人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った世界初の網膜細胞移植が9月12日、先端医療センター病院(神戸市)で実施された。臨床研究チームを率いた理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの高橋政代プロジェクトリーダー(53)を支えたのは、京都大医学部の同級生3人だった。このうち網膜細胞に続く難病の臨床応用を目指す京都大の高橋淳教授(52)は夫でもある。再生医療の発展という共通の目標に向けて、お互いの研究をときに厳しく、ときに温かく見守り、切磋琢磨(せっさたくま)を重ねてきた夫婦。妻が「一番嫌なところを突いてくる相手」と評した夫も世界初の手術が近づくと、普段の厳しい指摘を封印し、〝内助の功〟に徹したという。2人の口から語られる「夫婦愛」の実像とは。
携帯に届いた「よかったね」
9月12日午後7時半過ぎ、神戸市内のホテルで開かれた記者会見。高橋政代氏は白いジャケットに胸元に黒いコサージュを付けて登場した。
iPS細胞由来の網膜細胞を世界で初めて患者の体に移植する手術は、会見の約3時間前に無事に終了していた。それでも高橋氏は会見で「大きな一歩と思いたいが、一般的な治療にするためにどんどん進んでいきたい」と表情を引き締めながら質問に答えていた。今後の実用化に向けた長い道のりを意識してのことだろう。
その表情が笑みに変わったのが、夫で京大教授である高橋淳氏について問われた瞬間だった。
「まずは目からいきますので、後はお願いしますと言いたいです」
iPS細胞を樹立した山中伸弥氏がトップを務める京都大iPS細胞研究所で、ドーパミンの減少から運動などに支障が出る難病、パーキンソン病の治療方法を研究する淳氏のグループは、来年初めにも臨床研究を申請し、平成28年ごろに移植手術を行う計画を立てている。
iPS細胞からドーパミンを出す神経細胞を作って患者の脳内に移植する再生医療だ。夫にエールを送ったときの高橋氏は、優しい表情をみせた。
研究者同士の結婚は珍しくない。ただ、夫婦そろって一線級の実績を残すカップルはそう多くない。どのような夫婦生活を送っているのかを尋ねる質問が相次いだ。
高橋氏は「本当にいいディスカッションの相手。一番嫌なところも突いてきますし、ですからケンカもします」と打ち明けつつ、「プロジェクトの危ないところ、しっかり研究しないといけないところを全部指摘してくれた。非常にプロジェクトには有用な人だった」と感謝の気持ちを述べた。
手術後、夫の携帯電話にメッセージを送ると、「よかったね」と返信があったと明かし、強い夫婦愛をうかがわせた。