立花孝志氏はトリックスター 政界に新しい風を起こすか、それとも混乱をもたらすだけか

モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら(191)

「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首
「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首

沈黙の螺旋に巻き込まれた?

気が付けばオールドマンとなり、自分が仕事の場としている新聞は、テレビやラジオや雑誌とともに「オールドメディア」と呼ばれるようになっていた。なんだか浦島太郎の気分だ。

この呼称には旧来あるメディアという意味だけでなく、若者は見向きもしない老人御用達のメディアという揶揄(やゆ)も含まれているように思う。「オールドメディアマン」のひがみかしらん。

そのオールドメディアがいままさに剣が峰に立たされているように思う。11月17日に実施された兵庫県知事選の結果は、「オールドメディアがSNSに敗北した」「オールドメディアの時代は終わった」といった印象を国民の多くに刻印してしまったからだ。これにより、オールドメディアが滑り落ちていた傾斜の角度は10度から20度に上がってしまうのでは、とオールドメディアマンは憂うのだ。選挙直後、産経ニュースはこう報じた。

「17日投開票の兵庫県知事選で共同通信社が実施した出口調査を年代別に見ると、無所属の前職、斎藤元彦氏は60代以下の全年代で他の候補を上回った。投票で重視したこととして、斎藤氏の失職のきっかけになった疑惑告発文書問題と回答したのは9%にとどまった。交流サイト(SNS)を駆使して疑惑払拭を図った斎藤氏が若年層を中心に支持を広げた。60代は元尼崎市長の稲村和美氏とほぼ同数だったが、50代以下の57%は斎藤氏に投票した。70代以上では稲村氏が上回った」

同じく出口調査を実施した読売新聞は、有権者が投票にあたって参考にした情報源は「新聞やテレビ」が34%、「SNSや動画投稿サイト」が26%で、SNSや動画投稿サイトを参考にした人の9割弱が斎藤氏を支持したと報じた。

選挙前、オールドメディアはこぞって斎藤氏のパワハラ疑惑やおねだり疑惑、公益通報者保護法違反疑惑といった情報を面白がっているかのようにこれでもかというほど報じた。県議会は全会一致で不信任決議案を可決した。それにもかかわらず、多くの有権者はオールドメディアや県議会を冷笑するかのような投票行動をとったのである。

言うまでもなく、わが国は異論を許さぬ一党独裁の国ではない。それにもかかわらずオールドメディアは「こぞって」、県議会は「全会一致」の行動をとっていた。「多様性」とやらはどこへ消えてしまったのだろう。思うに両者は間違いなく「沈黙の螺旋(らせん)」に巻き込まれていた。

「沈黙の螺旋」とはドイツの政治学者、エリザベート・ノエル=ノイマンが唱えた仮説だ。社会的な存在である人間は本能的に周囲の環境や社会の動向、メディアの報道を観察し、社会からの孤立を避けようとする。自らの意見が多数派であると思われる場合はそれを堂々と公表するが、少数派であると思われる場合は社会的な孤立を恐れて沈黙を選ぼうとする。こうして多数派の声は無根拠に大きくなり、少数派は無根拠に声をひそめるようになる。

オールドメディアは地道な取材を通じて得たエビデンスの積み上げをしてきたのだろうか。県議会の議員たちは県職員に丁寧な聞き取り調査を行ったのだろうか。両者は沈黙の螺旋に巻き込まれて同じ角度からものごとを眺め、お気楽にぐるぐると旋回していただけではなかったか。

SNSの存在しない時代であれば、有権者も沈黙の螺旋に巻き込まれ、斎藤氏の当選は絶対になかったはずだ。今回の結果は、両者に反省と丁寧な検証を迫る画期的なものだった。

気になるのは、オールドメディアとSNSがあたかも対立するものであるかのようにとらえる風潮だ。大きな間違いだ。この2つがエビデンスに基づいた真っ当な批判をしあえるような「共振関係」を築けば、それは民主主義を守るうえで強力な武器となると信じるからだ。良き共振関係を模索することこそがオールドメディアのこれからの使命ではなかろうか。

前代未聞の出馬理由

話題を変えよう。今回の選挙のもうひとりの主役である政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首についてだ。自身は当選を目指さず「斎藤前知事の合法的なサポートをする」と知事選に出馬、選挙期間中の産経新聞の取材に対して「正確に言えば、僕は斎藤さんを応援していない。真実を知ってくださいと言っているだけ。真実を知れば、自動的に斎藤さんの応援になる」と話した。

立花さんはユーチューブに知事選関連の動画を100本以上投稿し、総再生回数は計約1500万回に及んだという。

SNSの影響力と使い方と公職選挙法をはじめとする法律を熟知し、いたるところにディープスロート(情報提供者)を持つと思われる立花さんは、常人にない発想と行動で世界を攪乱(かくらん)しようとする。東京都知事選で19人の公認候補と関連する5人の計24人を擁立したうえで、一定の金額を寄付すれば寄付者が独自に作成したポスターを選挙掲示板のNHK党枠に貼れるようにした行為は記憶に新しい。

NHK党のホームページで立花さんは「NHK党は、真の民主主義の実現のため、『諸派党構想』戦略を掲げ、少数派が抑圧されることなく公平に戦える場をつくることで政界に嵐を起こします。一部の既得権からの得票に頼るだけの政治家ではなく、志ある真面目で優秀な人が多数政治参加したいと思える世界を作り、真の民主主義実現を目指します」と訴えているが、果たして…。「真の民主主義実現」を目指すのであれば、「オールドメディア=噓」と「SNS=真実」というきわめて雑な対立構図を作り出し、それをあおるのは逆効果ではないかと思う。

こんな立花さんの言動を見聞していて思った。「この人こそ現代のトリックスターだ」と。

トリックスターとは、世界各地の神話に登場する、いたずら好きで変幻自在で途方もないことをやってのける道化のことだ。日本の神話ならスサノオがそれにあたる。文化人類学者の山口昌男さんはトリックスターの特徴や働きを次のように記す。

①小にして大、幼にして成熟という相反するものとの合一②盗みやトリックによって秩序を擾乱(じょうらん)する③至るところに迅速に姿を現す④新しい組み合わせによって未知のものを創出する⑤旅行者、伝令、先達として異なる世界を接続する⑥失敗を恐れず、失敗を笑いに転化させる-などなど。

立花さんを連想させる特徴がじつに多い。自覚してトリックスターを演じているのか、それとも生来のトリックスターなのかは判然としないが、この希代のトリックスターの荒っぽい攪乱は、日本の政界に新しい風を起こすのか、それとも混乱をもたらすだけなのか、今後を見守りたい。(桑原聡)

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