&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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概要

人的資本経営の実現には人的資本データの収集・活用が不可欠で、様々なテクノロジーが現れている。ただ、人事の現場は、データ不足・分散、現場の協力不足など、十分にテクノロジーを活用できていない。一方で、NRIの社内公募におけるAIマッチングの実証では、経営・事業・人事の視点から工夫を施し、人材最適配置が促進される効果を確認した。絡み合う課題を解き、人的資本経営の未来を拓くためには、戦略・業務・システムを俯瞰したうえでテクノロジー活用の姿を描き、経営・事業・人事の連携を中長期で促していく必要がある。

人的資本経営の重要性とテクノロジーの可能性

「人材を資本としてとらえ、事業戦略と人材戦略の連動を実現する人的資本経営」が叫ばれ始め約5年が経った。人的資本経営が重要であることは言うまでもなく、グローバル化や技術革新が進む現代においては、戦略の実現と適応を見据えた人材の確保と育成が企業の成否を左右する。
こと日本においては、少子高齢化による労働力人口の減少は目に見えており、人材が企業にとって最も重要な財であると言っても過言ではない。日本の企業文化においては、長期的な雇用関係を基盤とした人材育成が重視されてきたが、変化の激しいビジネス環境に対応するためには、より柔軟で戦略的な人事が求められる。
人的資本経営が掲げる「人材を資本としてとらえ、事業戦略と人材戦略の連動」を実現するには、まず人的資本を正確に把握するためのデータの一元化と可視化が不可欠である。この情報基盤が整うことで、経営層、事業部門、人事部門が共通の情報を持ち、円滑な連携と判断を実現することができる。その第一歩を踏み出し強化するため、人事領域においてもシステムやAIなどの多様なツールが登場し、テクノロジー活用の可能性が広がった。特にタレマネシステムの普及は、企業のデータ活用が推進しているように見える。

テクノロジーを活用しきれない現場の実態と課題

しかし、現場の実態は異なる。システム・ツールを導入しても十分に活用できず、さまざまな課題に直面している。NRIは直近100社以上の企業とのディスカッションを通じて、人的資本経営の実態と課題を明らかにしてきた。その中で、現場からは下記のような生々しい課題が浮かび上がった。「タレマネ(タレントマネジメント)システムの他にエクセル、パワポなど様々なファイルがあり、結局作業が完結しない」「2年かけてスキル定義を作ったが、登録・更新の負荷が高く用途も不明確ですぐに運用がとん挫した」「データを入力してほしいと現場にお願いしても、面倒・メリットがない、と入力してくれない」「データが“見えるようになった”では、様々な情報を見て判断する人事業務は変わらない」「AIが確率を出しても、理由が説明できない。必ず説明が必要な人事業務では使えない」「SaaS型の汎用ツール・サービスばかりで、自社にフィットするものが見つからない」これらの課題は、企業内でのデータの分散や信頼性欠如などシステムレイヤで語るべきものもあれば、データ入力の手間や人事業務における判断フローの複雑性など業務レイヤで語るものや、そもそも何を実現したいのかという戦略・戦術レイヤのもの複雑に絡み合っている。
例えば、「社内公募の活性化」というケースひとつをとっても、社員情報・部署情報が不足している、現場のデータ入力の負荷が高い、部署側のメリットが見えにくく協力を得づらい、マッチングAIを導入しても精度が低く理由も納得性が無い、やみくもに活性化しても実際に異動できず現場の不信感が高まる、データが増えたとして人事担当が処理しきれない、などの課題がすぐに浮かぶ。

NRIで実証したテクノロジー活用の有効性

NRIでは、上記のような状況をどのように解決できるかを検証すべく、実証実験を行った。AI(人工知能)をはじめとするテクノロジーの力で人材と業務のマッチングを最適化するTalent Market Place(タレント・マーケットプレイス、以下「TMP」、特許出願中)を開発し、2023年4月から5月にかけ、NRI社内の一つの事業部(約750名所属)における公募制度を対象として実施した。

図表1 NRIで実施した実証実験のプロセス

実証においては、現場の実態と課題を考慮し、下記のような工夫を施した。

  1. 人材と業務のマッチングの目的を明確にし、現場が必要な情報だけを収集・掲載することに特化
  2. 個々の従業員の性格・資質、スキル、実績・チャレンジ(自由記述)情報に基づくAIレコメンド
  3. AIが配置まで決めるのでなく、あくまでも従業員本人の希望に合った部署や業務を提示
  4. 現場の希望と人事の制約条件から、マッチングアルゴリズムで最適配置案を出力
  5. あくまでも配置案を出力し、最終決定は人事・本人の意向を踏まえる
  6. 上記のプロセスを公開して公平性・透明性を担保し、社員・部署に対するメリットも明示
  7. メリットを求める社員・部署の情報収集が進む(①へ循環する)

その結果、当該事業部内の異動や兼務希望について、TMPの導入前と比較して応募者数が10倍になり、希望通りの異動や兼務がかなったマッチング者数が7倍になる最適化案を出力できる効果を確認した。「情報を入力する」→「情報が活用され本人にメリットが生まれる」→「メリットを求めてさらに情報を拡充する」という好循環を、経営・事業・人事の視点から描いたことが、成功要因の一つであると認識している。
この実証は公募という一つのユースケースでしかないが、テクノロジーを活用した人材配置最適化という、人事担当者であれば一度は構想する世界は、すでに手が届く範囲にある。社内人材配置の最適化ができるだけでも、ひとり一人のスキルと経験を最大限活かすことによる生産性向上、意向の考慮やパフォーマンス向上によるエンゲージメント向上・離職率低下、勘と経験に頼った人事判断からの脱却、などの大きなメリットが得られる。また、副次的な効果として、実証を設計する段階でも、暗黙知になりやすい人事判断の業務思考プロセスの可視化と、AIへの人事ナレッジへの蓄積も実現できる。

テクノロジーで拓く人的資本経営の未来

NRIが社外ヒアリングや社内実証を経て確信を得たのは、「人的資本経営にはテクノロジーの活用が非常に有効。ただし、効果を得るには、戦略・業務・システムを俯瞰してテクノロジーを最大限活用する姿を描き、経営・事業・人事が連携して実現する必要がある。」ということである。タレマネシステム刷新やAI導入など個別施策が乱立した状態でスタックしてはならない。戦略的に描いたロードマップに則って、テクノロジーを起爆剤として活用し、中長期で業務・システムを変革していく必要がある。根本的にはデータの蓄積と活用がカギとなるため、「情報を入力する」→「情報が活用され本人にメリットが生まれる」→「メリットを求めてさらに情報を拡充する」という好循環を各所に仕込んでいくこととなり、情報をインプットされるほど品質の高いアウトプットを出力するAIの活用が核となる。その先に、「人材を資本としてとらえ、事業戦略と人材戦略の連動を実現する人的資本経営」の未来がある。
 
図表2 NRI TMPが促す経営・業務・システムの変革

NRIのTMPは、生成AIを活用して企業内の分散した情報を統合・整理し、人事判断に必要なスキル・意向などの重要情報を抽出するテクノロジー(※特許出願中)で、各企業の特徴に応じた人事判断を直接的に支援する生成AIの仕組みを構築し、変革を促すコアとして運用する。さらに、コンサルタント・データサイエンティスト・システムエンジニアが連携し、人事戦略・業務設計から業務・システム改革までを一貫して支援している。
NRI TMPにご関心のある方は詳細版の資料をダウンロードいただき、ご一読いただきたい。

 

参考URL

野村総合研究所、人材と業務のマッチングを最適化するTalent Marketplaceシステムの有効性を実証
~「社内人材市場」の形成で、不確実な事業環境と人材流動性の高まりに適応できる組織へ~

https://www.nri.com/jp/news/info/cc/lst/2023/0726_2

人材戦略と事業戦略を連動させる「Talent Market Place」――生成AIを活用した人的資本経営プラットフォーム構想
~「社内人材市場」の形成で、不確実な事業環境と人材流動性の高まりに適応できる組織へ~

https://www.nri.com/jp/journal/2024/0215

出光興産と野村総合研究所、AI による人事業務支援で協業 社員の成長とやりがいの最大化にむけた取り組みを加速

https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/info/cc/2024/241015_2.pdf

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