「本当に父だったんだろうか」松永拓也さんが明かした困惑 笑顔が増えた一方で 池袋乗用車暴走事故

2023年6月18日 06時00分 有料会員限定記事
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4年前、「父の日」の動画が多くの人の心を揺さぶった。
2歳の女の子が、玄関でそわそわと父親の帰りを待ち、ドアが開くと「ちちのひ、ありがと」とサプライズプレゼントを渡す、家族の日常のひとコマを映した2分弱の動画だ。
女の子は2019年4月の池袋乗用車暴走事故で、3歳で亡くなった松永莉子ちゃん。
父親の松永拓也さん(36)が公開した動画は、失われた日常の現実感を見た人たちに伝え、その尊さを強く印象づけた。
それから月日がたち、松永さんは今、「父親だった感覚が薄れている。本当に父親だったんだろうかって」という困惑の中にいる。
笑顔で過ごせる時間が増えてきた一方で、今までとは質の違う悲しみにも直面している。
事故直後から取材を重ねてきた中で、「まとまっていないことしか言えないんですけど」と、これほどまでに何度も言葉に迷う松永さんの姿を見たのは、初めてなんじゃないかと感じた。(デジタル編集部・福岡範行)

◆愛情も記憶もあるけれど

事故で亡くなった莉子ちゃんと、妻真菜さん=当時(31)=への愛情が薄れたわけではない。今も、寝る前や電車に乗っているときなど、静かに過ごす時間にはいつも、2人のことを思い、語りかけている。
2人と過ごした記憶も消えていない。莉子ちゃんは、松永さんが大げさな口調で絵本を読むのが大好きで、いつも大笑いして「やって、やって」とねだってくれた。松永さんの口からは、そんなエピソードが次々と出てくる。
でも、記者が「どんな笑い声だったんですか?」と尋ねた瞬間、松永さんの表情が急に曇り、声色が沈んだ。
「それが、なかなか思い出せないんです」

松永さんが、亡くなった長女の莉子ちゃんに読み聞かせていた絵本

愛情も記憶もあるのに、思い出の細かな質感が分かりづらくなっていく。松永さんが「夫だった、父親だった感覚が薄れていく」と表現した悲しさの一端が、表情に表れているように感じた。

◆日常の楽しみは増えている

父親としての感覚の薄れは、事故から3年が過ぎた頃から、じわじわと自覚してきた。
それは、松永さん自身が日常を楽しむ様子を意識的に発信してきた時期に重なっている。2022年12月7日には、奈良で講演した後にシカにせんべいを上げながら笑う姿の動画をSNSに載せた。2023年3月12日には「WBC観戦しました。」「凄く楽しい時間でした」と写真付きで投稿した。
遺族はずっと悲しんでいるというステレオタイプとは違う、笑って過ごせる時間もあることを知ってもらいたいと考えていた。
実際、笑顔の時間は増えているという。小学校から野球に打ち込んできた縁で、少し前から新しい草野球チームに入り、月2回ほど楽しんでいる。

取材中に笑顔を見せた、松永拓也さん

ポジションはセンター。取材では、事故当時に61キロだった体重が一時、81キロまで増えたことを明かしながら、「センターは結構、走るんで、しんどいっちゃあしんどい」と笑った。
莉子ちゃん、真菜さんと生きるという「ファーストベスト」はかなわないけれど、別の形の「セカンドベスト」を選ぼうとしているんじゃないかと、松永さんは説明する。一方で、「ファーストベスト」を諦めきれない自分もいるのかもしれないとも推し量る。

◆止まった時間と、動き続ける時間

莉子ちゃん、真菜さんと生きた時計の針は、事故で止まってしまったまま。だけれど、事故後も「物理的な時間」は動いている。
刑事裁判が終わり、社会の状況も自分自身の心境も少しずつ変化してきた。止まったままの時計の針と、今を刻む時計の針とのギャップが大きくなることで、父親の感覚が薄れるつらさにつながっているのかもしれない。

心境の変化を振り返る松永拓也さん。壁には事故があった2019年4月のカレンダーが貼られたままだ

もう一つ、松永さんが口にしたのは、事故後、何度も繰り返してきた「過去は変えられないけれど、今と未来は変えられる」という言葉の影響だった。
この言葉には、2人の命を無駄にしないために、事故を減らしたいという決意がこもる。一方で、過去にとらわれすぎないようにしようという言葉にも聞こえる。
実際、松永さんは2人の動画をよく見返して「こんな声だったな」と思い出すけれど、それ以上は考えないようにしているという。
「過去には絶対に戻れないので、考えても仕方のないことは考えないようにしてきた。じゃないと、僕はつらくて生きていけないので」。悲しみと付き合うために心掛けてきた「テクニック」だ。

インタビュー中にも自分の気持ちを探るような場面が多かった松永拓也さん

しかし、今、記憶の細かな部分が思い出しづらいという苦しさを抱えている松永さんにとっては、その「テクニック」が自分と過去との距離を広げてしまう効果を招いているようにも映る。
事故防止への決意と、そのための活動は、松永さんが生きる意味になっている。その決意は今も一貫して持ち続けている。ただ、それが葛藤の種にもなっている。
「ぐるぐる、ぐるぐると考えているんだろうな。まあ、でもずっと課題がある方が張り合いが出るかもしれないし。たぶん僕は、いろいろ考えて、『つらい』『苦しい』と思う方が活動のパワーに変えられるタイプなんで」

◆松永さんがはっきりと語ったこと

父親としての実感は、少しずつ育んできたものだった。真菜さんのおなかの中にいた莉子ちゃんに話しかけていたときも、出産に立ち会ったときも、生まれたばかりの莉子ちゃんが松永さんの人さし指を握ってくれたときも、まだ実感は薄かった。

莉子ちゃんを抱く拓也さんの写真。2016年の結婚記念日、真菜さんに感謝の言葉を添えてプレゼントした

その後、莉子ちゃんが立つようになり、真菜さんと一緒に玄関先で毎日、「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」をしてくれるようになり、「おとうしゃん」と口にするようになり、それが「おとうさん」に変わり。
思い出を増やしながら、父親として生きてきた日常は、交通事故で突然、失われた。その悲しみは決して、乗り越...

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