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荒井康成さん インタビュー 「キッチンにいる自分を好きになって、日常を豊かにする」 <font style="font-size: 60%;">食卓が生み出すものとは?―世界の食卓から学んだ知恵と工夫― vol.4</font>|LIVING DESIGN CENTER OZONE

荒井康成さん インタビュー
「キッチンにいる自分を好きになって、日常を豊かにする」
食卓が生み出すものとは?―世界の食卓から学んだ知恵と工夫― vol.4

世界各地の食卓にまつわるエピソードを通じて、地域の生活や文化を探り、食のあり方を考える全4回のシリーズ「食卓が生み出すものとは?―世界の食卓から学んだ知恵と工夫―」。

最終回に登場するのは、フランスの陶器メーカーで働いた後、国内外の料理道具の魅力を伝える「料理道具コンサルタント」として独立し、活動の幅を広げている荒井康成さんです。さまざまな国の道具にまつわる由来や使い方、食文化について発信し、その人のライフスタイルに合った道具選びの手助けをしています。荒井さんが料理道具に惹かれたきっかけや、フランスでの食の体験から得た学び、料理道具コンサルタントとして大切にしていることについてお話を伺いました。

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荒井さんのご自宅兼アトリエのキッチン。料理道具、食器、スタイリング用の装飾がぎっしりと並ぶ。休日には息子さんと一緒に料理をすることも。

食事の時間を大切にするフランス

「料理道具コンサルタント」という肩書きで、世界中の料理道具の価値と魅力を伝える荒井康成さん。料理道具の歴史や使い方、道具が生まれた国の文化と料理など、幅広い知識を著書にまとめて出版したり、調理専門学校で教鞭を執るほか、近年は得意とする写真や映像を駆使して家電メーカーや食品会社のプロモーション用ビジュアルのディレクションを務めるなど、多岐に渡って活躍しています。そんな荒井さんが海外文化の魅力に目覚めたのは、小学校の頃に訪れた輸入雑貨店がきっかけでした。
「共働きの両親の元で育ち、幼少期から高校生までは板橋区の団地で暮らしていました。親が新橋で働いていたこともあって、幼い頃から銀座に行く機会が多かったのですが、輸入雑貨が好きだった母親の影響で、当時銀座にあったソニープラザ(現プラザ)によく連れて行かれて。そこで海外のおしゃれな雑貨に目を奪われて、漠然と『いつかこんな店で働きたい』という夢が芽生えたんです。実際、大学生になって一人暮らしを始めてからソニープラザでアルバイトをしながら、少しずつお気に入りの輸入雑貨を集めるようになりました」
大学を中退し、ビジネスとファッションの専門学校を卒業して働き出した荒井さんは、当時爆発的に人気があったシュークリーム専門店の店長として店を切り盛りしていましたが、流行に翻弄され、日々忙殺される中で、「やはり自分が好きな雑貨の世界に行きたい」と決意。フランスの耐熱陶器メーカー「エミール・アンリ」の輸入商社に入社し、営業として再スタートを切ります。

今でこそフランス製の耐熱陶器は日本で市民権を得ていますが、荒井さんが営業を始めた1994年当時はエミール・アンリが日本に上陸したばかりで、そのカラフルな色や重さは日本ではなかなか受け入れられなかったそうです。荒井さんはこれらの食器を売るために、もっとフランスの食文化を知る必要があると、足しげく渡仏するようになります。
「パリから2時間以上離れた片田舎のブルゴーニュ地方に工場があったのですが、一番驚かされたのは、食への向き合い方でした。日本では30分で昼食を済ます人が珍しくありませんが、彼らは1時間〜1時間半かけてゆっくり食事をして、時にはアルコールを嗜む人も。また、小学生くらいから自分専用の折り畳み式のペティナイフを持っていて、昼食時にバゲットやチーズ、リンゴをナイフで切って食べる姿も印象的でした。食事の時間や道具を大事にすること、つまり食べる時間を大切にする姿勢にはすごく感化されましたね」

日本とフランスを行き来しながら、双方の文化を丁寧に説明し、商品開発や販売促進活動に取り組んだ結果、次第に実を結び、エミール・アンリは人気を博していきました。その後、独立した荒井さんは、料理道具の奥深さを伝えようと、料理道具コンサルタントへと転身しました。

エミール・アンリの食器

エミール・アンリの食器。オニオンスープボウル、シードルカップ、ラメキン、サラダプレート、タジン鍋。

本社や各国代理店の方々と食事

1997年(当時27歳)、エミール・アンリ本社のあるフランス・ブルゴーニュ地方のマルシニーにて、本社や各国代理店の方々と食事。

日本の食文化を象徴する玉子焼き器と木のまな板

荒井さんは、10年前に購入した東京・下町の分譲マンションで、奥様と中学生の息子さんと3人で暮らしています。家を選んだ決め手は、日当たりと風通しの良さ、そしてキッチンと食卓の距離だったと言います。
「つくった料理をすぐに食卓に出して、熱々の美味しい状態で食べる。食事の時間を大切にしたいから、その動線にはこだわりました。平日は僕が、週末には妻が料理を担当していて、最近では息子も台所に立つ機会が増えています。また、食事中はテレビをつけず、スマホを見ないというのが我が家のルールです。フランスの食文化から、五感をフル稼働させて食事と会話の時間を大切にすることを学びました。食事を楽しんだ経験は記憶に残るものだし、自分の子どもや学生たちにもこうした時間の価値を伝えていきたいんですよね」

そんな荒井さんの家は文字通り、キッチンとダイニングが住まいの中心にあります。ここで写真や動画の撮影をすることも多く、キッチンだけでなく食卓の周りには、国内外から集められた道具がたくさん並んでいます。荒井さんにとって、特に思い入れのある料理道具を挙げてもらうと、意外な道具が飛び出しました。
「玉子焼き器ですね。玉子焼きって日本の食文化を象徴する食べ物のひとつで、(玉子焼き器は)海外にはない日本独自の調理器具です。しかも、関東と関西では味付けが違うから形が違う。関東は砂糖、醤油で味付けをして、最後に下駄型の木蓋で押さえて焦げ目をつくります。関西はだし入りで、巻いて焦げ目をつけないように焼く。それぞれの地域で好まれる味や仕上がりに適した形になっているのが面白いですよね。地域の食文化が道具の形に現れた面白い例として、学生たちにもよく話すエピソードのひとつです。個人的に思い入れがあるのは、この桜のまな板です。祖母、母、私と親子三代80年受け継がれているものです。昔は食材ごとにまな板を変えていた風習があって、肉用には脂を吸い込む桜がいいとか、野菜用には柔らかいイチョウ、魚用には消臭効果のあるヒノキといったように使い分けていたそうです。利便性が優先されて、近年はプラスチック製のまな板が普及しましたが、最近サステナブルな考え方が浸透してきて、木のまな板がまた見直されています」
時代の変遷に沿って、求められる料理道具にも変化が現れる現象は、文化的、歴史的に見ても面白いと語る荒井さん。こうした事象も捉えることで、若い世代にも料理道具の奥深さを伝えています。

銅製の玉子焼き器

銅製の玉子焼き器。木蓋付きの関東型は10年以上使用。奥に重ねた縦に細長いのが関西型。その下の横幅がある大きいものが名古屋型(う巻き用)。

50年以上使用しているまな板

使い込まれたまな板。一番上は荒井さんが母親から譲り受け、50年以上使用しているもの。

料理をする姿を客観的に見つめて、日常をアップデート

料理道具コンサルタントとして、荒井さんは日々さまざまな道具に触れる中で、その人のライフスタイルに合った道具に出会ってほしいと考えているそうです。
「デパートであれば良い位置に陳列されたもの、ネット通販ではおすすめされたものを躊躇なく買う人が多いですが、その道具が必ずしもその人にフィットするわけではありません。道具のことを少しでも知っていたら、その人にとって最適な道具選びができて、もっと料理が楽しくなるはず。また、どうしても料理が楽しくない、やらされていると感じている人には、一度料理をつくる過程や、料理をしている自分の姿を写真に撮ってみるのをおすすめします。SNSなどで完成した料理の写真を投稿している人は多いですが、料理をする姿がちょっといい雰囲気で撮れたら、『次はキッチンのディスプレイを変えてみよう』『こんな道具を置いてみたい』というように少しずつ日常が豊かになるアイデアが湧いてくるはず。料理が好きになって、楽しい時間に変わっていくかもしれませんよ」

荒井さん

調理からスタイリング、撮影まで一人でこなす荒井さん。

レシピ帳

仕事でもプライベートでもレシピ帳に記録。調理中も欠かさない。

数々のブックポートフォリオ

ご自身がスタイリングし、撮影した作品のブックポートフォリオ。

ガラッと何かを変えるわけではなく、日常を豊かにする階段を1段ずつ上がっていくことで、料理への向き合い方がいつの間にかポジティブに変わっていく。そのきっかけは、写真かもしれないし、お気に入りの料理道具かもしれません。

キッチンにいる自分を今よりも少しだけ好きになれたら、もっと料理や食事を楽しむ時間が充実するはずです。
自分らしい料理道具をキッチンに迎えて、日常をアップデートしてみませんか。

荒井さんが調理、スタイリング、撮影を手掛けた仕事1

荒井さんが調理、スタイリング、撮影を手掛けたエディブルフラワー関連の仕事。

荒井さんが調理、スタイリング、撮影を手掛けた仕事2

野菜のキャンペーン用に、クリスマスの一品としてロメインレタスをグリルし、特製ソースをかけたもの。こちらも撮影まで担当した。

プロフィール

荒井 康成(あらい やすなり)

荒井 康成(あらい やすなり)
洋菓子店店長、和陶器店主を経て、フランス陶器エミール・アンリ社の日本法人の設立に携わる。その後、日本初の「料理道具コンサルタント」として独立。食情報誌でのコラム執筆、食品会社の販促物スタイリング撮影、食の学校「レコール・バンタン」での講師活動など多岐に渡り活動中。料理だけでなく、料理道具のすばらしさや料理道具に見る世界の食文化などを発信している。著書「ずっと使いたい世界の料理道具」(産業編集センター)

HP:http://www.araitools.com
Instagram:@yasu1968

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※2024年7月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。

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