダウンしてしまいました。議連の役員ですらそうなのですから、とにかく、絶え間なく声を届けて行かないと無視されやすい状況なんです。

──反対派は、旧姓の通称使用拡大を主張しています。旧姓使用を導入している企業も多いですが、抜本的な解決には至らないと思います。

選択的夫婦別姓を認めたくない人たちが進めた策の一つで、一部のメガバンクなどでは「申込者=戸籍氏名/使用者=旧姓氏名」の銀行口座が作れるようになりました。しかし、金融業で2つ以上の氏名運用ができると、マネーロンダリングなど悪用の懸念があります。たとえば私の場合ですと、旧姓は2つあるので、3つの名前で口座が持てることになります。さらに、マイナンバーと印鑑証明にも旧姓が併記できるようになり、反対派の人たちは誇らしげですが、バラバラの名義で運用するとセキュリティ上の問題が起こることは明らかです。ただ混乱を生むだけで、正しいわけがないんです。こうしたことから、’21年12月には、内閣府が「旧姓の通称使用では根本的な解決にはならない」という指摘があると国会で答弁しました。これは大きなターニングポイントだと感じています。

頭脳の流出と日本の衰退。

──ビジネス界でも、選択的夫婦別姓を推進する動きが起きていますね。

全ての人がその人らしく働ける環境を整えるのがリーダーの役割であり、ダイバーシティ&インクルージョンを進めない限り日本経済は立ち行かなくなるという意識のもと、発信を強める経営者は増えています。

たとえばサイボウズの青野慶久社長らは、同姓にしなければならない現在の法律は憲法違反だと訴え、精神的苦痛、経済的損失を受けたとして損害賠償請求をすると同時に、選択したい人がそうできるような法改正を提案しました。ですが、一審で敗訴、二審そして最高裁では議論されることなく棄却されました。そこで、昨年から青野さんら企業経営に携わる19人が共同呼びかけ人となり、「選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダー有志の会」が発足しました。賛同するビジネスリーダーの署名は、現時点で700名近くに上ります。大和証券グループ副社長の田代桂子さんもその一人で、やはり金融業から見てもダブルネーム運用は全く合理的ではなく、混乱も多く、生産的ではないと話されています。

また、海外との行き来が多い方からすると、パスポートでは旧姓併記が表面上可能ですが、ICチップには記録されず、偽造パスポートと怪しまれることも。もちろん、航空券やビザの手続きなどでは旧姓は使えません。

──選択的夫婦別姓も認められない、同性婚も合法化されない……。このままでは、優秀な若い人材が海外へ流出してしまいそうです。

実際に改姓することで研究実績が紐づかないといった問題がネックとなり、他国の国籍を取って日本以外の場所で研究をした方がいいと考える研究者は少なくないと聞きます。これは深刻な問題で、先日の新聞記事では、JAXAの研究者の方が6度目の事実婚中だと載っていました。詳細を聞くと、国際特許やパスポート取得の際に、元の苗字に戻すために同じパートナーとペーパー離婚を繰り返しているそうなんです。国連などの国際機関で働く人たちも、海外では「旧姓の通称使用」という概念がそもそも無く、これまで旧姓でキャリアを築いてきた人は身分を証明できる名前で働くためには離婚も余儀なくされている。つまり強制的に同姓を強いる法律は、世界で活躍する方々にとってあまりに不合理。残念ながら、優秀な頭脳が流出してしまっても当然と言えます。

投票がボディブローのように効いてくる。

──ここ数年、第5次男女共同参画基本計画や最高裁の判断など、大きなプッシュバックがありました。

’20年に選択的夫婦別姓を含む第5次男女共同参画基本計画が策定されました。内閣府が作った原案は非常に良い内容で、実際の事例や社会的なデータが含まれており、選択的夫婦別姓を実現するための方向性が示されていました。しかし、議事録が公開されない自民党内の会議に反対派議員が大挙して押し寄せ、12月の閣議決定では計画から選択的夫婦別姓の文言が削られる結果となってしまいました。私が出席した時も無根拠かつ観念的な反対意見のマイクリレーが目の前で繰り広げられ、唖然としました。

──こうした状況に対して、私たちにできることはありますか?

この状況を打開するために私たちにできることは「投票」です。衆議院総選挙と同時に行われる国民審査で、選択的夫婦別姓を認めなかった最高裁判所裁判官のうち、夫婦同姓規定を合憲とした人たちに罷免票を入れることができます。また、選択的夫婦別姓に賛同しない候補者を当選させないこと、懸命に当事者の声に耳を傾け国会で質疑してくれた人、賛成議連を立ち上げてくれた人を支持することも大事です。昨年の衆院選で呼びかけた甲斐もあり、反対する議員は落選しましたが、結局、比例で復活したのでバランスはほとんど変わらなかったんです。でも、自分たちの選挙区から賛成議員を選んでいくことが、ボディブローのように後々効いてくると信じています。

──投票へ行ったり、SNSなどで発信する以外に、陳情の提出も一つのアクションだと呼びかけていらっしゃいます。陳情の提出自体は、難しいことではないのでしょうか?

陳情・請願は、地元の議会から私たちの声を国会に意見書として送ってもらうもととなるもの。’22年3月26日時点で337件の意見書が日本全国で可決しています。陳情は誰でもいつでも出せますし、紹介議員に署名してもらえば請願としても出せます。書式やサンプルなどは、私たちが無償で提供していますし、他の地域の文案を参考に自分で出すこともできます。3月25日には、高校生4人が出した請願が京都・宇治市議会で採択されました。非論理的な反対意見を口にする人でも、「じゃあ、ご自身の娘や孫娘が改姓したくないと言っても改姓させるんですか?」と聞くと考え直すケースも。若い世代と一緒に訴えていくことが、反対派議員が自分ごと化できるきっかけに繋がると感じていますし、的確に届いていると実感しています。

人権問題に無頓着な国家のままで良い訳がない。

──これが「人権問題」であることに気がついていない人も結構多いと感じます。

実際、約96%の女性が夫の苗字に改姓していますが、つまり結婚時に改姓する男性は4%しかおらず、男性の特権であるわけです。つまり日本の強制的な夫婦同姓は、人権問題。国連が定める子どもの権利条約の第8条に、「子どもに不合理な改姓を強いてはいけない」という条文があり、自分の生まれ持った条件を自分の望まない形で奪われることは人権侵害だと定義しています。日本の夫婦同姓は、女性差別撤廃条約にも国際人権規約にも抵触しています。このように、人権をめぐる国際的な常識からも日本の憲法は大きく逸脱していることを、多くの方に知っていただきたいです。

制度が変わればそれが当たり前になり、今の制度では生きづらい人が減ります。それは同性婚の合法化も同じではないかと期待します。同性婚が認められたら、お父さん2人の家庭、お母さん2人の家庭があることが子どもたちにとって当然の環境となり、制度が「別姓や同性の家族は異常」という社会のスティグマを取り除く大きなきっかけになるのではないでしょうか。

──海外の制度をそのまま日本に持ってくればいい、ということではないと思いますが、他国の議論から学べることは多そうですね。

『夫婦別姓 ──家族と多様性の各国事情』(ちくま新書)という本では、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、ベルギー、中国、韓国の7カ国がどのような変遷で夫婦別姓を実現したのか、現地在住の日本人ジャーナリストによって綴られています。歴史をたどると、多くの国で女性は非常に低い地位に置かれてきたことがわかりますし、男性に従属する妻子として、法的権利も与えられていませんでした。そこから、日本以外の国々は「これは差別だから結婚するにあたって同じ権利がないとおかしい」と法改正をしていき、ジェンダー平等のために一歩ずつ歩んできました。一方の日本では、江戸時代に生まれた人が考えた法律が今も続いている。制度疲労を起こすのは当然のことです。

──今年はどんな動きが起こると期待していますか?

今年6月には参院選があるので、投票率を上げて、ジェンダー平等を求める声がこれだけあることをもっと可視化していける年にしたいと思っています。また日本は、強制的な夫婦同姓制度に対し、国連女性差別撤廃委員会から’03年、’09年、’16年と何回も改善勧告を受けているにも関わらず、何もやってこなかった。これは非常に恥ずかしいことです。そろそろ4回目の勧告が出されるはずなので、きちんとした道筋を見せ、人権面で遅れを取っていた部分を取り返す姿勢を国際社会に示していくことに期待しています。

──何度もくじけそうになる場面があるかと思います。井田さんご自身のドライブとなっているものとは?

おそらく選択的夫婦別姓が制度化されても、私はこれ以上の改姓はしないと思います。でも、親として、自分の子ども世代が望まない改姓で悩んだり苦労したりして欲しくない。だから自分にできることをこれからもしていきたいです。

Text: Mina Oba

※J-Wave「START LINE」のVOGUE CHANGEコーナー(毎週金曜日16:45-16:55)にて、本インタビューから抜粋したメッセージを聞くことができます。ぜひチェックを!