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Press Releases

DATE2023.02.27 #Press Releases

鳥類の翼のかたちは祖先である恐竜で進化した

――化石に残る姿勢から前翼膜の進化を解明――

 

宇野 友里花(地球惑星科学専攻 博士課程)

平沢 達矢(地球惑星科学専攻 准教授)

 

発表のポイント

  • 鳥類と爬虫類について、関節した状態で保存された化石骨格の前肢の関節角度を計測し、鳥類のように翼の前縁に「前翼膜」があると、肘関節の角度が低い範囲に収まって化石化することを明らかにしました。
  • 鳥類の祖先系統である獣脚類恐竜について、関節した状態で保存された化石骨格の肘関節角度を計測すると、飛行生態が進化する以前(マニラプトル類)に、すでに前翼膜が進化していたことが分かりました。
  • これまで証拠が得られにくかった軟体部の進化過程についての成果であり、白亜紀末に絶滅した恐竜の生態や、鳥類の体の構造の成立過程についての理解に寄与することが期待されます。


飛行生態が進化する以前に恐竜系統で獲得された前翼膜


 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の宇野友里花大学院生と平沢達矢准教授は、世界各地の地層から産出した化石骨格の姿勢の比較解析を行い、前翼膜は鳥類(注1)の祖先系統に当たるマニラプトル類(注2)で進化し、鳥類に受け継がれたことを見出しました。鳥類の翼の前縁には「前翼膜」という部分があり、その内部には肩と手首を結ぶ「前翼膜筋」という筋肉があります。前翼膜は、羽ばたき飛行の際に最小限の筋肉で翼の動きを制御するのに役立っています。鳥類は恐竜(注3)から進化したことが知られていますが、筋肉や皮膚は化石に残りにくいため、この前翼膜がいつ進化したのかは分かっていませんでした。

今回の解明は、飛行生態が進化する以前に羽毛だけでなく前翼膜も獲得されていたことを示しており、鳥類の祖先に当たる恐竜がどのような生態をしていたのか、そしてそこからどのように鳥類へと進化したのかについての解明につながることが期待されます。

 

発表内容

〈研究の背景〉
鳥類は、およそ1億5000万年前までに、恐竜から進化しました。これまでの研究で、祖先である恐竜の段階から羽毛や鳥類型の呼吸器(気嚢系)がすでに進化していたことが見出されてきました。最近の本や映画等でも、羽毛をまとい、酸素を多く必要とする活発な運動をする恐竜の姿が描かれています。一方、中生代(注4)に生息していた初期の鳥類では、翼の先端にカギ爪が生えた3本の指があり、羽ばたき飛行の際に肩関節の動きを補助する靭帯はまだ発達していなかったことが分かっています。近年、このように、鳥類の体の構造が恐竜から初期鳥類にかけて徐々に進化してきたことについて理解が進みつつあります。

鳥類の翼が進化する中で新たに獲得された構造(進化的新規形質(注5))の1つに、「前翼膜」(図1)があります。この前翼膜は、翼の前縁に張った膜状の構造であり、その内部には肩と手首を結ぶ「前翼膜筋」という筋肉が入っています。この前翼膜筋は、肩関節、肘関節、手首関節の3つの関節をまたぐ筋肉であり、これは脊椎動物の手足の筋肉としては非常に珍しいものと言えます。現在生きている脊椎動物の中には、このような前翼膜および前翼膜筋を持つものはいません。そのため、鳥類へ至る進化のどこかで獲得された進化的新規形質だと推測されていましたが、軟組織は通常化石として保存されず、その進化過程についてはほとんど分かっていませんでした。例外的に軟組織の痕跡も残る保存状態が良い化石のうち、前翼膜のような構造を持つ恐竜の化石が2例のみ知られていましたが、それらが鳥類の前翼膜と同じものであるかどうかについて証拠はありませんでした。


図1:現在の鳥類の翼にある前翼膜
翼の前縁に張る前翼膜の内部には前翼膜筋があり、翼を広げる際に、肘関節を伸ばすことで同時に手の骨格を広げる役割を持つ。

 

〈研究の内容〉
研究グループは、前翼膜があると肘関節を一定の範囲以上伸ばすことができないことから、動物の死後、堆積物中に埋まって化石として保存された場合でも、前翼膜を持つ動物では肘関節が一定の角度を超えない姿勢となるであろうと予想しました。これを検証するため、恐竜以外の爬虫類(注6)の化石と新生代(注7)の鳥類の化石に注目し、関節を保ったまま保存されている化石の画像から、肘関節の角度を計測し、爬虫類と鳥類で比較しました。ここで用いた鳥類化石はすべて現在の鳥類系統に含まれているため、確実に前翼膜を持っていた動物の化石の代表とみなすことができます。比較の結果、統計学的に有意に、爬虫類化石と比べて鳥類化石では肘関節角度が小さい範囲に収まって保存されていることが分かりました(図2)。具体的には、鳥類化石では肘関節角度が111.0度を超えることはありません。したがって、肘関節が111.0度を超えた角度で化石として保存された動物は前翼膜を備えていなかったと復元できます。


図2:前翼膜の有無による死後の肘関節角度の範囲の違い
前翼膜を持つ動物では、死後も肘関節が大きく開かずに堆積物中に埋没し、化石化する。

 

次に、研究グループは、恐竜と初期鳥類の化石でも肘関節の角度を計測しました。計測データを系統図上で比較すると、鳥類に至る系統のうち、マニラプトル類(図3)では常に肘関節の角度が小さい範囲に収まる姿勢で化石化していることが分かりました。肘関節角度と前翼膜の有無の関係性を当てはめると、前翼膜を持たないような種はマニラプトル類の系統内にはいなかったと推定されます。

さらに、例外的に軟組織の痕跡が保存されている、前翼膜のような構造を持つ恐竜の化石について、2例とも標本の再調査を行いました。その結果、前翼膜と同様に肩と手首の間に張っている軟組織が確認されました。これら2例の恐竜はマニラプトル類に含まれる種であることから、常に肘関節の角度が小さい姿勢で化石化するマニラプトル類は前翼膜を持っておりそれが鳥類に受け継がれた可能性(図3)が支持されます。

 


図3:化石骨格の肘関節角度から推定した前翼膜の進化過程
カウディプテリクスとミクロラプトルについては、前翼膜が保存された化石も見つかっている。

 

〈今後の展望〉
今回、前翼膜は飛行生態が進化する以前に獲得されたものであることが分かり、絶滅した恐竜の生態について今後さらに研究が発展するはずです。また、研究グループは、祖先動物の前肢の形態がどのように変化して前翼膜が獲得されたのかに関して、現在の鳥類と爬虫類の胚発生を細胞、遺伝子レベルで比較する研究も進めています。化石を対象とする古生物学研究と発生学研究を融合することで、鳥類の体の構造の成立過程について解明が進むと期待されます。

 

研究助成

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:17H06385、19K04061、平沢達矢)などの支援を受けて行われました。

 

論文情報

雑誌名 Zoological Letters
論文タイトル Origin of the propatagium in non-avian dinosaurs
著者 Yurika Uno, Tatsuya Hirasawa*
DOI番号

10.1186/s40851-023-00204-x

 

用語解説

注1  鳥類

現在、鳥類は陸上脊椎動物の中で最も種の多様性が高く、1万種近くの現生種が生息している。鳥類系統は、約1億5,000万年前(後期ジュラ紀)までに、恐竜の系統から分岐した。

注2  マニラプトル類

マニラプトル類は、獣脚類恐竜の中でも、鳥類と近縁な動物および鳥類を含む系統である。オビラプトロサウルス類(カウディプテリクスなど)、テリジノサウルス類、ドロマエオサウルス類(ミクロラプトル、ヴェロキラプトルなど)、トロオドン類、鳥類などが含まれる。

注3  恐竜

恐竜は、約2億3,000万年前(後期三畳紀)までに出現し、その後の中生代にわたって陸上生態系の中で大繁栄した。6,600万年前の白亜紀末の大量絶滅で、鳥類を除く恐竜は絶滅した。恐竜のうち、獣脚類という系統の中から鳥類が進化した。

注4  中生代

2億5,190万年前から6,600万年前の地質年代。

注5  進化的新規形質

進化の中で祖先生物に起源を辿れない特徴(表現型形質)が新たに獲得されることがあり、その特徴のことを進化的新規形質と呼ぶ。進化的新規形質がいつ、どのように獲得されたのかを調べていくことで、生物の姿かたちが多様化するメカニズムの解明を進めることができます。

注6  爬虫類

「爬虫類」というグループは、現在、専門的にはほとんど用いられていない。いわゆる爬虫類の系統の中から鳥類が進化したが、進化研究では系統どうしの比較解析を行うことになるため、同じ系統でありながら鳥類のみを除外する「爬虫類」というグループは扱いにくいからである。しかし、論文と異なり、ここでは平易な説明のために「爬虫類」という呼称を用いた。

注7  新生代

6,600万年前から現在までの地質年代。