護憲派の巨頭・樋口陽一さんが次世代を挑発する「なぜ反乱しない」「9条に恥じない国を」【ロングインタビュー】

2024年4月2日 06時00分 有料会員限定記事
0

記事をマイページに保存し、『あとで読む』ことができます。ご利用には会員登録が必要です。

<著者は語る>
 日本を代表する憲法学者・樋口陽一さんが90歳を前に回顧録『戦後憲法史と並走して 学問・大学・環海往還』を語り下ろした。今は亡き盟友で、俳優の菅原文太さんや作家の井上ひさしさんとの交遊も交え、焦土から立ち上がった「この国のかたち」を世界水準の憲法学で意義づけた人生を振り返っている。銃後の「少国民」から長じて護憲派の巨頭と言われる樋口さん。「先行世代を押しのけて1歩でも前に進んでほしい。なぜ反乱しないのか」と私たちを挑発する。(中村信也)

「戦後憲法史と並走して」を刊行した樋口陽一さん=3月5日、仙台市片平の書斎で

◆暴力教師に殴られ、空襲を逃げ延びた

 樋口さんは1934年に仙台市で生まれ、日本が米英などに宣戦布告する41年に国民学校に入学した。戦地から帰ってきた暴力教師に級長としての連帯責任で殴られるなど、戦時教育を受けた。沖縄戦の組織的な戦闘が終わる45年6月23日の前日、辞令が下った。「国民学校学徒隊」の「副小隊長」を命じるというものだ。担任教師が「小隊長」で、級長が「副小隊長」だった。死者1399人とされる7月の仙台空襲では、弟と一緒に一晩じゅう逃げた。
 「夜が明けて国民学校に行くと、火葬場に向かって丸太ん棒のような黒い死体を載せたトラックが走っていくのを見ました」
 旧制中学からかわった新制の仙台一高に最初の1年生として入学したのが50年。菅原文太さんは1つ年上で別の旧制中学から移ってきていた。井上ひさしさんは同期生。ただ、交遊が始まったのは卒業したあと。

◆人間尊重は文ちゃん、ひさし君の生き方そのもの

 「旧制中学を経た文ちゃんとか1年上はもう大人。中には色街に行く生徒もいた。彼らとは違い私らは子どもでした。一方の井上はカトリックの養護施設と高校を往復する毎日で授業中だけが彼の自由時間。授業中に映画に行くのを教師が認めた話が有名ですが、変わったヤツがいるなというくらいでした」

樋口さんと交遊があった井上ひさしさん(2004年撮影)

 井上さんとは直木賞をとった1972年、内輪のお祝いを開いてから交遊が始まった。文太さんとも映画「トラック野郎」シリーズの70年代からだ。生徒会執行委員長を務め、山岳部でならした樋口さんと一緒に2人は82年、母校の文化祭にそろい踏みでノーギャラ講演をしている。
 「文ちゃんとはね、あまりに日常的に、とくに晩年はいつも接していました」と、棚に飾った写真を指さした。40代の文太さん、井上さんら同窓生と談笑しているカットだ。傍らには「惜別」という言葉と文太さんの肖像をあしらったラベルのワイン。文太さんが亡くなったとき、お別れ会で配られたものだ。
 文太さんは亡くなる直前の2014年、米軍の辺野古新基地の是非が焦点となった沖縄県知事選で「新基地をつくらせない」と公約した翁長雄志さんの応援に駆けつけた。《政治の役割は二つあります。一つは国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。もう一つは…、これは最も大事です。絶対に戦争をしないこと!》と演説すると、聴衆からうおーっとどよめきが起こった。翁長知事誕生の決定打になったと言われる言葉だった。その年、樋口さんは1月の都知事選の細川護熙元首相の応援など、各地で文太さんと行動を共にしていた。

樋口さんと交遊があった菅原文太氏(2011年撮影)

 「一人一人かけがえのない個人、全体のために犠牲にするわけにはいかない個人を大切にする。そうした意味での人間尊重。それが、文ちゃん、ひさし君の生き方そのものだったと思いますね」

◆かけがえのない「個人」を「全体」のいけにえにしてはいけない

 「個人」を重んじ「国家」との関係を究めた樋口憲法学は、盟友2人の生き方とも結び合っていた。井上さんは2010年、文太さんは2014年に逝った。日本国憲法の肝心なところは「個人の尊重」を定めた13条だと言ってきた樋口さん。
 「人間尊重などと言いますが、単なる『人間』という言葉は要注意です。全体のためにいけにえを差し出すことこそが人間的だ、という考えもありますから。戦争中の特攻隊などは、そういうふうに美しく飾られました。だから、代替物のない個人というところに突き詰めてこそ、初めて意味がある。それを本気で認めるかどうか。その一点で、憲法観の基本が分かれると思います」
 だから、現行憲法が「個人として尊重」としているところを、自民党の改憲案が「人として尊重」としている点を危ぶむ。個人が単なる人的資源におとしめられかねないからだ。

◆憲法に「自衛隊」書き加えたら、9条が失効する恐れ

 ロシアのウクライナ侵攻から2年余り、イスラエルのガザ地区攻撃も収まらない。平和主義の日本国憲法をもつ日本に何ができるか?
 「日本国憲法がなければ、やらかしたに違いないことへの抑止力が、確かにあった。あからさまな直接的な軍事行動を控えることができたと思います。ただ、それを奇貨として、血を流さずに復興支援という形で戦後の果実だけを取る、というさもしい行為に、その抑止力を働かせることができるか。復興支援には関わるべきだが、9条をもつ国として恥をかいてはいけない」

発足した民間立憲臨調で代表世話人を務め、記者会見する樋口さん(左から2人目)=2016年1月19日、東京・永田町の衆院第1議員会館で

 先の大戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争で兵たん基地として利益を得た日本。湾岸戦争で「海外派兵」の道を開き、アフガン戦争、イラク戦争では「テロとの戦い」という米国の論理に引きずられた。憲法は幅広い議論のないまま時の政権によって解釈を変えられ、大規模災害が続くなかで自衛隊への信頼感も高まった。自衛隊を憲法に位置づけようという主張も説得力を増している。
 「軍という存在は、敗戦までの帝国憲法でも明記されていませんでした。『天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス』と統帥権が書かれているくらい。もちろん、一国が独立すれば軍を持つのは当たり前という前提はありました」
 樋口さんは、自衛隊の...

残り 2311/4622 文字

この記事は会員限定です。

有料会員に登録すると
会員向け記事が読み放題
記事にコメントが書ける
紙面ビューアーが読める(プレミアム会員)

※宅配(紙)をご購読されている方は、お得な宅配プレミアムプラン(紙の購読料+300円)がオススメです。

会員登録について詳しく見る

よくある質問はこちら

記事に『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

記事に『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

記事に『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

記事に『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

カテゴリーをフォローする

  • 『カテゴリーをフォロー』すると、マイページでまとめて記事を読むことができます。会員の方のみご利用いただけます。

  • 『カテゴリーをフォロー』すると、マイページでまとめて記事を読むことができます。会員の方のみご利用いただけます。

コメントを書く

ユーザー
コメント機能利用規約
`; }); $('.report_types').append(type_list); } var pending_count=resjson.data.status.max_rec-(page*no_item); if (resjson.success) { $('#more_button').html("もっと見る "+pending_count+"件"); $('#page').val(resjson.data.status.next_page) $('#comment_count').html(resjson.data.count); if(resjson.data.status.page_no=='1'){ var comment_title=`

みんなのコメント${resjson.data.count}件

` $('#lst-comment-001').append(comment_title); } Object.entries(resjson.data.list).forEach(([key, value]) => { if (value.comment_status != 10) { if (value.reply_count == 0) { return; // Skip this iteration if reply_count is 0 } comment_list += `
  • ${value.comment_status == 21 ? 'コメントは管理者によって削除されました' : (value.comment_status == 20 ? 'コメントは投稿者により削除されました' : 'コメントは管理者によって非公開にされました')}
  • `; return; } var is_like=getReaction(value.id,'like',0); var is_agree=getReaction(value.id,'agree',0); var relativeTime = getRelativeTime(value.regist_date); var nickname = (value.nickname === '' ? (value.comment_type == 10 ? '管理人' : (value.comment_type == 20 ? 'author' : '匿名')) : value.nickname); var label_class = value.comment_type == 10 ? 'comment-author' : value.comment_type == 20 ? 'comment-author':''; var photo=`https://static.tokyo-np.co.jp/tokyo-np/images/user_icon/`+getIcon(value.icon_type,icon_json,value.comment_type); comment_list += `
  • ユーザー
    ${nickname} ${relativeTime}
    `; comment_list+=`
    `; comment_list+=`

    ${value.comment_text}

    `; if(value.comment_edit_status==10){ comment_list+=`

    管理者によりコメント編集済み

    `; } comment_list+=`
    `; comment_list+=`

    コメントに『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

    `; comment_list+=`
    `; //reply section comment_list+=`
    `; comment_list+=`
  • `; }); $('#lst-comment-001').append(comment_list); $('#more_button').html("もっと見る "+(pending_count)+"件"); if(resjson.data.status.next_page>0 && resjson.data.status.max_rec>0){ $('#more_button').show(); }else{ $('#more_button').hide(); } } }).fail(function (jqXHR, textStatus, errorThrown) { alert("コメントの投稿に失敗しました"); }); } function showReply(comment_id,type){ const no_item=3 // number of item to show var page= $('#reply_page').val()!=''?parseInt($('#reply_page').val()):1; getReplyList(comment_id,no_item,page,function(error,res){ if(res){ const icon_json=res.icon_json var pending_count=res.data.status.max_rec-(page*no_item); Object.entries(res.data.list).forEach(([key, value]) => { if (value.comment_status != 10) { reply_list= `
  • ${value.comment_status == 21 ? 'コメントは管理者によって削除されました' : (value.comment_status == 20 ? 'コメントは投稿者により削除されました' : 'コメントは管理者によって非公開にされました')}
  • `; $('#lst-comment-'+comment_id).append(reply_list) return; } // check cookie for reaction var is_like=getReaction(value.id,'like',1); var is_agree=getReaction(value.id,'agree',1); var photo=`https://static.tokyo-np.co.jp/tokyo-np/images/user_icon/`+getIcon(value.icon_type,icon_json,value.comment_type); var relativeTime = getRelativeTime(value.regist_date); var nickname = (value.nickname === '' ? (value.comment_type == 10 ? '管理人' : (value.comment_type == 20 ? 'author' : '匿名')) : value.nickname); var label_class = value.comment_type == 10 ? 'comment-author' : value.comment_type == 20 ? 'comment-author':''; var reply_list=`
  • ユーザー
    ${nickname} ${relativeTime}
    `; reply_list+=`
    `; reply_list+=`

    ${value.comment_text}

    `; if(value.comment_edit_status==10){ reply_list+=`

    管理者によりコメント編集済み

    `; } reply_list+=`
    `; reply_list+=`

    コメントに『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

    `; reply_list+=`
  • `; $('#lst-comment-'+comment_id).append(reply_list) }); $('#reply_page').val(res.data.status.next_page) $('#more_button_' + comment_id).remove(); if (res.data.status.next_page > 0 && res.data.status.max_rec > 0) { var more_button = `
    `; $('#lst-comment-' + comment_id).append(more_button); } if(type==1) openReplyBox(comment_id,icon_json); } }) } function openReplyBox(comment_id,icon_json){ $('.replyCommentBox').remove() var type=30 var photo= getIcon(``,icon_json,type); var self_text=`自己紹介文が未登録です`; var label_class = type== 10 ? 'comment-author' : type== 20 ? 'comment-author':''; var commentBox=`
    ユーザー
    `; $('#reply-comment-' + comment_id).append(commentBox); const textarea = document.getElementsByClassName(`comment_reply_text_${comment_id}`)[0]; const charCount = document.getElementById(`charCount_${comment_id}`); textarea.addEventListener('input', function () { charCount.textContent = this.value.length; if ( this.value.length > 500) { charCount.style.color = 'red'; } else { charCount.style.color = ''; // Reset to default (black) } }); } function getIcon(icon_name,json,type) { if(type==10){ return `manager-icon.png`; }else if(type==20){ return `author-icon.png`; }else{ const iconArray = Object.values(json); if (iconArray.includes(icon_name)) { return icon_name; } return json["0"]; } } function toggleContent(trigger) { var content = $(trigger).siblings('.js-profile-content'); var isVisible = content.is(':visible'); if (isVisible) { content.removeClass('is-open'); } else { content.addClass('is-open'); } content.toggle(); }
    
    おすすめ情報

    文化の新着

    記事一覧