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非伝統的金融政策は一定程度の効果を発揮したと結論

前稿で指摘したように(コラム「日銀・多角的レビュー②:経済・物価環境は本当に変わったのか?」、2024年12月17日)、多角的レビューのまとめは、日本銀行が非伝統的金融政策を採用した過去25年間の経済・物価環境の変化についての分析と、非伝統的金融政策の効果と副作用の分析との2段構成となることが予想される。

それぞれのベースになると推測される論文が、日本銀行のワーキングペーパーシリーズとして既に公表されている。第1が、今年8月に公表された「過去25年間のわが国経済・物価情勢:先行研究と論点整理」、第2が、今年9月に公表された「非伝統的金融政策の効果と副作用:潜在金利を用いた実証分析」である。前稿では第1の論文について見たが、本稿では、第2の論文について見ていきたい。

同論文は、過去25年にわたって実施された非伝統的金融政策が、経済・物価・金融情勢に及ぼした影響を実証分析したものだ。第1は、国債買い入れが長期金利の低下を通じて生じさせた政策効果を、金利の期間構造モデルを用いて分析したもの、第2は、多変量時系列モデルを用いて、金利変動が経済、物価に与える影響を分析したものだ。

これらの分析によって、非伝統的金融政策である国債買い入れが長期金利を低下させたこと、時系列モデルの推計結果から、非伝統的金融政策は経済・物価の押し上げに一定程度寄与したこと、特に量的質的金融緩和(QQE)以降の大規模な金融緩和は、デフレでない状況を作り出すことに寄与したことが示唆された、と結論付けている。

非伝統的金融政策の副作用の分析は示されずバランスを欠く

しかしより重要なのは、非伝統的金融政策が一定の政策効果を生じさせたことを実証分析で示すことではなく、なぜ当初期待されたほどの効果を発揮せず、2%の物価目標が現在においてもなお達成されていないのか、を実証分析で示すことではないか。実際にはこの論文では、非伝統的金融政策が一定の政策効果を生じさせたことを示すことに終始している感が強い。

また、この論文は、非伝統的金融政策の副作用の分析には、真正面から取り組んだものではない。副作用については、「非伝統的金融政策が貸出金利の低下を通じて、金融機関収益の圧縮要因となるといった副作用の可能性も示唆された」と言及されたのみである。また論文内では、国債市場の流動性低下、中央銀行の財務への悪影響、金融不均衡の形成、金融機関の収益への悪影響、潜在成長率への悪影響、資産価格上昇を通じた格差拡大といった、他の論文での副作用の分析を紹介するにとどめている。

多角的レビューに本来求められていたのは、過去25年にわたる非伝統的金融政策の効果と副作用の双方について分析を進めることではなかったのか。この実証分析は、効果の分析に偏っており、効果と副作用の分析、比較考量の観点からはバランスを欠いているように見える。

副作用について外部意見の紹介ではなく日本銀行自身による実証分析を

前稿でも指摘したよう(コラム「日銀・多角的レビュー②:経済・物価環境は本当に変わったのか?」、2024年12月17日)、輸入物価上昇のショックが次第に薄れていけば、賃金・物価環境はそれ以前の状態に戻っていき、物価上昇率は目標値の2%を大きく下回るようになるのではないか。その際には、日本銀行に対して、マイナス金利政策、資産買い入れ、イールドカーブ・コントロール(YCC)を大規模に再導入することを求める声が高まる可能性がある。

それに備えるためには、非伝統的金融政策の副作用についてもしっかりと分析を進めておき、仮に経済・金融情勢が悪化し、再び非伝統的金融政策の導入を余儀なくされる局面でも、異次元緩和のように効果と副作用についての精緻な分析がなされることなく、多くの政策を重ねて乱発するような事態に陥ってはならない。このことから、今の時点で、効果と副作用のバランスが最善となる非伝統的金融政策を選択できるように、知見を蓄積しておく必要があるのではないか。

多角的レビューのとりまとめで日本銀行は、非伝統的金融政策の副作用については、外部の意見を紹介する形で、効果の分析と一定のバランスを取り繕う可能性が考えられる。しかし、そうではなく、日本銀行自らの実証分析によって、副作用についても明らかにしておくことが重要である。

また、物価高懸念を促すことで個人消費の安定を損ねている足元の円安についても、異例の金融緩和がもたらした副作用の一つと認識し、非伝統的金融政策と円安との関係についても、分析を深める必要があるのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。