8歳男の子、車にはねられ眼底骨折 上田署「物損事故でもよいのでは」→母の抗議で一転人身事故に 募る不信感【声のチカラ】
「子どもがけがをしたのに物損事故にされそうです。力を貸してください」。上田市の女性(45)から本紙「声のチカラ」(コエチカ)に助けを求めるメッセージが届いたのは5月だった。聞けば、小学3年の四男(8)が近所で車にはねられて眼底骨折などのけがをしたのに、上田署に物損事故として処理されそうだという。なぜそんなことになるのか、上田署の事故対応を追った。(牧野容光)
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女性によると、事故があったのは4月30日の昼下がりだ。四男は三男(11)と一緒に自宅の庭でボール遊びをしていた。すると、ボールがフェンスを越えて敷地外の市道へ。四男は転がったボールを拾い、庭に投げ入れ、戻ろうとしていた時に乗用車にはねられた。
「ぎゃっ」。女性は悲鳴を聞いて外に飛び出した。四男は路上にうつぶせに倒れ、数メートル先にはボンネットがへこんだ車が止まっていた。
手が震えてスマホがうまく握れなかった。何とか119番通報し「きゅっ、救急車を!」と声を絞り出した。女性は四男に付き添い、救急車で市内の医療機関へ。幸い、命に別条はなかった。
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女性が、けがの応急処置を終えた四男とともに帰宅したのはその日の午後6時半ごろ。現場に駆け付けて捜査に立ち会い、先に帰宅していた夫から耳を疑うようなことを聞かされた。
「捜査を担当した上田署の係長が、物損事故(扱い)でもよいのではないかと言うんだよね」
「息子が大けがをしたっていうのに…」。女性は疑問に思い、署に電話した。すると、係長は署に来るよう求めた。署に赴くと、係長は改めて「物損事故でもよいのではないか」と言った。
将来どんな影響が出るかも分からない人身事故。物損扱いにされたら、十分な補償が得られなくなる可能性もあるのではないか―。「それはおかしい」。女性は抗議した。
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取材班は経過を確認するため、上田署に取材を申し込んだ。伴野達也副署長が取材に応じたのは6月22日だった。副署長は係長の発言を事実と認めた上で「事故の被害者に不快な思いをさせてしまい、不適切であった」と答えた。
なぜ物損事故にしようとしたのか。伴野副署長は「係長から理由を聞いているがコメントは差し控える」とした。
係長は他の人身事故も物損事故として処理しようとしたことがあるのではないか―。取材班の質問に、副署長は「コメントは差し控える」と繰り返した。
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捜査に立ち会った夫は事故当日、係長が「こんな現場検証に時間をかける必要はない」といった趣旨の発言をしていたとメモしていた。女性は「業務負担を減らすため、物損扱いにしようとしたのではないか」といぶかる。
そこで取材班はもっと詳しい事情を聴こうと、県警本部(長野市)の交通指導課に取材を申し込んだ。7月4日に塩入一清次長が対応。「一概に、人身事故より物損事故の方が業務負担が軽いとは言い切れない」とし「(上田署の係長は)事故被害者がけがをしたことを知らずにそのような発言をした可能性はないだろうか?」と指摘した。
確かに事故当時、係長は四男が救急車で運ばれた後に現場に着いた。係長は当時、四男の容体を知らなかった可能性はある。だが、女性は当日夜、上田署に呼び出された際に、四男が眼底骨折などのけがをした事実を伝えていた。
改めて署に取材を申し込むと、伴野副署長が7月20日に取材に応じ「係長はけがを知った上で、物損事故として処理してもよいのではないかと発言した」と認めた。理由については「(加害者が被害者の)近所だったから」と説明。「そうだとしても、物損事故として扱うことは許されない」と付け加えた。
上田署はその後、一連の対応を謝罪し、物損事故扱いにはしないと確約した。女性は取材に「人身事故として扱ってもらえることになってよかった。でも、警察には強い不信感が残った」と話した。