2021年1月~3月に開催した「やってみたシリーズ アイデア募集イベント」に多くのご応募をいただきありがとうございました。皆さまから頂いたアイデアについて、社内で検討し、Blogの記事として公開するテーマを決定しました!(当選発表の記事はこちら)
今回は2つ目のROX補正について「やってみた実験」が完了したので、その結果を公開します。
1つ目のトランスフェクション試薬のインキュベーション時間についての記事はこちらをご覧ください。
はじめに
この企画で今回お応えすることになったのは、ハンドルネーム “Narupiyo” さんからご応募いただいたアイデアです。
「リアルタイムPCR ROXはどこまで誤差を補正してくれるのか検証してみた」 どの程度までピペッティング誤差を補正してくれているのでしょうか.(原文まま)。
これも良いアイデアですね!ROX補正機能は弊社のリアルタイムPCRシステムの特長ですので、われわれがやらねば誰がやる!という意気込みで実際に実験してみることにしました。ROX補正とは、反応液中に含まれているリファレンスとなるROX色素の蛍光強度で、レポーター色素(e.g. FAM, VIC, or SYBR™ Green)の蛍光強度を割ることによりウェル間のばらつきを標準化することです。ROX補正について動画もご用意しておりますので、ぜひご覧ください。
材料と方法
材料:
リアルタイムPCR反応液 | (μL) | (μL) | (μL) |
HeLa cDNA(1 ng/µL) | 1 | 2 | 3 |
Applied Biosystems™ TaqMan™ Fast Advanced Master Mix | 5 | 10 | 15 |
Applied Biosystems™ TaqMan Gene Expression Assay (20x) GAPDH | 0.5 | 1 | 1.5 |
Nuclease-Free Water | 3.5 | 7 | 10.5 |
Total | 10 | 20 | 30 |
※ウェル 間で調製誤差が生じないようにするため必要本数分まとめて調製し、各容量を分注しました。
方法:
1 ウェル あたりの標準の反応液量は20 µLに設定しました。ピペッティング誤差による影響を見るため、あえて液量を±10 µLと振って、10 µL/ウェルと30 µL/ウェルのものと比較しました(図1)。もちろん、各試薬の比率は共通にして、Total の液量のみを変化させました。リアルタイムPCRシステムは、Applied Biosystems™ QuantStudio™ 5 を使用し、Fast modeに設定して下記条件でランを実施しました。
ROX補正の有無において、増幅曲線とCT値を比較しました(n = 12)。
結果と考察
それではピペッティング誤差をROX補正してみた結果をご紹介します。
まず、ROX補正をしない場合の結果を確認しましょう。反応液量が10 µL(赤線)、20 µL(青線)、30 µL(緑線) ではっきり異なる増幅曲線になりました(図2左)。反応液量が多いほどCT値※1 が低くなったことから(表1)、ピペッティング誤差で反応液量を多く加えてしまうと、遺伝子発現量などを真の値よりも多めに定量してしまうことが考えられました。逆に、反応液量が少ない場合はCT値が高くなったので、遺伝子発現量などを少なめに定量してしまうエラーが生じる可能性が示唆されます。さらに、今回は12反復で実験を実施しましたが、赤・青・緑のそれぞれの線がぴったり重ならないことから、反応液量の違いのみならず ウェル ごとに誤差があることも明確に認識できました(図2左)。
次に、ROX補正した場合の結果を確認しましょう。ぱっと見ると赤い線が1本だけのように思えます(図2右)。実は、これがROX補正の効果をよく現しています。この図は1 ウェル だけの結果を表示しているわけではなく、10 µL、20 µL、30 µLそれぞれ12反復で36本の増幅曲線を表示しています。しかし、ほぼ完全に重なっているため、1本の赤い線のようにしか見えないということです。つまり、反応液量差やウェル ごとの差が原因となって36本に分かれて見えていた増幅曲線ですが(図2左)、データをROX補正することで誤差が小さくなって1本に重なり、すべてのウェルでばらつきの小さいCT値を得ることができました(表1)。
ROXの有無を具体的に比較すると、反応液量の差があってもCT値の差が小さくなり、12反復内のばらつき(標準偏差)も小さくなりました(表1)。このことは、たとえピペッティング誤差が大きくても、ROX補正によりばらつきの少ない安定した定量値が得られることを示しています。今回ご応募いただいた “Narupiyo” さんには、「±10 µLまでのピペッティング誤差であれば、かなり精度高くROX補正することが可能です」とお答えすることができそうです。
※1 CT値:Threshold Cycle の数値のことで、Threshold Lineと増幅曲線の交点のサイクル数のこと。
では、ROX補正はどのように行われているのでしょうか。今回の実験結果をマルチコンポーネントプロットで確認してみましょう。マルチコンポーネントプロットでは、PCR反応中の蛍光色素ごとの蛍光強度変化を確認することができます。今回の実験では、パッシブリファレンスとしてROX、対象遺伝子であるGAPDHのレポーターとしてFAMが使われています(図3)。PCR反応が進んでも、リファレンスとなるROXの蛍光強度には大きな変化はありませんでしたが、GAPDHはPCR増幅されるのでFAMの蛍光強度は上昇しました。FAMもROXも10 µLの場合の蛍光強度が低く、30 µLが高いという結果でした。ここでFAMの値をROXで割ることにより標準化すると、図2右のような反応液量が異なっていてもほぼ同じCT値が得られるような増幅曲線が描かれます。これがROX補正です。同様に、それぞれの反応液量ごとに12反復分のばらつきがあることが見てとれますが、これもROXで補正することが可能です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回の実験では、±10 µL というかなり大きなピペッティング誤差を設定し、ROX補正をやってみました。その結果、反応液量の差もウェル 間の差もROXで補正することができ、ばらつきの少ない精度の高いデータを得ることができました。これにより、弊社のリアルタイムPCRシステムの特長の1つであるROX補正の有用性を再認識することができました!
ただし、今回ご紹介したようにROX補正によりピペッティング誤差などを補正できますが、それを過信することなく、皆さまが実験される際には丁寧・正確なピペッティングを心がけていただければと思います。
今回の実験は、2021年1月~3月に開催した「やってみたシリーズ アイデア募集イベント」にご応募いただいたアイデアにお応えするかたちで実施しました。“Narupiyo” さん、アイデアをご応募いただきありがとうございました。今回はピペッティング誤差として反応液量の違いをROX補正してみましたが、せっかくなので他にもいろいろROX補正してみることにしました。現在、鋭意執筆中ですので次の記事公開まで少々お待ちください!
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今回の記事に関連する、過去のBlog:
【やってみた】トランスフェクション前の試薬のインキュベーション時間、0~24時間までふってみた
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