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野村総合研究所と
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連載『脱炭素と地方創生を同時に実現する「脱炭素ビジネス」への挑戦』の第7回では、「酪農と自然」に焦点をあて、酪農の未利用資源で電力と水素をつくり、自然環境の重要性を理解する人づくりの取組み事例をご紹介します。

  • 実際の取組みが企業によって行われる場合も、地域の事例として記載します。

執筆者プロフィール

システムコンサルティング事業本部 佐野 則子:
デジタルで社会課題を解決することを目的として、社会提言、社会課題解決の実行支援、海外における革新的なデジタル活用調査、生活者の意識調査、事業創出の人財育成などを行っている。少子高齢化に関するヘルスケア分野の日米特許所有。

酪農の未利用資源が、電力をつくる

北海道鹿追町は、十勝平野の北西部に位置し、基幹産業の1つが酪農です。年間約12万トンという生乳の生産量は、十勝地方でもトップクラスを誇ります。しかし、乳牛の「ふん尿」の臭いが問題となり、同町では適切な処理を行って臭気改善すると同時に資源として有効活用したいと考えていました。また、酪農家にとっても、ふん尿の処理や、それでつくる「たい肥」は持て余す量で、その散布にも多くの労力を要する課題がありました。

その課題解決として、今までに2基のバイオガスプラントを稼働させました。2基合わせて乳牛約4300頭が出すふん尿(有機物)を処理し、酸素のない環境で有機物を微生物に分解させてバイオガスを生成することで、臭気を改善しました。また、バイオガスを得た後に残る「消化液」は、化学肥料に代わる有機肥料として活用できます。牧場と農地の双方で消化液を利用する耕畜連携を行うことで、農家の肥料コスト削減と農地の土壌改善につなげ、資源としての有効活用も可能になりました。酪農家が専用コンテナにふん尿を入れておけば、プラント職員がプラントまで運んで処理し、消化液の散布も行ってくれるため、酪農家と農家の労力も軽減されます。

さらなる付加価値を創出する取組みとして、プラントで生成したバイオガスの主成分であるメタンガスを燃焼してバイオガス発電を行うことで、町の一般家庭の約9割の電力使用量に相当する電力を供給できるようになりました。発電電力の1~2割程度はプラントで自家消費し、余剰分は電力会社に売電しています(図1)。

2028年以降には、さらに1基を新設する予定で、酪農家から処理料を徴収して乳牛約6000頭分を処理する計画です。これによって、新設1基のみで、稼働中の2基を合わせた電力供給量の約1.5倍に相当する電力を供給できるようになります。バイオガス発電でつくられた電力は新設する「地域エネルギー会社」を通じて町内外に広く供給される予定です。将来的には配電事業を展開し、再生可能エネルギーでつくられた電気(再エネ電力)を束ねて電力の需給管理を行う計画です。これにより、町内でエネルギーを地産地消できる体制を整えたいと考えています。また、電気以外に更なるエネルギー創出を図るため、バイオガスからグリーンなプロバンガスを生成する実証実験を2030年までに実施する予定です※1。

出所)鹿追町ヒアリングにより発電・消化液製造部分のみ抜粋してNRI作成

酪農の未利用資源が、水素もつくる

鹿追町では、ふん尿から水素も製造しています。水素は、バイオガスプラントで生成したバイオガスからメタンガスを抽出し、触媒環境でメタンガスと水蒸気を反応させることで製造できます。2015~2021年度にバイオガスから水素を製造・利用する実証実験を行い、2022年度から地域企業(大手企業の合弁会社)が資源循環型の水素供給を開始しました。

このビジネスモデルは、鹿追町が水素関連設備(水素製造設備、水素圧縮・充填設備、水素ステーションなど)を保有し、地域企業がその設備を利用してバイオガスから水素を製造・販売すると共に、水素ステーションの運営を行い、同町や町内の事業者が水素の利用プレーヤーとなります(図2)。

出所)鹿追町ヒアリングにより、NRI作成

水素の利用方法として、燃料電池などで活用されます。燃料電池は、水素と酸素の化学反応から電気を生成するもので、同町では、これまでも燃料電池自動車(FCV)や、FCフォークリフト、燃料電池コジェネレーション(熱電併給システム)を導入してきました。FCVは、既に20台強の導入実績があり、公共施設のみならず、企業や個人にも導入が広がってきています。今後、さらに道の駅や山村留学センターにも追加導入する計画です。

乳牛1頭が1年間に出すふん尿から製造できる水素で、FCVは約10,000km走行できます。これは自家用車の平均的な年間走行距離に相当します。水素の充填時間は約3分で、1回の充填で約650km走行することが可能です。FCVは、建物への電力供給が可能なため、非常時も含めた街中での分散型電源の活用モデルとして期待されています。実際に、2018年に発生した北海道胆振東部地震(最大震度7)による北海道全域の大停電(ブラックアウト)時には、燃料電池の自立運転やFCV、FCフォークリフトによる電力供給が実証されました。

鹿追町は、この取り組みにより十勝地域を対象とした水素サプライチェーンを構築し、2030年までに町内で利用を拡大する予定です。水素需要を増やすために、半導体製造の過程で使用するなど産業用途の活用も検討しています※1。

<水素製造設備>

<水素ステーションと燃料電池自動車(FCV)>

自然環境の重要性を理解する、人づくり

鹿追町では、観光も基幹産業のひとつです。大雪山国立公園の山麓で、日本一高い場所にある湖である然別湖(しかりべつこ)には年間約60万人が訪れます。然別湖は溶岩が川をせき止めて形成された湖で、その周辺は地球の成り立ちや仕組みを学べるジオパークの中心地です。岩場の下には約4000年前の氷を含む永久凍土が存在し、風穴からの湿った冷気で苔の森が広がり、ナキウサギや然別湖固有種のミヤベイワナなど多種多様な生物が暮らす、遺伝子の宝庫と呼べるような生態系が見られます。

<標高810mに位置する然別湖>

<地下に永久凍土が存在する可能性のある風穴>

同町では、地球温暖化の進行により永久凍土が溶けてしまう危機感を背景に、然別湖周辺を「ゼロカーボンパーク」として整備する計画を立てています。既存ホテルでは、省エネ改修や太陽光発電の導入を進めています。また、野営場やイベントにはFCVを配置し、非常時にはFCVから家電機器などに電力供給を行うV2L(Vehicle to Load)の実現を目指します。これにより、脱炭素化と地域のレジリエンスの強化を図る予定です。町にある道の駅ではEV充電ステーションを整備し、再エネ電力を充電できる環境を整え、将来的には然別湖への移動手段も脱炭素化することを検討しています。

さらに、希少で豊かな自然環境を守り、その重要性を町内外に伝えながら、来訪者を増やすことが必要だと考えています。そのため、ゼロカーボンパークなどにおいて脱炭素セミナー、視察を活用した留学・研修、ワーケーションなどを行って交流人口を創出し、脱炭素人材を育成しようとしています。

出所)観光庁「新たな旅のスタイル ワーケーション&ブレジャー 企業向けパンフレット」よりNRI作成:
https://www.mlit.go.jp/kankocho/workation-bleisure/img/wb_pamphlet_corporate.pdf

同町のワーケーションは、観光庁のワーケーション分類でいう「地域課題解決型」(図3)です。会社単位で申し込んでもらい、民間コンシェルジュが企業ニーズを確認して内容をアレンジします。プログラムでは、脱炭素に関する研修(講義)や懇親会、脱炭素の取組みであるバイオガスプラントの視察、自然豊かな然別湖の視察、特定外来生物(ザリガニ)の駆除体験などが実施されます。これらを通じて環境分野の取組みを学び、農家など地域関係者との交流を通じて地域課題の解決を共に模索します。その狙いは、一般的にワーケーションがねらう観光による経済効果ではなく、企業との関係構築のきっかけづくりだと捉えています。実際に、参加企業からは、“多様なアイデアを生み出すためには、もっと自社の他の社員にも参加してもらいたい”、などの声があがっています。

このような取り組みを行うことで、鹿追町は、今までの教育・観光・交流事業※2に加え、自然環境の重要性を理解する人づくりにつながる、体験型の滞在を実現しようとしています※1。

終わりに

鹿追町は、基幹産業の酪農と観光において、酪農で生じる未利用資源と、自然という地域資本を上手く活用しています。

動植物から生じる枯渇しない未利用資源は再生可能エネルギーにあたり、つくられた電力は「再エネ電力」です。また、水素を作る場合も、再生可能エネルギーから製造する「グリーン水素」に該当します。水素と一緒にCO2も排出されますが、もともと家畜のエサである牧草が大気から吸収したものなのでカーボンニュートラルとみなされます。特に、水素の普及には、水素の製造・運搬コストを低減し、大量製造・輸送・利用が可能なサプライチェーン構築が求められるため、酪農の基幹産業で生じる未利用資源で水素製造することは有用な取組みとなります。

自然の重要性を理解する滞在型コンテンツは、来訪者に感動体験をもたらすだけでなく、脱炭素や自然・生物に関する学びの機会を多様な年代・職業の方に提供することができ、地球環境に対する意識を目覚めさせる可能性があります。これは、地球温暖化防止やネイチャーポジティブ※3といった地球規模で取り組むべき課題に対して、意識変容を促す効果が期待されます。さらに、解決が難しい地球環境や地域課題を解決するために他者と共創して新しい発想を生み出していく過程で、自己制御力や他者への共感力、創造力やコミュニケーション力などを育み、非認知能力※4の醸成につながる可能性もあります。

未利用資源が負の資産となっている地域や、希少な自然を十分に活用できていない地域にとって、未利用資源を活用したエネルギーづくりや、自然を活用した人づくりは、脱炭素の推進、エネルギー自給率の向上、そして交流人口の創出に向けた取り組みとして参考にするべきと考えます。

  • ※1  

    鹿追町 企画課 企画係ICT・エネルギー担当(2024年10月15日ヒアリング)

  • ※2  

    教育では、小学1年生から「カナダ学」(英語教育)でカナダの人々と環境問題を英語でディスカッションし、環境問題を自分事として捉える生徒を育成し、環境教育で持続可能な社会を実現するために必要な知識や価値観、行動を育む教育を行っている。高校生の課外授業では、ジオパーク、バイオガスプラント、自営線マイクログリッドなどの視察研修を行っている。一般の方や観光客向けには、脱炭素ワークショップの開催や、ジオパークツアーや豊富にある観光アクティビティの中で、気候変動を伝えている。

  • ※3  

    ネイチャーポジティブとは、自然生態系の損失を食い止め、回復させていくこと

  • ※4  

    非認知能力とは、学力やIQなどの数値で測れる能力(認知能力)に対し、意欲やコミュニケーション力といった数値では測れない能力のこと。やりきる力、粘り強さ、などが例に挙げられる。ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者ジェームズ・J・ヘックマンが提唱した概念。

プロフィール

  • 佐野 則子のポートレート

    佐野 則子

    システムコンサルティング事業開発室

    

    民間シンクタンクを経て、1998年野村総合研究所に入社。システムエンジニアを経験した後、事業変革や業務改革などのコンサルティング業務に従事。
    現在は、デジタルで社会課題を解決することを目的として、社会提言、社会課題解決の実行支援、海外における革新的なデジタル活用調査、生活者の意識調査、事業創出の人財育成などを行っている。少子高齢化に関するヘルスケア分野の日米特許所有。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。